花信の風 (2)

ジャンがツァイスからの定期便の到着時刻を確認して、誰を迎えに出そうかと思案しているところへ準遊撃士のメルツが戻ってきた。
「ただいま戻ってきたッス」
「本日の研修、終わりました!」
  元気のよい声と共に威勢のよい声がかぶる。
「あれ、ロッコ?今日はもう終わりかい?」
「本当はもう少し遅くまでやるつもりだったんですが、何でもクローネ峠に魔獣が集団発生したとかで、アガットさん、そっちへ駆り出されたんですよ」
  不服そうなロッコにジャンは苦笑を噛みしめた。
「そうか。じゃあ、明日に備えて今日は早く休むといい。お疲れさん」
  それでもフォローはきっちり忘れないのが受付のプロというものだ。
「そうスか?なんかもの足らないっていうか。自主稽古でもしようかと話してるんですが」
「いや、それは止めた方がいい。明日からは本格的にきつくなるはずだから」
「でも、この程度、昔からブイブイやってるし」
  確信を持ったジャンの言葉にもロッコは半信半疑のようである。
「剣術だけならね」
  フフっと含んだジャンにロッコ達はいぶかった。
「で、メルツには申し訳ないんだけど、これから空港に行ってもらえるかな」
「かまわないッスが、来客ッスか?」
「そのとおり。ティータくんとは面識あったよね?」
「ティータ…?ああ、あのメカにやたら詳しい?」
「そうそう。実は、戦術オーブメントの調整に彼女が急遽来てくれることになったんだ」
  それを聞いてディンの目がキラリと反応した。
「もしかして、俺たちの?」
「ご名答」
「それって、俺達、アーツが使えるようになるってことですか!?」
「まあ、実験的要素が強いとは言ってたけど、それでも中央工房の肝いり案件だからね。悪い話じゃないだろう?」
「でも、それなら俺達が迎えに行くのが筋なんでは?」
  レイスが尋ねると、ロッコが「遊撃士でもなく面識もない俺達じゃあ、相手を不安にさせるだろーが」と突っ込んだ。
「はは、申し訳ない。だけど、そうだね。メルツと一緒に行く分には構わないと思うよ?ついでに街をちょっと案内してあげると喜ぶと思うし」
「ルーアンは初めてなんスか?」
「そうじゃないけど、この前来たときは観光どころじゃなかったからねぇ」
  しみじみ話すジャンに、ロッコ達は素早く目と目で頷き合い、意見を一致させた。
「メルツさん、よろしくお願いします」
「了解ッス!」
  あっという間に話はまとまり、メルツはロッコ達を引き連れてルーアン空港に向かった。

