心合いの空 (1)
  遊撃士が仕事を請け負う場合、遊撃士協会の掲示板に啓示してある仕事の他、個人的に名指しで請け負うことがある。優れた遊撃士になるほど国内外を問わずに仕事が舞い込んでくるようになるものだ。リベール王国の遊撃士アガット・クロスナーが、その仕事を請け負ったのは、クロスベル自治州での依頼を片付けて最寄りの遊撃士協会へ報告に立ち寄った時のことだった。
「アガットさん!いいところに。実はあなたに是非ともお願いしたいという依頼が入ってきたんです」
  アガットが遊撃士協会へ入ると、ちょうど依頼主とやり取りしていたらしく、そのまま受付から通信機の前に引っ張り込まれた。
「リベールのマードックという方からです」
「マードック?」
  リベールとは他ならぬアガットの故国リベール王国のことだろうし、そこのマードックといえば、ツァイスの中央工房長以外に心当たりはない。果たして通信の向こう側はアガットの思ったとおりの人物だった。
「君が国外にいると聞いてどうしようかと思ったんだが、よく聞けばクロスベル自治州というじゃないか。これはまさに空の女神様のお導きだと思って連絡させてもらったんだ」
「で、用件は?」
「ティータ君をご両親のところまで送っていってもらいたい」
  簡潔な依頼内容の割にはマードックの声音は申し訳なさ一色に満ちている。聞いたアガットもすぐには依頼内容を把握できなかった。
「おい、ちょっと待て。なんで俺が…」
  思わず声高に抗議しかけて、受付のいぶかるような視線とぶつかり口を閉じた。その隙に、マードックはアガットに詳しい事情を話し始めた。
  ティータ・ラッセルの両親はオーブメント技術者で、外国でオーブメントの普及と指導に取り組んでいる。オーブメントの技術指導は多忙であるし、ティータの教育上のこともあり、祖父のラッセル博士に娘を預けての赴任だった。めったに帰ってこない彼らだが、さすがに過日のリベール王国を中心とした『動力停止現象』のあとには一時帰国し、ティータの安否を確かめた。その時に、ティータのオーブメント知識が見習いレベルを遙かに超え、更に新しいものに対する着眼点がよいことに気が付いた。折しも赴任先で、行き詰まった事象があり、解決の糸口発見のため、ティータを派遣してもらえないかと打診してきたのである。もちろん、ティータの今後のことも考え、あくまで短期間で、と付け加えることは忘れない。
「それで彼らの赴任先というのが、クロスベル自治州なんだよ」
  そう結んだマードックにアガットも不承不承ながら納得せざるを得なかった。リベール国内にいるのであれば、わざわざ呼びつけてまで依頼しないだろうが、たまたま行き先にいるのが渡りに船だったというところか。
「わかった。とにかく空港まで迎えに行って両親のとこまで送っていけばいいんだな?」
「申し訳ないが、よろしくお願いする。本人は必要ないと言うんだが、そうはいっても」
「当然だろ。ったく、チビスケのヤツ、何考えてんだ?だいたい、ジジイもジジイだ。いくら両親のところへといっても可愛い孫を一人で外国に行かせるたぁいい度胸じゃねぇか。無責任にもほどがあるってもんだぞ」
「あ、いや、正確には、一応迎えの者を寄越してはいるんだが、その、どうもね。今までティータ君の同行者といえば、君のような遊撃士ばかりだったものだから、安心度が違うというか」
「とにかく、この件は俺が責任を持って引き受けた。で、いつそっちを出発するんだ?」
「それが、申し訳ないことに、今朝の便で王都を出てるんだ。おそらく夕刻にはそちらへ着くと思う」
「なんだって!?」
  さすがにアガットの声が裏返った。様子を一部始終聞いていた受付がさっと国際線の時刻表を差し出してくれたので、素早く視線を走らせ、リベールからの到着時刻を確認する。
「すぐここを出ないと、間に合わねぇ。そういうわけだから、切るぞ」
  いささか乱暴ながらに通信を切り、そのまま国際空港へ駆けだした。

  アガットは時刻表に示されていた時刻よりほんのわずかではあったが早くに国際空港へ到着した。それでも案内板で目的の飛行船がまだ到着していないことを確認して、ようやく一息入れた。
「どうやら間に合ったな。行き違いにでもなったら洒落にならん」
  口の中だけで迎えに来た理由をつぶやきながら、アガットはリベールからやってくる飛行船を待った。アガットの心配をよそに飛行船は予定どおりに到着した。事前のアナウンスから搭乗率は4割方といったところらしい。それほど混み合うこともなく乗客が降りてくる。同行者がいるとは聞いていたが、その程度のことでティータに気が付かないとも思えず、アガットはのんびり構えていた。だが、乗客が全員降りて、乗務員がタラップを閉じるに及んでは顔色が変わらずにはおれなかった。そう、アガットは飛行船から降りてくるティータを見つけることができなかったのである。
「バカな。この俺がアイツを見逃すなんてありえねぇ」
  あれでも、と思い待合室を覗いてみたが、ティータの姿はもちろんのこと、それらしき年齢の女の子すら見あたらない。待合いにいる人の中に飛行船から下りてきた時に見た顔を見つけ、アガットは尋ねてまわった。
「失礼、リベールから飛行船に乗って来られた方ですね。同じ船にこのくらいの身長で12〜13歳くらいの女の子が乗ってませんでしたか」
  尋ねながら、アガットは嫌な予感がしていた。ティータは見た目は平凡そうな女の子だが、その実、人混みの中でもよく目立つ。だから待ち合わせの約束をしていなくても自分が先に到着さえしていれば見つけられる自信があった。
「この船に子供は乗っていなかったと思うよ?今回も仕事で一緒になる顔馴染みばかりだったと思ったけど」
リベールと自治州をよく行き交っているという男が同じ仲間らしい商人たちと頷きあっている。彼らの「それが何か?」といった視線にアガットは自分の感が当たりつつあることに悪寒を覚えた。すぐさま搭乗口に引き返し、鎖でタラップを完全に閉じようとしていた乗務員に大股で近づくと、遊撃士の紋章を示して手早く用件を述べた。
「この船の乗客名簿を見せてもらいたいんだが。俺の依頼人が乗ってたはずなんだが、どうも行き違ったらしい。念のため確認させてもらいたい」
  尋ねられた乗務員は、遊撃士の真剣な、それでいてどこか鬼気迫る迫力に圧倒され、受付に提出する乗客名簿を一足早く見せてくれた。
「今回のフライトも、その、常連の人達だけだったと思うんですが」
  数少ない乗客の名前から食い入るように捜しているアガットに乗務員の声が無常に響いてくる。その乗務員の言葉を裏付けるように、乗客名簿にティータ・ラッセルの名前はなかった。
back  next
home