心合いの空 (9)

オリビエとミュラーが去ったあと、フレデリックも実家アルセス家と連絡を取るため、クリプトン家の執事メソッドとともにギルドを出て行った。アガットとエステルは30分だけ仮眠を取り、ミュラーから指定された空港の第5レーンへ向かった。
「アガットはエレボニアは初めてじゃないのよね?」
「まあな。だが、エレボニアって言っても広いし、リベールとちがって制約も多いから遊撃士として威張れるほどの仕事はしてねぇよ」
「でも、初めての時はやっぱりあったわけでしょ。あたしなんてヨシュアがいないと右も左もわかんないし。今もオリビエやアガットがいてくれたおかげでどうにかなったけどひとりじゃなにもできなかった」
「おいおい、らしくねぇぞ」
「ゴメン。ちょっと弱気になってるかも」
  自分で思っていた以上に、ヨシュアに置いて行かれたことがショックだったらしい。
「ま、いまのうちにしっかり迷えや」
「えへへ、ありがと」
  アガットとエステルが空港の第5レーンに着いたとき、そこにはすでに見慣れない型の飛行艇が停船していた。どことなくカプア空賊団が乗っていた山猫号に面影はあるが、全体的にもっと洗練されたな船体をしている。
「ほう、ラインフォルト社の最新型だね。さすがは伯爵家。掛けるところには注ぎ込んでるねぇ」
「きゃ、オリビエ!?」
  背後からふわりと掛けられた声にエステルは飛び上がった。
「エステル君、そんなに照れることはないだろう」
「だ、誰が!って、なんで、オリビエがここにいるわけ?」
「ふっ。アガット君からせっかくお誘いを受けたんだ。最後まで付き合わせてもらうことにしたよ」
  しごく当然とした形をしているオリビエにアガットはその背後にいるミュラーを見やった。ミュラーは苦虫を噛み潰したような表情で沈黙している。ふたりの間でどういうやり取りがあったのかはわからないが、ミュラーが了知の上ということは、言い換えれば、オリビエが同行しなければならない明確な理由があるということだ。
「事務的な手続きは全て終わっているから安心して出発してくれ」
細かい事情には触れず、ミュラーは簡潔に言った。
「助かったぜ。感謝する」
  時間との戦いでもあることなので、最小限の挨拶に留めて、アガットは飛行艇に乗り込んだ。そのあとにエステルとオリビエが続く。
  個人所有の飛行艇は、定期船とちがって入るとすぐに操縦室があった。
「フレデリックさん?」
  操縦席には、ギルドの受付であるフレデリックが着いていた。
「メソッドさんの口添えもありまして、わたしが操縦させてもらえることになりました」
「すごい。飛行艇の操縦なんかもできるんだ」
  感嘆しているエステルにフレデリックは恥ずかしそうに頷いた。
「もともとわたしの趣味で買ってもらった飛行艇なんです。癖もわかってますから速度の方もそれなりに期待してくださっていいですよ」
「趣味?」
  フレデリックはさらりと言ったが、エステルの感覚では理解できない内容だった。
「はっはっは。エステル君、山猫号の操縦者を思い出してみたまえ」
  出会った当時こそ空賊を名乗っていたが、カプア一家はエレボニアの元貴族であった。操縦者は次男のキールだったように、帝国では貴族の子弟が飛行船の操縦をすることはそれほど珍しいことではないらしい。
「なんか、レベルがちがいすぎるんですけど」
  エステルの趣味のひとつであるスニーカー集めもそれなりに金を食うが、個人で飛行船を所有するのとでは掛けるお金のケタが違いすぎる。エステルは理解できないカルチャーショックに見舞われたが、外国に居る以上、ついて回る問題だからと無理矢理自分に納得させた。
  言うだけのことはあり、フレデリックは手慣れた要領で発進準備を進めた。アガット、オリビエ、エステルの3人は指定された座席に座り、ベルトを締める。全ての準備が整っていることを確認するとフレデリックは管制塔に連絡を取り、飛行艇を発進させた。

