心合いの空 (5)
  隠密活動を得意とし、一対多数の戦闘を数多くこなしてきたヨシュアにとって、複数の魔獣を同時に攻撃することはさほど難しいことではない。しかも今回は遠距離からの援護もあるので、戦場さえ自分の有利な場所へ設定してしまえば、殲滅させるのも容易だった。だが、ヨシュアは敢えて全滅させず手負いの魔獣を残した。深夜に魔獣の咆吼はよく響く。他人の干渉を嫌う大貴族だからこそ、自家の庭での騒動を放置することを吉とせず、舞い込んできた魔獣へ私兵を投入して事態の収拾に当たった。
「いったいどこの間抜けがブラックパンサーを放ったのだ!」
「放し飼いにする時は自家の敷地内だけにすることを申し合わせていたはずだぞ!」
「ギルドに目撃情報を流されたらやっかいごとになるのがわからんのか!」
  どうやらヨシュアにけしかけられた魔獣は、貴族の間で広く番犬代わりに飼われているブラックパンサーであるらしかった。それだけのことを確認すると、ヨシュアは再び現場に戻った。魔獣をけしかけたということは、ヨシュアとオリビエで足止めした人物を逃がすか、回収することが目的だ。既にその場にはいないだろうが、短時間ではそう遠くにも行けないだろうから、逃亡先もしくは潜伏先の手がかりを掴める可能性がある。
「で、なんでオリビエさんがあんなところに居たんです?」
  ヨシュアはあとをつかず離れず付いてきていたオリビエに声をかけた。十中八九、ちゃかした答しか返ってこないだろうと思っていたが、意外にも真面目な答えが返ってきた。
「帝都を騒がす時計泥棒を追っていたのだよ」
「クリプトン伯爵家の時計はただのアンティーク時計じゃないとは思ってましたが…」
「ほほう、クリプトン家も持っていたのか。まあ、十分あり得る話ではあるが」
「クリプトン家「も」?」
  ヨシュアの反応にオリビエは、あっさりと頭を振った。
「あれがただの古ぼけた時計ではないと見破ったくらいだから、おおよその見当はついてるんじゃないのかな?」
「……ミュラーさんを即刻呼んできましょうか?」
「せめて夜明けのコーヒーくらいは飲ませてくれたまえっ!」
  全く、この人は…とヨシュアは閉口した。自分がエステルを巻き込みたくないことをわかっている上で絡んでくるのがミエミエで対処に困る。
「貴族の権力闘争にあの時計がどう絡んでいるんですか?」
「やれやれ、ズバリ直球でくるとは、本当にエステルくんにメロメロなんだねぇ。おにいさんはジェラシーでバーニングだよ」
「僕のことは何とでも言ってください。その代わりエステルを巻き込んだら承知しませんからね」
  ヨシュアの琥珀色の瞳が闇夜にもそれとわかるくらい冷たい光を放った。彼は愛する少女の為にはどこまでも冷酷になれる人間だ。反対に彼女のためになるとわかる人間にはどこまでも寛大になれる。
「ふむ。前置きがかなり長くなるんだが」
「エステルをあまり待たせるわけにはいきませんから、結論だけお願いします」
「主戦派の貴族が共和国に喧嘩をふっかけようとしているのさ」
「……長い前置きとやらを説明してください」
  ヨシュアは諦めてオリビエの話を聞くことにした。

  一方、怪我をしたメソッドを帝都のギルドに運び込んだエステルは、そこで思わぬ人物と再会した。
「アガット!」
「エステルか!?」
  しかし再会の挨拶より、怪我人の介抱が優先する。エステルはアガットの手を借りてメソッドをギルドの奥にある待合室へ寝かしつけ、受付のフレデリックに手当を依頼した。
「あたしはヨシュアを捜してくるから!」
「捜してくるって、何かあったのか?」
「ひとりで時計泥棒を追っかけてっちゃったのよ!」
「時計泥棒?」
「そ、あたし達がメソッドさんに配達したばかりの古くて素敵な時計よ。ギルドの目と鼻の先で窃盗だなんて冗談じゃないわ!とっつかまえて絶対に取り戻すんだから!」
  そのまま飛び出して行こうとしたエステルを止めたのは受付のフレデリックだった。
「待ってください!」
  あやうく棒術で投げ飛ばされそうになりながらも、フレデリックは必死の形相でエステルに取りすがった。
「ことはクリプトン家の問題だけではないんです!」
「へっ?」
  勢いを削がれ、エステルは入り口でつんのめった。
  そこへフレデリックが手当をする前に動けるようになったメソッドが起きあがって、ふらつきながらエステルのところへやってきた。
