花信の風 (3)

翌朝、ティータはロッコ達3人に案内されて朝のラングランド大橋の跳ね上がるところを見せてもらった後、ギルドにやってきた。
「おはよーございます」
  元気いっぱいに入ってきたティータをジャンが申し訳なさそうに出迎えた。
「あれ?アガットさんは?」
  ジャンの話を聞くまでもなく、そこにアガットの姿がないことに気が付いたレイスが問いかけた。
「本当に申し訳ない。どうもクローネ峠の魔獣退治が予想外に手間取ってるらしくて、午前中いっぱいかかると関所から連絡が入ったんだ」
「ええ!?アガットさんでも手こずるような魔獣が出たんですか?」
「あ、誤解のないように。手こずるって言ったのは、数が多すぎるからなんだ。何でもプチデッカーが大量に発生したらしくて、さすがのアガットも一筋縄ではいかないらしい。幸いボースのグラッツが折良く居合わせたから、午前中には何とかするそうだ」
  ジャンは手短に状況を説明した。
「じゃあ、午前中はまるまる空きですか」
「そうならざるを得ないよね。せっかくティータくんに来てもらったのに申し訳ないことになってしまった」
  ティータだけでなくアーツが使えると張り切っていたロッコ達にも申し訳ないとジャンは平謝りである。
「あの、でも、午前中には終わるんですよね?」
  そんな中で、ティータは念押しして尋ねた。
「うん、そのはずだ」
  ジャンが答えると、ティータはにっこりと「じゃあ、その間に基本設定を済ませておきますね」と預けてあった工具類を取りに2階の控え室に上がっていった。
「ロッコさん達も一緒に来てください」
  調整する本人達がいないことには始まらないと言った口ぶりだ。ジャンに促され、ロッコ達も2階に上がった。

ティータは手早くオーブメント調整器を設置すると、この日のために用意してきた特製の戦術オーブメントの設定を始めた。
「なんか、コレ、アガットさん達のと形が違いますね?」
  広げられている3つの戦術オーブメントをディンが指さして言った。
「あ、わかりますか。えへへ、おじいちゃん特製のだからちょっと個性的すぎたかなあ」
  言われて、ロッコ達はまじまじとその戦術オーブメントを覗き込んだ。
「…ラインが、ない」
「そーなんですよ。普通はクオーツの相互作用でオーバルアーツを構成するんですけど、これは単独でのみ発動するタイプなんです」
  言うまでもなく、オーブメントのラインは長ければ長いほど強力なアーツが使えるようになっている。それが単独でしか働かないということは、強力なアーツは使えないということだ。覚悟はしていたが、あまり嬉しい事実ではなかった。
「その代わり、共鳴を最大化させるので、微力でもアーツが発動できるんです。属性縛りも無視しちゃうんで、クオーツさえあればアーツが使えるスグレモノです」
「そ、そうなんスか?」
  言葉で説明するより、現物を使ってもらった方が早いと判断したのか、ティータは水色のクオーツをセットしてレイスに差し出した。
「これでティアが使えるはずです」
  試してみてくださいと言われ、レイスはコワゴワ、オーブメントを身につけて念じてみた。ぽうっとオーブメントが発動し、淡い回復の波がレイスを覆う。
「ああ!?」
「えへへ、やったぁ。」
  持ってきた戦術オーブメントがうまく作動したことにティータは大喜びだ。なにしろこれまで机上論のみの製作だったので、それが実証された意義は大きい。
  一方、アーツ初体験のレイスは感動に打ち震えていた。薬以外で回復できる日が来るとは夢にも思っていなかったのだ。
「単独でも上級クオーツなら強力なアーツがあったよな?なら、アーツさえ使えれば大丈夫じゃん」
「それはそーなんですけど」
  そこでティータは初めて口ごもった。
「問題は、共鳴の調整部分が未完成なので、一度使ったクオーツは、共振に耐えきれず、壊れちゃうってことなんです」
  ティータの言ったとおり、レイスのオーブメントにセットされていたクオーツはバラバラに砕けていた。
「あちゃー」
  アーツを使う度にクオーツが壊れるとしたら、上級クオーツをセットするなんてとんでもないことだ。セピスがいくらあっても足りはしない。
「なので、おじいちゃんも実験までなかなか行き着かなくて」
  世の中、うまい話はそうそう転がっていないものである。実証実験に供給するだけのセピスを集めることが一般人にどれほど大変なのかはセピス集めを体験したものにしかわからない。つまり、特殊オーブメントを提供してもらう代償が、セピス集めの苦労ということらしかった。
「こんな勝手な実験に付き合ってもらっちゃって、ほんとーにごめんなさい」
  ティータは深々と頭を下げた。罵倒されても受け入れるくらいの覚悟であった。しかし、ロッコ達の反応は違った。
「いやー、それくらい覚悟の上っスよ。もしかしたらアーツなんて永久に使えないかも、なーんて言ってたくらいスから」
「そうそう。最下位のアーツだって、アーツの使えない俺達からしてみたら、できるのとできないのとじゃ、雲泥の差だよ」
「最下位のクオーツでいいなら、当分困らないくらいのセピスを貯め込んでるからねー」
「ふ、ふぇ?」
  ティータの覚悟に対して、ロッコ達はサバサバと答えたものだ。
「えと、あの、このまま実験させてもらってもいーんでしょうか?」
  おそるおそる尋ねるティータにレイスが二つ返事で引き受けた。残る二人も了承したところでティータは初めて会心の笑みを見せた。ギルドで話は付いていると聞かされてはいたけれど、当人から直接了解を得て、初めて安心したのだろう。メンテナンス器の設置当初より嬉しそうに、残りの作業を続けていった。

