心合いの空 (6)
  貴族制が廃されたリベール王国と違ってエレボニア帝国では今だに貴族社会が健在である。一般市民と貴族との格差より、同じ貴族間における格差の方がはるかに深刻な問題だった。名門と呼ばれる家門はいくつかあるが、政治の中枢に深く関わり権勢を誇る家もあれば、政治から離れ学術や芸術の擁護者として文化社会に帰依する家もある。主に国を動かすのは前者の出身者で、鉄血宰相ギリアス・オズボーンに与している。一般的に「中立」と言われている家には後者が多く、政治とは距離を置きながらも、学識者への影響力が強かった。問題の時計を盗まれたアルセス家やクリプトン家は一族に多くの学者を輩出してきた中立派の名門である。先のリベールで発生した導力停止現象時における帝国軍の派遣では正面切って反対しなかったものの、オリヴァルト皇子の撤退策を高く評価していた。
「時計の盗難は、その報復ですか」
  ヨシュアの指摘にオリビエは大げさにため息を吐いて見せた。
「どちらかというと嫌がらせのレベルだね。最後には条件付きで返すつもりだろうから。でなければ、その場で叩き割ってるだろう?」
  だが、盗まれた方には単なる嫌がらせではすまないのが、貴族の事情というものだ。先帝から下賜された由緒ある時計を盗まれたことが公になれば大いなるスキャンダルであり、家名に傷が付くことは免れない。
「家の名誉のため、どこにも相談できない。かといって宰相殿には賛同しかねる。お披露目のパーティに宰相殿を主賓として招くというのは派閥に入りましたと公表するようなものだからね。誇り高き当主殿の苦悩は察して余りあるよ。同じ芸術を愛する者として放っておけないだろう?」
「だからといって深夜の帝都を徘徊する言い訳にはならないと思いますが?」
「秘め事は闇のベールの中に息づいているのだよ」
「意味不明ですよ、オリビエさん」
  ともあれ、オリビエの話で時計泥棒との因果関係ははっきりした。余計なことに関わらないためにも、早めに奪われた時計を取り戻すに限る。先ほど手負いの魔獣をあちらこちの庭先に誘導して騒ぎを起こしたが、その時無反応だった屋敷が一軒あった。位置的にも時計泥棒が逃げ込む先として無理のない距離だ。このままその屋敷に潜入して調査することもできるが、できればもう少し客観的な情報が欲しい。幸いにギルドがこの近くにある。ひとり残してきてしまったエステルの様子も気がかりだった。少し迷ったあげく、ヨシュアはギルドに向かうことにした。
「それじゃ、僕は一旦ギルドに戻りますから」
  元来た道を引き返し始めたヨシュアにオリビエの声がかかった。
「ヨシュア君、こっちの方が近道だよ」
  言いながらオリビエはすたすたと歩き始めている。無視して置いていってもオリビエのことだから、素知らぬ顔でギルドに現れることだろう。時計の行方はわからず空手で戻ったところへ、押しかけてきたオリビエにあることないことエステルに吹き込まれては堪ったものではない。唯一オリビエをコントロールできるミュラーに確実に引き取ってもらうためにも今は一緒にいた方がよさそうだとヨシュアは判断し、彼のあとを追った。

  帝都のギルドに一歩踏み込んだ瞬間、ヨシュアは反射的に引き返したい衝動に駆られた。待合室には、不満顔のエステルと仏頂面のアガット、更には神妙な顔をしたメソッドと受付のフレデリックの4人がヨシュアの帰りを待ち構えていたからだ。オリビエから「長い前置き」を聞いてエステル対策は万全のつもりだったが、アガットの存在は予想外だった。
「遅くなってごめん」
  まずはエステルに謝って反応をみる。
「もう、あんまり遅いから…って、お、オリビエ!?」
「ふっ、しばらく見ないうちに随分と女らしくなったじゃないか。これじゃ、ボクのヨシュア君が心変わりするのも無理はない。せっかくの道行きなのにヨシュア君ときたらキミへのノロケばかりでボクは嫉妬に狂いそうだったよ」
  ヨシュアが制止するまでもなく、オリビエはするりとギルドの中に入り込み、エステルに再会の挨拶を送っている。
「な、なんで、あんたがこんなとこにいるのよっ!っていうか、こんなとこに居ていいわけ!?」
「おや、心配してくれて嬉しいよ。さすが同じ空の下で愛を語り合っただけのことはある」
「いい加減なこと言うなーっ!!」
  せいやっとエステルの棒が空を切った。以前の教訓からそのことを予測していたらしいオリビエはギリギリのところで避けつつ、エステルと相対している。
「おい、放って置いていいのか?」
「あれでそれなりにコミュニケーションが成り立っているようですから」
「まあ、お前さんがそれでいいのなら」
  ふうっと軽く息を継いで、それからおもむろにアガットはヨシュアと向き合った。
「で、時計泥棒の目星はついたのか?」
「アガットさんの方はどうなんです?」
