心合いの空 (3)
  グランセル空港は夕方の便が集うときに差し掛かり大勢の人々でごった返していた。その中でアネラスはできるだけ効率的に自分の情報収集に務めた。出かける前にエルナンから再度念押しされたように現地点ではまだ事件を公にできない。もともと誘拐事件そのものがデリケートな内容であるだけに調査する側にも慎重な対応が要求される。定期船の時刻表と違ってプライベートラインは文字通り個人所有の飛行船なので、相手によっては国際的な事情も絡んでくるため、それなりの理由がないと空港側もおいそれとは公表してくれない。アネラスはさりげなく、それでいてしつこく食い下がり、ようやく目的の国際線におけるプライベートラインの運行計画表を見せてもらうことに成功した。
「へえ、こうしてみると結構、帝国や共和国からワケアリな人が来てるんですねぇ」
  アネラスは午前中に出発した飛行船の名前と行き先をメモしていった。その上で、ティータを目撃した桟橋から発進した船を割り出していく。いくつかの船名が消されていき、最後に共和国籍の船が二隻残った。
「なかなかにキナ臭い船を見つけたもんね」
「シェラ先輩!」
  忽然と背後から声を掛けられ、アネラスは飛び上がらんばかりに驚いた。
「受付で随分粘ったそうじゃない。待合い室で嫌味を言われたわよ」
「すみません。でも、アガット先輩から絶対に足取りを追ってくれって厳命されてるんで」
「確か、クロスベル自治州に出張ってるんだっけ。共和国絡みとは穏やかじゃないわね」
「え、ティータちゃんだけの問題じゃないんですか?」
  シェラザードの目がキラリと光った。
「ティータがどうかしたの?」
  シェラザードにとってティータは、かわいい妹分の更に妹的存在である。
「……今朝ほど空港で見かけたんですけど、挨拶してもらえなくて…じゃなくて、えーっと」
  アネラスはシェラザードに事情を説明すべきか否か、とっさに判断できかねた。頼りになる先輩の意見は聞きたくもあり、だが、事件の性格から考えて関係者は必要最小限に留めた方がいいような気もする。どうしようかと迷っているうちに、空港から発着のアナウンスが聞こえてきた。
「お客様にご案内申し上げます。カルバート共和国行き搭乗手続きが間もなく終了いたします。これが本日の最終便になりますのでご利用のお客様はお急ぎ下さい」
  しばしの沈黙がふたりの間に流れた。アネラスはシェラザードに値踏みされているような気がした。
「行き先の特定は、着いてみないとわからないものよ」
  ふっと笑みをもらし、シェラザードはアネラスが調べていた運行計画表を自分の方へ取り寄せた。
「これはあたしの方から受付に返しておいてあげる」
「シェラ先輩!」
「立て替え払いのやり方は知ってるわね?」
「はい!」
「じゃ、急ぎなさい。何事も経験よ」
  シェラザードに背中を押され、アネラスは少しだけよろめいたが、転げることなくそのまま猛然と切符売り場へ駆けだしていった。
  アネラスの姿が見えなくなると、シェラザードはもう一度アネラスが目星を付けた二隻の飛行船に目を止めた。持ち主と船籍は間違いなくカルバート共和国のものだが、その持ち主には何かとよからぬ噂がつきまとっている。シェラザードはもう一項目その船について調べてから遊撃士協会へ帰着した。

  遊撃士協会グランセル支部のエルナンは、アネラスではなくシェラザードが帰ってきて、アガットへの報告があると言うと、黙って三階の通信機を繋いでくれた。
「思ったより早かったじゃないか、アネラス」
  結果を待ちわびていたらしいアガットの声に、シェラザードは「アネラスでなくて残念でした」と切り出した。
「その声は、シェラザードか!?」
「ふふっ、アネラスならカルバート共和国よ。ちょうど最終便に間に合ったから行かせたの」
  少し間を置いて、アガットはシェラザードに尋ねた。
「なるほどな。で、調査結果はどうだったんだ?」
「運行計画表ではカルバート共和国へ向かってるようよ。ついでに持ち主も船籍も共和国」
「で?」
  その先を促されて、シェラザードは慎重に言葉を選んで持ち主の名前を伝えた。
「ということは、もしかしなくてもその船はラインフォルト社製か」
「ご名答。だから念のためアネラスを共和国へ確認に向かわせたの。本当ならあたしが行きたいところだけど、これ以上はさすがに人員を割けないでしょう。ただでさえこっちは手薄なんだから、あたしまで抜けるわけには、ね。その代わり、こちらのことは全面的に引き受けるわ」
「悪ぃな」
「帰国した暁に、一杯おごってもらえれば結構よ」
  通信機の向こうでアガットの絶句する気配が感じられたが、それ以上その話題に触れることなく、シェラザードは今後の動向について尋ねた。
「取りあえず、エレボニア帝国だ。次にどうするかはそこに着いてから考える。エルナンには、帝国で貴族関係に詳しい遊撃士に連絡を付けてもらいたい。あちらさんはリベールと違っていろいろややこしいことが多いからな」
「承知しました。それでティータさんの件についてはどの程度まで公にしましょうか」
  そこまで言って、エルナンはシェラザードにかいつまんでこれまでの状況を説明した。
「あんまり驚いた様子はありませんね」
「まあね。あたしたちは身近に居すぎて意識してなかったけど、ラッセル博士の孫娘というだけでなく、ティータ自身が天才少女だってことはその筋の世界ではかなり有名なことらしいから。これまでこういうことがなかった方がむしろ不思議なくらいね。それよりこの件に結社が絡んでないことの方を祈るわ」
  その発言はアガットの最も危惧するところだったらしく、通信機を通しても彼が爆発寸前なのが気取れた。シェラザードは自分の失言を認めたが、最悪の可能性を含めて対策を立てるべきだと思っているので謝るようなことはしなかった。遊撃士たるもの、いかなる事態にも対応できる柔軟さを持って事にあたらなければならないのだ。
「ラッセル博士には今後の対策を含めてお話ししておく必要があると思います。ツァイスへはシェラザードさんに行っていただきましょう。アガットさんとアネラスさんの件については、帝国と共和国のギルド双方へ話を通しておきます」
  そこから先は個別対応になると互いにわかっているので、そこで通信は終わった。