特製戦術オーブメントの調整が終わったら、あとは実証実験あるのみである。それにはどうしても街から出る必要があった。ティアなどの回復アーツはいいとして、攻撃系のアーツを室内で使ってみるわけにはいかない。必然的に、魔獣の出没する街道へ繰り出すことになる。そうなるとジャンは渋くならざるを得なかった。
「少しくらい、いいだろ?これまでだって海道にはちょくちょく出張ってたんだし」
「そうは言ってもねぇ」
「アーツをちょっと使ってみるだけなんだよ。ぜってー遠くには行かないからさ」
「約束するって。俺達だってそこらの雑魚魔獣を相手に無茶したくねーし」
「うーん…」
  ロッコ達の言い分もわかるし、実証実験の必要性も理解できるのだが、如何せん、準遊撃士にもなっていない彼らだけをメーヴェ海道に出すのは躊躇いがあった。
「あの、あの、だったら、わたしもいっしょに付いていったらダメですか?」
  押し問答しているジャン達にティータが声を掛けた。見れば、導力砲を装備して万全の出で立ちである。
「これがあれば攻撃も回復もお手伝いできますし、何より、実験していて不具合があったらその場でデータを取りたいんです」
  ティータはまじーっとジャンを見上げている。ティータの導力砲が戦力として十分すぎるものであることは、ジャンも承知していることだ。でなければ、過日の王国混乱の際にエステル達と行動を共に出来ようはずがない。
「ふう、仕方ない。アガットには僕が叱られておくよ」
  ついにジャンが折れた。
「その代わり、」
「絶対、無茶はしません」
  ニコっと笑ったティータにジャンは苦笑混じりに頷いた。

潮風の薫るメーヴェ海道は、絶好の散策日和というべき快晴だった。ティータとロッコ達は、メーヴェ海道に出て最初の砂浜をアーツの実験場所に選んだ。そこに至るまでにも海道を塞ぐ魔獣はいたが、それはロッコ達が短剣で排除した。万が一の危険を考えて、ティータが彼らにアーツを使わせなかったのだ。年下とはいえ、今のティータは彼らに絶対の存在だった。
「えと、えと、このあたりなら大丈夫かな」
  遠浅の海が続く砂浜でティータは最終調整をした戦術オーブメントを3人に渡した。
「クオーツをセットしたら、即、使っていいスか?」
「あ、はい。でも、連続してアーツを使えませんから、そこだけ注意してください」
「けど、回路数分は連続できるんだよな?」
  ディンの質問にティータは少し考えてから答えた。
「たぶん、できるはずです。そのあたりも試してもらっていいですか?」
「おうよ」
  請け負ってから3人は、砂浜を徘徊しているサメゲーターを狙っていった。サメゲーターは外郭が堅く、通常攻撃だと大きなダメージが与えられない魔獣である。それが、アーツには弱く、短剣で苦戦していたのが嘘のように、容易く倒すことが出来た。
「すげー」
「ああ、これがアーツの威力なんだな」
  感嘆することしきり、ロッコ達は手持ちのクオーツが無くなるまでアーツを使いまくった。