定期船リンデ号がルーアン空港に入港する様は何度も見てきたロッコ達だが、今回ほど到着を待ち望んだ便はなかった。接舷されタラップが掛かり、乗客が降りてきだすと自然と首が伸びてしまうのだ。彼らはティータを知らなかったが、ジャンの話ぶりから察して、中央工房の技術者らしき風貌の女性の姿を探し求めた。しかし、それらしい乗客はなかなか降りてこない。
「あ、ティータさん!こちらッス!」
  ふいにメルツが手を挙げて、タラップをとてとて歩いていた女の子に声を掛けた。ルーアンではついぞ見かけない赤いオーバーオールを着た女の子である。見方によっては、技術者が着ているツナギに見えなくもない。
「…へ?」
  呆気にとられているロッコ達を尻目にメルツはその少女の方へ歩み寄っていた。
「ルーアンのギルドの準遊撃士メルツでッス!ジャンさんから話を聞いて迎えに来たっス」
  いつもどおりの元気な声で挨拶するメルツにティータは少しばかり驚いたようだが、すぐにニコッと笑みを返してペコリと頭を下げた。
「ツァイス中央工房のティータ・ラッセルです。えと、今回はいろいろお世話になります」
  まだあどけなさの残る顔は文句なしにかわいらしかった。
「あのー、レイヴン団の人達、ですよね?」
  ティータはメルツの背後にいたロッコ達に目を留めて小首を傾げた。
「アンタ、俺達を知ってンのか?」
  紹介される間もなく、逆に問われてディンは片眉を上げた。以前、ルーアンに来たことがあるとジャンが話しており、自分たちのことを知っているということは、悪い評判だけが予備知識としてあるのではないかと懸念したのである。だが、ティータの反応は、彼らの予想外のものだった。
「あのとき、渡しボートの案内をしてくれてありがとーございました」
「へ?」
  ティータの言う「あのとき」が、リベール全土を揺るがせた導力停止現象のことを言っているのはすぐにわかった。ロッコたちはその時、初めて人の役に立つことにやり甲斐を感じ、進むべき道への第一歩を踏み出したのだから。だが、それは極めて短い期間のことであり、地元の人以外からお礼を言われたのは今回が初めてのことだった。とっさのことにどう返したものかとまどっているディンにティータは事情を説明してくれた。
「えっと、あのとき、わたしもそのボートのお世話になったんです。案内してもらえてすごく助かっちゃいました」
「ティータさんは、あのときギルドの通信復旧をしてくれたッス。他のギルドと通信が回復したときは、そりゃもう感激したッスよ」
  メルツの言葉にディンは二重に驚いた。同時に、ジャンが「観光どころではなかった」と言った意味も理解できたのだった。しかし、本人は至ってくったくがない。
「お姉ちゃん達に付いて、わたしにできることをお手伝いしただけだよ。今回も、それと一緒で、おじいちゃんの研究のお手伝いで来させてもらっただけだし。かえって、おじいちゃんの実験に協力してもらってお礼を言わなきゃならないくらいで。あの、あの、今回は、ほんとーにありがとうございます」
  控えめながらもハッキリした物言いは、技術に対する自信を感じさせた。その勢いに気押されて、ロッコ達も自然と頭が下がった。
「こっちこそ、手間を掛けさせたみたいで申し訳ないです。よろしくお願いします」
  いかつい男三人組に頭を下げられ、ティータは困惑した。その様子を見て、メルツが「ここでは何ですから…」と助け船を出して一同はギルドへ戻ることになった。
「荷物とか、ありますか?」
  身ひとつでやてきたティータにメルツが確認すると、ティータは待合室で工具類を受け取ることになっていると答えたので、一行は桟橋を上がると待合室へ向かった。
「ひゃあ、なんかスゴイですね」
  受付係がカウンターに置いた機器類を目にしてロッコが感嘆の声をあげた。
「グラナート工房にも調整する道具はあるって聞いたんですけど、それだけでは細かな調整が難しいから、おじいちゃん特製のメンテナンス器を借りて来ちゃいました」
  えへへと嬉しそうに答えながらティータは受け取りにサインした。
「大丈夫ですか?」
  小柄なティータが背伸びして受け取ろうとしたのを受付の係員が心配そうにみやっている。
「はい、大丈夫です。いつもこれを使ってますから」
  ティータはにこやかに答えたが、それを黙って見過ごすほどロッコ達も気の利かない連中ではない。
「ここは俺達が持ちます」
  すかさず間に入って荷物を受け取った。予想していたよりも軽くはあったが、それでも小柄な女の子に持たせるには酷な重さである。ロッコ達は自分たちのためにわざわざ持ってきてくれたのかと感激を新たにしたのだった。