  シェラザードが帰ってきたのは夜も遅くのことだったので、ツァイスへ向かうのは翌朝早々ということになる。エルナンにチケットの手配を頼み、シェラザードはそのまま休ませてもらうことにした。
「そういえば、確か、あのふたりは帝国に向かったんだっけ」
  シェラザードの脳裏に、かわいい妹分のエステル・ブライトと、その家族でもあり恋人でもあるヨシュアの面影がよぎった。あのふたりにこのことを知らせるべきか、否か。知れば、何を置いても駆けつけて協力してくれるだろうが、リベール王国と違ってエレボニア帝国は広い。しかも主たる交通手段が鉄道で、どこにいても飛行船で短時間に駆けつけられる故国とは雲泥の差があるのだ。
「帝国最南端のハーメルには立ち寄るだけとしても、あのふたりならその近辺から仕事していそうだし。ヨシュアが一緒ならヤバそうな仕事は……」
  だが、エステルの性格からして好奇心と余計なお節介から「面倒ごと」に巻き込まれる可能性も十分考えられる。平和なリベールではありえなかったやっかいな事件が帝国ではしばしば発生しているのだ。
「ふふ…いない人間を勘定に入れるようじゃ、あたしもヤキがまわったかな」
  苦笑半分、シェラザードは寝返りを打つと、まどろみの中にその身を委ねていった。

「あふっ」
  早朝の陽光に目を弾かれ、エステル・ブライトは小さく出かけたあくびを慌てて封じ込めた。
「一日だけの倉庫番てことで引き受けたけど、まさか深夜作業だとは思わなかったわ」
「帝都へ出荷する物品の管理は簡単だけど神経を使う仕事だからね。いつもある仕事なら専門の人を雇うだろうけど、たまにしかない場合はギルドへ依頼するんだろう」
  不平とまでいかなくても口を尖らすエステルをヨシュアは軽くいなした。
「べ、べつに仕事に文句はないわよ。そういう契約なんだし。でもね、なにも搬出を夜中にしなくたって」
「仕方ないさ。こっちを夜中に出発することで、帝都は日中に受け取れるんだから」
「はあ…どこまでも帝都中心なのねえ。だったら、これは例外になるのかしら?」
  ブレイサー手帳を確認していたエステルは、最後の一件を指さした。今の仕事が終わって引き続きできるからというだけで請け負った依頼である。
「これって、今のとは逆で帝都へ夜中に着くってことよね」
  傍らから覗き込んだヨシュアの視線が厳しくなった。
「これ、いつ引き受けたの?」
「夕べのと同時。っていうか、荷物番してるとき、個別にお願いされちゃったの。急ぎで頼まれてたのにうっかり忘れてて困ってたんだって。発送の目録はすでに終わってるけど、遊撃士は個人宛でも引き受けられるって言ったら拝み倒されちゃって、まあ、いいかって」
  なんとなくその時のやり取りが想像できてしまい、ヨシュアはがっくりうなだれた。
「今更断る気はないんだよね?」
「えへへ、ゴメン。でも、いい機会だからこのまま帝都もみてみたいな〜なんて思ってたりもするのよね」
  半分無邪気なお願いポーズをしているエステルにヨシュアはしかたないと諦めた。危険だと思えば自分が気をつけていればいいことだ。
「OK。軽く食事して駅へ行こうか」
「うん」
  エステルは頼まれた小荷物をカバンの底に入れるとヨシュアと手を繋いで歩き出した。
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