花信の風 (1)

女王聖誕祭直線に勃発したクーデター未遂事件解決後、リベール王国における正遊撃士数は、マイナス1のちプラス2で総数ではプラス1。
  数ヶ月後、リベール全土を巻き込んだ導力停止現象の収拾した時、ふたりの正遊撃士が大陸へ旅立ったため、大陸全土の遊撃士総数に変化はなくても、リベール王国に限って言えば、マイナス2。小国とはいえ、短期間に3人もの正遊撃士を失った痛手は大きかった。
「というわけで、新人の遊撃士を育てることは、リベールのギルドにとって最優先事項なんだ」
  遊撃士協会ルーアン支部の受付ジャンは、正遊撃士アガット・クロスナーに明るくサラリと懸案事項を申し述べた。
「なんで、それを俺に振る?」
「なんでって言われてもねぇ。君が一番適任だと思ったから?」
  アガットに睨まれてもジャンは慣れたもので飄々と返している。その様子をディン、レイス、ロッコの三人はヒヤヒヤしながら固唾を呑んで見守っていた。
  彼ら三人は、少し前までルーアン南街区で鼻つまみ者として悪名高いレイヴン団の幹部だった。それが、とある事件をきっかけに遊撃士を目指すようになり、この度準遊撃士になるための研修を受けることになったのである。
「だいたい、ルーアンにはカルナがいるだろう。あいつの方がよっぽどか指導力はあるぞ」
「うん、僕も最初はそう思ってたんだよ。でも、彼女には、既にメルツを担当してもらってるし。メルツと彼らとでは全然方向性が違うだろ?」
  準遊撃士のメルツは折り目正しく真面目が絵を描いたような青年である。確かに彼と、レイヴン団の三人とでは同じ研修内容というわけにはいかないだろう。それぞれの個性を活かして育成するには、当然それなりの研修が必要になる。
「その点、アガットなら彼らの特性を伸ばしてやれると思うんだ。経緯的にも経験的にも最適だと思ったんだけどなあ」
  アガットの過去を踏まえた上での配慮というか、押しつけというか、ジャンの提案にはツボを押さえた説得力があった。
「言っとくが、俺は野郎に手取り足取り教えてやるような寛大さは持ち合わせてないからな」
  睨み合うこと数分、ついにアガットが折れた。彼だって新手の遊撃士の育成が必要であることは理解している。遊撃士不足のしわ寄せは、結局自分たちにまわってくるのだ。遊撃士が独り立ちできるようになるまでの期間を考えると、少しでも早く取りかかった方がいいに決まっていた。

  だからといって、なんで、よりによってこいつらの担当が俺なんだ?

  ぼやきながらもアガットにはその理由も十分すぎるほど理解できていた。ジャンの言葉は全く持って的を射ているわけで、だからこそ余計に腹が立つのである。しかし、一旦引き受けたからには、手を抜くつもりはない。
「アガット先輩、よろしくお願いしまっす!」
  コチコチに固まり、ギクシャクしながらも元レイヴン団の幹部三人衆は頭を下げた。

遊撃士になるためには、まず、準遊撃士に認定されなくてはならない。
「で、どの程度までやってるんだ?」
「規約等の座学的なことはひととおり指導済みだ。あとは個人個人で覚えてもらうことになるね。戦闘については、まあ、アガットも知ってるとおり、短剣で修練していくのがベターだと思う」
  ジャンがこれまでの研修状況をアガットに説明した。
「なるほどな。で?」
  更に先を促したところでジャンの口調が鈍った。
「一番肝心なところがまだだぞ」
「それがねー。困ったな」
「だいたい予想はついてるが、そこがはっきりしないことには教えようがないぜ?」
  アガットの催促に、ジャンは盛大なため息と共に説明を続けた。
「大変申し訳ないことに、オーバルアーツに関しては、ほとんど手つかずなんだ」
「はあ?」
  素っ頓狂な声をあげたあとで、アガットは冗談だろう?ともう一度聞き返した。
「おいおい、冗談だろう?そりゃ、俺だってアーツは補助程度にしか使わないが、それでも、まるきり使わないって訳じゃない。アーツしか通用しない魔獣だっている。確かルーアンにはそういうヤツがいたはずだが」
  二度尋ねられて、ジャンは「本当に申し訳ない」と手を合わせた。
「言いにくいことなんだけど、実は…」
  これだけは言いたくなかったとジャンは肩を落としている。彼の話を聞いたあと、アガットも返す言葉がなく天井を仰いだ。