「このことはどうか内密にお願いいたします。ことは主の名誉にかかること。どうか、どうか伏してお願い申し上げます!」
  跪かんばかりのメソッドに当惑しているエステルより先にフレデリックが声をかけた。
「メソッドさん、ことはクリプトン家の問題だけではないんです。ここはプロに任せるべきだと思います」
「いいえ、旦那様の名誉を汚すわけには…!!フリードリヒお坊ちゃま!?」
「今はフレデリックです。ギルドの受付になったときに勘当されましたから」
  どうやらメソッドとフレデリックが顔見知りらしいことはエステルにもわかったが、それ以上の話が見えてこない。
「フレデリックは元は貴族のお坊ちゃまなんだとよ。俺も知らなかったんだが、帝国の貴族事情に詳しいヤツを紹介してくれってエルナンに頼んだら、ここのギルドの受付を訪ねろって教えられたんだ」
  アガットに耳打ちされて、エステルはそれこそ訳がわからなくなった。
「えーっと、全然話が見えてこないんですけど…」
  それを素直に口にしたエステルにフレデリックは申し訳ないと頭を下げた。その上で、フレデリックは受付としてではなく、一依頼人としてもう一度頭を下げた。
「どうかお願いします。アルセス家とクリプトン家から盗まれた時計を取り戻してください」
「あのー、ますます意味がわからないんですけどー」
  困惑するエステルにフレデリックは詳しい依頼内容を話し始めた。

  ことは三日前に遡る。フレデリックの実家であるアルセス家やクリプトン家とはほどほどに交流のあるグロースター伯爵家から是非にと招かれて両家の当主は数人の供と共に訪問した。招かれたのは今では滅多に使われることのなくなった別宅だった。そこは20年くらい前まで本宅として使われていたが、大広間の飾り時計が動かなくなってから今の館に引っ越していた。驚いたことに、招かれた当日、大広間の飾り時計が動いてたのである。グロースター伯爵が言うには、カルバート共和国からとても腕のよい技術者を招いて修理してもらったということだった。同じ飾り時計を賜った者としてその技術者に修理の口利きをしてやろうとの申し出だった。
「同じ飾り時計って…あの古い壊れた時計のことよね?わざわざ高名な技術者を招いてまで修理するほどの物なの?」
「コラ、話は最後まで聞け」
  アガットにたしなめられ、エステルは首を縮めた。
  修理費こそ大した額ではなかったが、問題はその条件にあった。修理後にお披露目のパーティを開いて欲しいというのである。パーティの招待者を聞いて、両家とも即答を控えた。グロースター伯爵は、修理のできる技術者はもうしばらく滞在しているので、気が変わったら連絡して欲しいと伝え、そこでお開きとなった。
「壊れて動かなくなったとはいえ、先帝から賜った由緒ある飾り時計です。アルセス家もクリプトン家も、動かなくなって久しいその時計を長らく領地の屋敷で保管していました。即答こそしませんでしたが、修理できる技術者が帝都にいることは聞きましたので、グロースター伯爵を介さずに直してもらえないかと考え…」
「帝都に取り寄せたところを盗まれた?」
「はい。私は勘当された身ですが、執事から内密に相談を受けました。その少し前にリベールのエルナンさんから、アガットさんの件で連絡があったばかりです」
「その時計ってのが、導力革命初期のシロモノで、今の技術者ではおいそれと直せない。リベールでもラッセル博士くらい昔の技術に詳しくなければ無理だってことだ。あまりにもタイミングがよすぎるんだよ!」
「もしかしてアガットがこの件を先に引き受けてたの?」
  それならば、アガットの依頼にエステル達が勝手に割り込んだ形になってしまう。アガットが不機嫌なのはそのせいかと思いきや、「俺はさっき着いたばかりだっ!」と怒鳴り返された。
「もう、そんなに怒鳴らないでよ。ひょっとして、寝不足でイライラしてる?」
「っるせぇ。どっちにしろヨシュアから話を聞く価値はあるな。俺も待たせてもらうぞ」
  暗にエステルが出かけようとしているのをアガットは牽制して言った。ふくれっ面のエステルを横目にアガットはどっかりと座り込んだ。
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