「共和国の悪名高い闇商人が最近やたらとグロースター家に接近中って噂だが?」
「問題の壊れた時計が修理できるのはリベールでもラッセル博士くらいだそうです。帝国と共和国の技術レベルは似たもの同士。帝国で無理だったものを共和国の技術で修理できるとは到底思えません。アガットさんは共和国から来たという技術者に心当たりがあるんですね?」
  質問に対して質問で答えるという会話を交わして、アガットとヨシュアはそれぞれの帰する所が一致した。
「僕が犯人を見失った付近にグロースター家の屋敷がありました」
「いくら貴族が互いに干渉しあうことを好まないとはいえ、帝都の中心では人の出入りも飛行船の発着も目立つ。だが本宅から別宅へ家中の者が行くくらいなら日常の範疇だ」
  それぞれに目的は違えど目的地は同じらしい。詳しく互いの情報を交換しなくても聞かされた話から裏事情が見えてくる。察しがよすぎるふたりは常識的な判断をして行動に移した。
「こら、ヨシュア!自分だけ勝手に行くのはルール違反でしょっ!」
「エステルくんの言うとおり、ここまで来て仲間はずれはイヤン」
「シナを作るなーっ!」
  互いにツッコミながらも持ち前の感のよさを発揮してアガットとヨシュアの抜け駆けには共同戦線を張る構えだ。
「エステルにはここで待っていて欲しい。今回は帝国の事情も絡んでいるし、リベールとは状況が違うんだ」
「遊撃士の仕事にリベールも帝国もないでしょ。第一、この件はあたしが引き受けたのよ」
「そいつを言うなら、俺の方が先だ」
  アガットとエステルの間に火花が散った。どちらも一歩足りとて引く気配を見せない。
「まあまあエステル君、行きたいというならここは先に行ってもらいたまえ」
  白熱した二人の間に臆せず割り込んできたのは言うまでもなくオリビエだ。
「ちょっと、オリビエったら裏切る気!?」
「おお、レディの願いを退けるなど、とんでもない。聞けばエステル君は帝都が初めてというじゃないか。ふっ、帝都の案内はボクに任せてくれたまえっ」
  威風堂々と胸を張るオリビエにヨシュアとアガットは返す言葉もなかった。言い出したら聞かないエステルと、己の好奇心にどこまでも忠実なオリビエが組んだ日には、何をしでかすかわかったものではない。ふたりを野放しにするくらいなら一緒にいて監視している方が遙かにマシだ。
「わかったよ、エステル。一緒に行こう。でも、オリビエさんは駄目ですよ」
「それは俺も同感だ。民間人を巻き込むわけにはいかねぇ」
  正確には民間人ではないのだが、と呟いたオリビエの声は無視された。
「やれやれ、釣れないねえ。ま、君たちのいうことももっともだ。ここはおとなしく帰ることにするよ」
  シクシクと嘘涙を流すオリビエに誰も同情はしなかった。
「話は決まったな。人通りが多くなる前に出発するぞ」
  夜が明けて間もない暁の道を一同は歩き出した。

「で、帰ると言ったのに、なんでしたり顔で付いてくるんだ?」
「え、そんなこと、アガットくんの気のせいだよ。ボクの帰り道がたまたまこちらだったというだけさ。だから気にしないで君たちは君たちで向かってくれたまえ」
  フフンとどこまでもお気楽なオリビエに、エステルはついに笑い出した。
「もう、一緒に行きましょ」
「駄目だよ、エステル。オリビエさんは…」
「わかってる。でも、メソッドさんやフレデリックさんも何も言わなかったけど、これって貴族間の権力闘争ってヤツなんでしょ?きっとオリビエはオリビエで放っておけない事情があるのよね?」
  さりげなく問いかけられた視線はオリビエだけでなくアガットやヨシュアにも向けられていた。
「あたしは政治の駆け引きとかよくわからないけど、この前オリビエが無駄な戦争を回避してくれたことだけはわかるわ。遊撃士協会規約第三項で国家権力への不干渉が定められてるから、一方的な協力はできないけど、中立的な立場から仲裁するのは問題ないのよね?グロースター家だっけ?そこにもしも盗まれた時計があって、アルセス家やクリプトン家を主戦派になびくよう恐喝してるのなら、どんなことをしても止めなきゃって思う。戦争は悲しみしか生まないもの」
  エステルが遊撃士を目指した原点がそこにある。
「まったく、エステルには本当に敵わないよ」
「ああ、まったくだ」
「まさに一本取られたね」
  笑い会う男性陣に対してエステル一人がいぶかった表情をしている。彼女はいつもそうだ。自分がどれほど人の心にすんなり入り込む力を持っているのか全然わかっていない。だからこそ他人を惹きつけて止まないのだ。
「グロースター家への近道はこっちだ。この通りを抜ければ、グロースター家の私道に入る」
  オリビエの案内に一同は気を引き締め更に歩みの速度を上げた。
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