遊撃士に限ったことではないが、導力魔法(オーバルアーツ)を使うためには、個人の特性に合わせた戦術オーブメントを必要とする。ジャンは、規定に沿ってディン、レイス、ロッコのデータをエプスタイン財団に送り、彼ら専用の戦術オーブメントを請求した。通常なら折り返し到着するはずの戦術オーブメントだが、三人のものは「調整に時間がかかる」という連絡が入ったきりだ。
「つまり、なんだな?」
  戦術オーブメントの調整に時間がかかる場合の理由は、大きく分けてふたつある。ひとつは、魔力が高すぎて制御するのが困難な場合であり、もうひとつは、魔力がほとんどないため、魔法を発動させるために大幅な増幅を必要とする場合だ。元レイヴン団の三人の場合、おそらく後者だろうと察しが付いた。
「まあ、俺もあんまり人のことを言えた義理じゃないが」
  アガットがアーツを補助程度にしか使わないのは、彼の戦闘スタイルが重剣を使っての肉弾戦に特化されていることもあるが、魔力があまり高くないため、戦闘に有効な上位アーツを使えないというのも理由のひとつである。それでも特殊な調整が必要なほどではなかった。
「でも、グラナード工房のソームズさんから説明は受けて、当面必要になると思われるクオーツの準備はさせてるから」
「つまりは、戦術オーブメント待ちってことだな」
「申し訳ない」
  事情が判明するとアガットはそれ以上、そのことには触れず、当面の研修方針を立てることにした。
「武術については、型稽古が中心だな。短剣だと間合いと連携あたりか」
「魔獣退治とかナシですか?」
  ロッコの不満めいた質問にアガットはニヤリと笑みを浮かべて言った。
「自爆するとわかってる相手に接近戦を挑みたいのか?」
  三人は「自滅」の二文字の前に沈黙した。
「フフ、どうやら、方向性も決まったようだね。あとのことはアガットに任せるよ」
  ジャンは陽気に話を切り上げ、自分の仕事に戻った。

アガットがディン、レイス、ロッコを連れて型稽古に出かけたあと、ジャンはツァイスの中央工房からひとつの連絡を受けた。
「ええ、確かにその名前で依頼をしました。そうですか、やはり調整が長引いているんですね。こちらもそのことについては当人達に説明済みですが…え!?」
  驚くジャンに、相手側は「本当だ」と念押しして更に状況を説明していく。
「それが本当ならこちらとしては助かりますが、でも、あの、いいんですか?」
「いいも悪いもない。なにせ当人がすっかりやる気満々でね。道具一式持つと嬉々として出かけてしまったよ」
「は、はあ」
「そんなわけで、はっきり言って実験的要素が非常に強いんだが、アーツなしの研修よりいいのではないかと思って進めさせてもらったんだ」
「いえ、こちらとしてはとても助かります」
「そうか。そう言ってもらえればこちらとしても嬉しいよ。では、あとのことはよろしくお願いする」
「承知しました。すぐに空港へ迎えにやります」
  通信が終わると、ジャンは自然と顔がほころんでくるのを感じた。
「さーて、どうしようかな」
  ウキウキと悪戯少年が胸を弾ませるがごとく、ジャンは来客歓迎の段取りにかかった。

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