スペシャルアイス−アガット&ティータ−
 王都グランセル東街区にひっそりと佇んでいるアイスクリーム屋ソルベは、売っているアイスクリームの種類こそ少ないが、素知る人ぞ知るこだわりの味で有名なお店である。そのこだわりの味が実力を発揮するのは、何かしらイベントのあるときだ。
「今年の女王陛下の生誕祭の味は、ほろ酔い気分でいきましょう。」
 ソルベは少しばかりスペシャルアイスの材料の配合を変えるとにっこり頷いた。
「うーん、デリシャス。これで、決まりね。」
 できあがったスペシャルアイスを満足そうに味見すると、ソルベは女王陛下の生誕祭でにぎわう王都へ繰り出していった。

 その日の王都は少し動くと汗ばむくらいの陽気に見舞われ、アイスクリーム屋は大繁盛だった。
「うまい!」
「今日のアイスクリームは、食べると一層コキゲンだね。」
 ソルベの入魂作、女王陛下生誕祭スペシャルバージョンは、子供だけでなく大人にも大好評だ。
「いつも美味しいけど、今日のは特に大人の味って感じよね。」
 街を行き交う人々の話し声が散策中のアガットとティータの耳にも聞こえてくる。
「ねえ、アガットさん」
「ダメだ。」
「まだ、なにも言ってないのに。」
「チビの考えてることなんてお見通しなんだよ。」
 そっぽを向いてるアガットにティータは少しだけ口をとがらせた。
「でも、みんなおいしいって言ってますよ。」
 アイスクリーム屋ソルベの噂はツァイスの街にまで聞こえていた。ソルベのスペシャルアイスは、今回初めて王都に来たティータが楽しみしていたもののひとつなのである。
「だったら、おまえひとりで食べればいいだろ。それくらいは待ってやる。」
「アガットさんのいじわる。」
 ティータにとっては、ふたりで一緒に食べることに意義があるのだが、そんなことにてんで気が付いていないアガットなのだ。
 だからといって嫌がるものを無理強いするほどずうずうしくなれないのがティータだ。大人の中で育ったティータは聞き分けがよすぎるが故に、こういうときには子供らしい我が侭を言ってみるという感覚が抜けている。言われた言葉を素直に受けて、ティータはひとりアイスクリーム屋へ駆けていった。
 大繁盛しているアイスクリーム屋ソルベから、目的のアイスクリームを買うのはかなり忍耐のいることだった。ティータは辛抱強く並んでようやく自分の番がくると、遠目にイライラしているアガットの様子を見てから注文した。
「以上でよろしいですか?」
「はい、いいです。」
 手際よくダブルを2つ用意すると、ソルベはティータに渡した。
「持てますか?」
 危なげなティータの受け取りにソルベは思わず声を添えた。
「えーっと、たぶん、大丈夫です。」
 食べたかったアイスクリームを手にしたティータは自然と笑顔がほころびる。その様子を見てソルベも嬉しくなった。美味しいと評判が立つのも嬉しいが、この笑顔こそがソルベの原動力なのだ。
 ダブルのアイスクリームを2つ持ったティータは、まっすぐアガットの側へ戻ってきた。
「アガットさんにはあげません。」
 帰ってきたティータを一目見るなり、もの言いたげなアガットの先を制してティータが言った。
「って、それ全部食う気か?」
 呆れ半分のアガットにティータはにっこりうなずいて見せた。
「こっちがストロベリー・チョコで、こっちがバニラ・ミントなんです。どっちもおいしそうでしょう。あんまりおいしそうでどれにするか決められなくて、全部買っちゃっいました。」
 ティータはくったくなく答えると、ストロベリー味のアイスクリームをぺろりと舐めた。
「うわぁ、冷たい!でも噂どおり、すごくおいしい!」
 その場でスキップしそうなほどのはしゃぎように、慌ててアガットが割って入った。
「おい、あんまり飛んだり跳ねたりすると、落っことすぞ。」
「大丈夫ですよー」
「おまえが大丈夫でもアイスの方は大丈夫じゃないだろ。」
 なにしろこの陽気である。アイスクリームはいつもより何倍も早く溶けてしまいそうだ。ティータも汗ばんでいるアガットを見てそのことに気が付いたらしい。
「うーん、どうしようかなー。」
 小さくつぶやいたあとで、ティータはさりげなくアガットを見上げてげて聞いた。
「アガットさん、暑くないですか?」
「そんなもん、暑いに決まってるだろうが。」
「そうですよねー」
 その瞬間、むっとした口元に冷たく甘い感触が触れた。
「おい。」
「えへへ。」
 悪戯っ子が叱られたような笑みを浮かべてティータはアガットにバニラ・ミントのアイスクリームを差し出している。
「本当は両方とも食べたいけど、この暑さだとアガットさんの言うとおり、食べる前に溶けちゃいそうですから。」
「おまえなぁ」
 なおも仏頂面をしているアガットに、ティータはもう一押しとばかりに付け加えた。
「冷たいものの食べすぎでお腹を壊してもいけないし。」
「しょうがない。もらってやるよ。」
 アガットは渋々、ティータからバニラ・ミントのダブルアイスクリームを受け取った。
 既に口を付けていたこともあり、アガットはすんなりアイスクリームを食べている。
「結構、これ、いけるな。」
「でしょう、でしょう?」
 甘いのを覚悟していたアガットだが、口にしたそれは彼の予想を大きく裏切り、さっぱりとした口当たりが心地よかった。しかも何やら上等のお酒の後味にも似たスッキリ感がある。
 しばらくは無言で食べていたアガットだが、同じように食べているティータの妙にはしゃぐ様子が気になってきた。陽気に当てられて上気しているにしては、やけに顔が赤みがかっているのも気に掛かる。
「おい、まさか…」
 アガットの予感は的中した。ソルベの生誕祭バージョンのスペシャルアイスは、百年古酒の割合が通常の数倍というシロモノだった。普段アルコールに全くといっていいほど免疫のなかったティータは軽く酔っぱらってしまったのである。
 もっともそこは遊撃士のアガットのことだ。この手の扱いには慣れている。しかし、ティータがいつもは聞き分けがよすぎるくらいによい子だけに、ピシャリと怒るのは何となくかわいそうで、アガットはしばらく彼女のはしゃぎたいようにさせておいた。
「動いて汗でもかけば、そのうちアルコールが抜けるだろうからな。」
 アガットの判断は間違ってはいなかった。陽気にはしゃぎ回った結果、ティータの酔いは覚めるのは早かった。だが、はしゃぎすぎた反動で、酔いが覚めてしゃっきりする変わりにくってりと眠ってしまったのだ。
「おい…冗談だろう。」
 公園のベンチに腰掛けたとたん、「疲れたぁ」とひとこと呟いてティータは深い眠りに落ちていったのだった。
「まさか、このまま放っておくつもりじゃないでしょうね。」
 この度正遊撃士になったばかりの若いふたりの同業者の顔がよぎる。ティータのお兄ちゃんとお姉ちゃんを自称している彼らとは今夜グランセル城で会うことになっていた。
「おまえになんかあるとあいつらがうるさいからだぞ。」
 アガットはひょいとティータを背中におぶった。小さな腕が無意識にアガットの胸の前で組まれるのが無性に嬉しかった。
「本当にそれだけだからな。」
 しなくてもよい、いい訳を考えながら、アガットはゆっくりグランセル城へ歩いていった。


おわり
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