グロースター家の別邸から発進した飛行船に単独で侵入に成功したヨシュアは、そこで捕らわれていたティータを発見し、再会を果たした。ティータの無事を確認したあと、オリビエから渡されたアーティファクトの通信機でミュラーに連絡を取り、その後更にアガットと今後の救出作戦を打ち合わせた。やろうと思えば、ヨシュアひとりで飛行船を制圧し、ティータを保護することは可能だったが、グロースター家のやり方があまりにも短絡過ぎて、逆にヨシュアは疑問を持った。飛行船内部の事情を探り、ティータが掠われたのは先帝から下賜された時計を極秘に修理させるためだけと判明したところでその疑いは更に強まった。
  ティータ・ラッセルは確かに天才少女だが、その真価を表の世界で知るものはごく少数の人間に限られる。グロースターは悪人には違いないが、その野望はあくまで帝国貴族内の権力闘争にのみ向けられており、国際的視野を持った行動ができるほどの人物ではなかった。そんな人物がどうやってティータの存在を知ったのだろうか。
(この事件、まだ裏がある)
  蛇の使徒と結社のやり口を知るヨシュアには、ティータ誘拐事件の裏を考えざるを得なかった。杞憂にすぎればそれでよし、だが、オリビエから帝国と共和国にくすぶっている火種を聞いたあとだけに無視することはできなかった。
「ヨシュアお兄ちゃん、速度が速くなったよー」
「こんなところで?」
  嫌な予感がヨシュアを襲った。
「それに、なんか方向が変」
  窓の外を見ていたティータが小首を傾げつつ振り返って言った。同時に体感できるほどに船が方向を転換した。
「ミュラーさんから聞いたのよりずっと北寄りになったよーな。あれ?」
  窓越しにもはっきりわかる光が目を弾いた。陽光とは明らかにちがう光だ。
「ティータ、伏せて!」
  反射的にヨシュアはティータを窓から引き離し、床に伏せさせた。防音が効いているので音までは聞こえないが、明確な意図を持った銃弾が撃ち込まれていることは想像できた。いくら個人所有の飛行船の装甲とはいえ、ショックカノンで打ち落とすことは不可能だから、攻撃の目的が威嚇であることは予想が付く。だが、今のが威嚇だとしても次の攻撃も威嚇という保証はない。そもそもこの空域で共和国籍の飛行船を攻撃してくること自体、尋常ではないのだ。間の悪いことに、この位置からでは敵の姿が確認できないときていた。このタイミングで、貿易船を狙う空賊の仕業とは絶対に思えなかった。
「ティータ、絶対僕から離れないで」
  ヨシュアは素早く戦闘態勢を取るとティータを背後に庇いながらコクピットを目指した。十中八九、飛行船を制圧することになるだろうが、正体不明の外敵が現れた以上、そちらへの対応の方が緊急を要する。グロースターの一味があの外敵とまともにやり合えるとは到底思えない。ティータの安全のためにも、ここは自分が主導権を握る必要があった。
「スピードアップの上、予定コースから北寄りに進行。正体不明の外敵から攻撃を受けました」
  次なる対応も考慮して、ヨシュアはオリビエにアーティファクトを通じて一報を入れた。これで少なくとも飛行船が予定のコースから外れたことは通じたはずだ。そこから先、連絡がとれるかどうかはこれからの行動に掛かってくる。ヨシュアは一呼吸おくと、スイッチを切り替えた。

ティータから報告を受けたミュラーがグロースターの飛行船コースを割り出し、それに先行するようフレデリックはスピードを上げていた。
「この調子でいけば、わずかですが、あの飛行船より先に目的地へ着けると思います。カルバートのギルドに確認したところ、あちらは別荘地なのでこのくらいの飛行艇なら降りることのできる土地がたくさんあるそうです。なのでこのまま直行しても大丈夫のようです」
「よーし、それならこっちから仕掛けられるな」
  ようやくアガットの表情に余裕が見られたと思った時だった。オリビエが懐のアーティファクトに反応した。短い通報を受けた後、オリビエの声が無機質に情報を伝えた。
「例の飛行船、コースを北寄りに流したようだ。しかも第三の敵から攻撃を受けてるそうだ」
「なんだと!?」
「攻撃ってどーゆーこと!?」
「この時期に北寄りというと…自治州に入ってしまいますよ?」
  三者三様に反応したが、ここで一番深刻だったのは飛行艇を預かるフレデリックだった。
「構わない。こうなったら堂々と飛行船を追いかけるまでさ」
  いつになく真面目にオリビエが答えた。
「…い、いいんですか?」
「まあ、そのために愛しの親友殿を振り切ってボクが来たんだし」
「フン、そういうことか」
「ちょっと、アガットってば、なにひとりで納得してんのよ!ヨシュアとティータが危ないんでしょ!?」
「聞くところに寄れば、エステル君はヨシュア君の操縦で愛の逃避行をしたそうじゃないか」
「それは…」
  口ごもってエステルは勢いを削がれてしまった。その間にフレデリックは進路を修正し速度を更に上げた。
「ここからは通常の航路を外れます。レーダーに反応があったら教えてください」
  アガットとエステルは座席の前に映し出されているレーダーに注意を向けた。オリビエは動態視力を活かして潜望鏡で全域の目視に集中した。

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