ティータは3人がアーツを使う様子を真剣に観察している。アーツを使い始めて間もない彼らにはわかりにくい不具合を見つけるのが彼女の仕事だった。実際、アーツ発動時のちょっとしたタイミングの違いに気が付くには、それなりの経験が必要で、アーツ初心者のロッコ達だけの判断に任せるには無理がある。また、やみくもにアーツだけで戦うには彼らのEPが少なすぎるので、そのあたりの補給もティータが采配して行った。
「ティータちゃんて、すごく詳しいスね」
「ふえ?」
「だってよ、ソームズのおっさんからアーツの話を聞いた時は全然わかんなかったけど、ティータちゃんの話はすごくわかりやすいってゆーか」
「それに魔獣との戦闘にも詳しいじゃん」
「そうそう、俺達、アーツでも間合いがいるなんて考えたこともなかったもんなー」
「そ、そうですか?」
  出会って二日目にして、ロッコ達はすっかりティータに心酔していた。
「それより、そろそろ腹空かないッスか?」
「ありゃ、もう昼時だな。って、ここからだとルーアンに戻るのもたりーよなあ」
「マノリアの方が近くね?」
  はじめの頃こそルーアン近場の砂浜だけでアーツを使っていたが、出没する魔獣にも限りがあるので、いつの間にかマノリア村付近の砂浜までやってきていたのである。
「たまには白の木蓮亭でランチと洒落込むのもいいんじゃね?」
  ムサイ男だけでのランチはどうでもいいが、今日はティータというかわいい女の子が同伴しているのだ。こんなチャンスは滅多とあるもではない。ロッコ達は即座に話をまとめ頷きあった。
  マノリア村でランチという提案をティータはあっさり受け入れた。
「村長さんのところでジャンさんに連絡を入れたらアガットさんのことも聞けますよね」
  意外な賛成理由にロッコは驚いたが、考えてみれば、午後にルーアンに戻ってくるなら、メーヴェ海道のどこかでアガットとすれ違ってもいいはずだった。それがないということは、まだクローネ峠に足止めされているということになる。
「ま、そのあたりのこともジャンに聞けばわかるっしょ」
「そーそー。まずは、ランチだぜ」
  アガットに対する信頼もあって、彼らはそれほど深刻に考えてはいない。砂浜を上がってマノリア村の看板をくぐると、一行は白の木蓮亭を目指した。

白の木蓮亭の主レックスお勧めのランチは絶品だった。大皿料理は量が多すぎてティータには持て余すだろうと、小粋なハーブサンドにしてくれたのが、また大変美味しかった。あくの強い個性的なツァイス料理に慣れていたティータは、ハーブサンドのさっぱりした口当たりのよさに驚きながら、美味しそうにほおばっている。ティータが美味しそうに食べている姿を見て、ロッコ達も二重に幸せになった。
「あー、喰った、喰った」
「ホント、美味しかったです」
  満腹になったところで、次は状況確認である。一同は村長宅を訪れ、ギルドのルーアン支部に連絡を取ってもらった。ジャンは、ティータ達がマノリア村にいると聞いて驚いたが、怒る気配はなかった。昼になっても帰って来ないので、そのくらいのことは予想していたというべきか。
「じゃあ、アーツの方は順調なんだね?」
「はい。今のところ大きな問題もなくできてます。それで、あの、アガットさんは?」
「それがねー、困ったことに、関所から連絡が入ってこないんだ。早朝、連絡があった時には、一段落したら連絡すると言ってたんだけど。メーヴェ海道で出会わなかったってことは、まだクローネ峠にいる可能性が高そうだね」
  ジャンの対応は冷静そのものだが、ティータはどこか胸騒ぎがした。
「あの、ジャンさん、」
「ダメだよ」
  ティータが尋ねるまでもなく、ジャンはやんわり拒否した。
「で、でも」
「ティータくんは、中央工房からわざわざ来てもらった大切な技術者だ。ロッコ達に至っては、まだ準遊撃士にすら認定されてない民間人なんだよ」
  ジャンの言うことには一理ある。しかし、ティータだって伊達にエステル達と旅をしてきた訳ではない。主張するべき時にはそれだけの理由と強さがあった。
「だったら、オーブメント技術者として言わせてもらいます。アガットさんのオーブメントはそんなに長く持ちません。関所まで戻れば回復装置があるけど、ギルドに連絡がないってことは、峠のどこかで立ち往生してるかもしれないですよね?」
「アガットだって、EPチャージくらい持ってるだろう」
「持ってません」
  きっぱり断言したティータに、通信機の向こうでジャンが絶句するのがわかった。
「わたし、アガットさんのオーブメントのメンテナンスに行ってきます」
  お伺いの段階を飛ばして、いきなり結論の報告である。
「大丈夫です。導力砲の射程は長いし、プチデッカーの自爆範囲外から攻撃できますから」
  朝、ジャンから聞いたクローネ峠の魔獣情報もしっかりインプットされている。何より、ティータはマノリア村にいてルーアンにいるジャンが反対しても無駄だという現実があった。
(ラッセル博士の頑固分子は、絶対、隔世遺伝してるな)
  ジャンが沈黙を守っている間に、ティータは素早く身支度を整えると、ロッコ達を置いたまま村長宅を出て行った。

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