心合いの空 (4)
  真夜中のエレボニア帝国帝都の中央駅に大陸縦断鉄道が到着した。ほとんどが帝国南部から北部への貨物だが、わずかながらも客車が付属しており、深淵のプラットホームにエステルとヨシュアは降り立った。改札口の駅員は深夜の乗客をみてもその切符が正規のものであることを確認すると無言でゲートを開けて通してくれた。
「真夜中でも怪しまれることがないって、なんか複雑ね」
「その代わり夜行列車の切符を買うときの身元確認は厳しかっただろ?普通の人は夜中に観光なんてしないだろうから、利用者のほとんどは僕らみたいな遊撃士だろうけど」
「そうなのよね。貴族だけが自前の飛行船で楽してるんだもの。みんなが利用できる定期船のあるリベールとは大違い」
  長時間列車に揺られる旅は予想以上にエステルに苦痛をもたらした。最初のうちこそゆっくり変わる景色を楽しんではいたが、列車の座席に15時間以上座りっぱなしというのは普段動き慣れている彼女には相当きつかったようだ。それでも昨夜は徹夜だったので、揺れる列車の中とはいえ、睡眠時間が確保できたのは有り難い。おかげで深夜でも待ち人とスッキリした顔で対面できる。
「受け取り人は待合室だったね?」
「うん。こんな時間でも受け取りに来るなんてよっぽど急ぎだったのね」
  ふたりは構内の案内板を見ながら待合室へ歩き出した。エステルは単純に急ぎの荷物だから受け取りに来たと思っているようだが、受取人の屋敷まで遊撃士に配達してもらった方が遙かに安全度は高い。それをわざわざ深夜の駅の待合室という場所を指定してくるあたり、特殊事情が絡んでいると勘ぐらないではいられないヨシュアだった。もっとも、深夜の駅でもそれなりに人通りはあるので、人目を忍んでの依頼とも状況は異なるようだ。ヨシュアはあたりの様子に気を配りながら受取人との対面に挑んだ。

  エステルに荷物の運搬を依頼した者から連絡がいっていたらしく、ふたりが待合室に入ると同時に奥まったソファに座っていた貴族の家令らしき紳士が立ち上がって会釈した。
「えーっと、あなたがメソッドさん?」
「はい、クリプトン伯爵家の家令を務めておりますメソッドと申します。この度は無理なお願いを聞き届けていただき誠に感謝に堪えません」
  エステルが依頼を受けた人物はクリプトン伯爵領で留守を預かっているマリンホフと名乗ったので、二人の間の整合性は取れている。
「これが依頼された品物だけど、念のため確認してみて」
  エステルはカバンの底から荷物を取り出して手渡した。メソッドは箱の蓋を開けて中身を取り出した。古めいて細やかな装飾の施された置き時計が出てきた。
「やだっ、壊れてる!」
  時計の針は明らかに今の時刻と異なる時間を指して止まっていた。焦ったエステルにメソッドは「お気遣いは無用です」と小さく笑った。
「もともと壊れているのですから」
「え?」
「この時計が動かなくなって久しい。もう二度とこの時計の音を聞くことはないと諦めていたのですが、人づてにこれを修理できる人がいると聞きまして、急遽国元から取り寄せたのです」
「はぁ。そうだったんですか。移動中に壊したのかと思ってビックリしちゃった。でも、これが壊れてるなんてもったいないな。飾りとかすごくキレイなんだもん」
「お褒めに至り恐縮でございます。これが動けば我が伯爵家も万々歳。私としましても何とか旦那様のお力になりたく…と、このような時刻までお引き留めして失礼いたしました」
  メソッドは箱の中へ丁寧に時計をしまい込むと、エステルに深々と頭を下げた。
「この度は誠にありがとうございました。それでは失礼いたします」
  どこまでも低姿勢のままメソッドは待合室から出て行った。
「壊れてたけどいいもの見せてもらっちゃった。ホント、帝国の装飾品て綺麗な細工がいっぱいでステキよね」
「…そうだね」
「もう、ヨシュアったらもう少し感動したっていいじゃない。って、男の子に装飾品なんて興味ないか」
  ひとり勝手に納得したエステルにヨシュアは苦笑しながら出口へ向かった。
「この時間だとホテルは無理だろうから、一番近いギルドまで歩こうか。確か駅からそんなに離れてなかったと思うから」
「OK。ヨシュア、遅くまで付き合わせてごめんね」
  エステルの申し訳なさそうな顔にヨシュアは笑った。反対したところでエステルが依頼を断るとは到底思えない。それでも自分が付き合ってくれると信じている彼女が愛おしかった。