ルーアン空港を出ると、あたりは茜色に染まり、ルーアンっ子自慢の見事な夕焼けがルビーヌ川に映し出されていた。
「うわー。お姉ちゃんから話には聞いていましたけど、ほんとーにキレイですね」
「おおよ。ルーアンの夕焼けはリベール随一だからな」
「もう少ししたら、ラングランド大橋も上がるぜ」
「橋が上がるって…?」
  南北を結ぶ大橋が跳ね上がっていた時しか知らないティータには、レイスの言った意味がよくわからなかった。不思議そうな表情のティータにロッコ達はしたり顔で頷いた。
「ラングランド大橋は、普段は街の南北を結んで掛かったままだけど、一日三回、30分くらい跳ね上がるんだ。アンタがこの前来たときは、導力停止現象とやらで橋が跳ね上がったまんまだったんだよ」
「ふええ」
  ティータは驚きに目をまん丸にした。そういえば、そんな話を聞いたような気もする。
「でも、でも、ラングランド大橋ってスゴク大きいですよね。アレが跳ね上がったり繋がったり…」
  ティータの表情が心なしかうっとりしている。その変化に気が付かず、ディンが説明を続けた。
「おう。これもオーブメントの力らしいんだけどよ。なんでも市長ンとこで制御できるらしいぜ」
  それが決定的な一言だったらしい。ティータのメカフェチ魂に火がついた。
「オーブメントで制御してるってことは、あの橋の大きさだと、導力回路の基板は…」
  そこから先の台詞は、はっきり言ってロッコ達には専門的すぎて意味不明だった。専門用語がポンポン飛び出し、楽しそうに思考しているティータは明らかに科学者していた。とても自分たちより年下の女の子の言葉とは思えない。ティータの理論解説に圧倒されているロッコ達を救ったのは、夕刻を告げる鐘の音だった。
「あ、橋が上がるぞ」
「え!?」
  それまで理論証明に夢中になっていたティータが、はっと我に返り、橋を見上げた。
「アンタ、初めてだろ?付いてきな。特等席に案内してやるからよ」
  ディンは自分の抱えていた荷物をレイスの上に重ね、身軽になるとティータの先を走り出した。
「は、はいっ!」
  吸い寄せられるようにティータはディンのあとに付いて走り出した。ディンは勝手知ったる石段の間をすり抜けて、ティータをラングランド大橋の跳ね上がる様子が一目で見渡せる艀に案内したのだった。
「はうう…」
  ラングランド大橋の両端がブーンと唸り、人々の往来が止まったところで、緩やかな曲線を描いて大橋が跳ね上がっていく。人の目に、橋の上がっていく様が美しく見えるように計算された跳ね上がり方に、ティータはうっとりと見入っていた。ラングランド大橋の跳ね上がる様を初めて見た人間の驚く姿はこれまで散々見てきたディンだが、ティータの感激ぶりは、それまでの反応と明らかに違っている。そもそも驚く視点がこれまで目にしてきた観光客のそれとは全く異なるのだ。
「いろんな意味ですごいガキだな…」
  聞く人によっては失礼千万この上ない台詞も、今のティータの耳には遠い。ルーアンの夕焼けとラングランド大橋の開閉は、しっかりティータの記憶に刻まれたのだった。

夕焼けが黄昏に変わって、夜の帳が降り始めた頃、艀を見下ろす形でジャンの姿があった。
「ああ、やっぱりここだったね」
「あ、ジャンさん!」
  うっとり余韻を楽しんでいたらしいティータの顔に子供らしい明るさがともった。
「ルーアン名物はお気に召してもらえたかな?」
「はいっ!もうスゴク感激です。あの橋がこんな風に動くだなんて、はああ…いいもの見せてもらいました」
「そうか、それはよかった。うん、やっぱり彼らにお願いして正解だったな」
「ふぇ?」
「ふふ、アガットじゃあ、こういう芸当は期待できないからねえ」
  ウインクしてよこしたジャンにティータは赤面しながらも苦笑している。確かに、アガットなら寄り道などもっての他、一直線にギルドへ案内していたに違いない。
「そこのホテルに部屋を取っておいたから、今日はゆっくり休むといいよ」
「え、でも」
「打ち合わせようにも、肝心のアガットが留守なんだ。明日の朝には戻ってくるはずだから、詳しいことはその時にね」
  アガットが留守と聞いて納得したのか、ティータは素直にジャンの言葉に従った。
「ディンも観光案内ご苦労様。これも遊撃士の仕事の一環だからね」
  言外に謝辞を感じ取り、ディンは照れたように頭を掻いた。ふと、ティータに視線を移し、「このままホテルに案内します」と言葉を添えた。ジャンはニコリと了承し、ギルドへ戻って行った。

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