  帝都のギルドはメイン通りから少し奥まった通りにある。メイン通りにある方が目立つからわかりやすいという利点はあるのだが、依頼人によっては利用していることを他人に知られたくない人もいるということで、今の位置が選ばれたのだった。リベールのオープンな雰囲気の中で育ったエルテルには理解しがたい価値観だが、帝国人、ことに貴族は些細なことにでも恐ろしく面子にこだわるのでそういう措置がとられたということだ。
  もうひとつ通りを渡ればギルドというあたりで、つと、ふたりの足が止まった。
「ね、ヨシュア。今の」
  ハッキリした音ではなかったが、残響が耳に馴染んだものだった。
「エステルはここで待ってて。僕が様子を見てくる」
  言うが早いか、ヨシュアは双剣を抜いて音の響きを辿って姿を消した。
「ヨシュア!もう、すぐ勝手に行っちゃうんだから!」
  エステルが待っててといわれてハイと温和しく待っていられるはずもなく、彼女は彼女でこれまでに培ってきた感を頼りに音のしたと思われる方向へ走り出した。
「えーっと、確か、このあたりから…!!」
  街路樹の傍らに人が倒れている。顔はわからないが、身なりは整っており、どうやら不意打ちをくらわされて意識を飛ばされたようだ。
「大丈夫ですか!」
  駆け寄って顔が見えるようになるとエステルは二度驚いた。
「メソッドさん!!」
  つい先ほど依頼された荷物を引き渡したクリプトン伯爵家の家令その人だったのである。別れるとき、彼は引き渡した荷物を持っていたが、倒れている彼の手には何も残っていなかった。
「メソッドさん、しっかりして!」
「うう…時計を…」
  身じろぎしたメソッドはぐふっと息を吹き返すと、みぞおちあたりに手を当てた。どうやら当て身を食らわされたらしい。ヨシュアの行方も気になるが、怪我をしたメソッドをこのまま道端に置いておくわけにもいかず、エステルは肩を貸して立ち上がらせた。
「少し痛いかもしれないけど、この先にギルドがあるからそこまで頑張って」
「あ、あなたは!」
  ほの暗い街灯の明かりにエステルの姿を認識したメソッドは、驚きと痛みの二重の衝撃を受けたようだ。メソッドの意識がはっきりして身体に感覚が戻ってくるのを待ってからエステルはゆっくり歩き出した。

  人より訓練されて鋭利な感覚を持つヨシュアは、その音を感じた瞬間、身体が動いていた。エステルに釘を刺す意味で声を掛けてから来たが、彼女がそのとおりにしてくれるとは到底思っていない。だからこそ、一刻も早く事実関係を確認して戻る必要があった。
  ヨシュアが倒れているメソッドを発見するのと、二発目の銃声の音とはほぼ同時だった。
「そこか!」
  素早く身を翻し、銃声の元へ剣を走らせる。だが、直撃の寸前でヨシュアは剣を止めた。その直後、三発目の銃声が響く。命中したらしく、前方を走っていた影が動きを止めた。
「いくよ!」
「いつでも」
  相手の動きを確実に止めるため、双剣が煌めき、再び銃声が響いた。
「さすが、ヨシュアくん、あっけなく仕留めたようだね」
「なんだって、あなたがこんなところに…!」
  呆れた声でヨシュアが応える間もなく、本能が再び彼に双剣を構えさせた。気配から察するに人ではなく大型の魔獣のようだ。
「おやおや、再会の抱擁もさせてくれないとは無粋だねぇ」
  闇夜に映える金髪をさらりと流して彼もまた導力銃を構える。
「ここは場所が悪い」
  おそらく自分のあとを追ってくるだろう少女のことを考えてヨシュアは戦場を別にしたいと思った。彼女の戦力はあてにできるが、やっかいごとには巻き込みたくなかったのだ。
「敵をどこか誘導できるところがありますか?」
「任せたまえ。この先は大貴族の屋敷が並んでいる。少しくらい庭を借りても市政には影響ない」
  左方向の閑静な通りを指し示して答えた。心なしか、答える声が嬉しそうに聞こえる。
「……よくミュラーさんが出してくれましたね」
「はっはっは。夜の帳は愛の狩人オリビエ・レンハイムにこそ相応しい、だろう?」
  オリビエの答えを聞く限りでは、どう考えても黙って抜け出してきたとしか思えなかった。だが、今、その件を追求している暇はない。ふたりを目標に放たれた第二陣の攻撃を受け流すようにして、オリビエの誘導に従い大通りから貴族の屋敷街へとヨシュアは翔けていった。
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