花信の風 (4)

マノリア村を出たティータは一心不乱にメーヴェ海道をクローネ峠に向かって早足で進んだ。駆けって行きたい気持ちはあるが、クローネ峠までは距離がそれなりにあるし、途中で何が起こるかわからない。小なりとはいえ、メーヴェ海道には魔獣だって出没している。クローネ山道が近づくにつれ、ティータの歩みは慎重になった。
  やがて海岸線が終わり、険しい山道が目前に開けた。
「ここのどこかにアガットさんがいる」
  ティータは魔獣に備えて、今一度導力砲を確認した。

ティータがひとりでクローネ山道へ向かったと聞いても、ジャンはロッコ達にすぐにその後を追うことを許さなかった。強力な導力砲を持ち遠距離攻撃の手段を持つティータと違って、ロッコ達は接近戦でしか対処できないからだ。もしもその状態でプチデッカーの群れにでも出くわしたら、それこそ取り返しのつかないことになる。
「でもよ、ティータちゃんひとりを行かすなんて、絶対無謀だぜ」
「うーん、これは本人が言わなかったのなら僕から言うべきじゃないのかも知れないけど、ティータくんの実戦レベルは君たちより遙かに上なんだよね。エステル達が同行していたとはいえ、あの状況下で王国一周をやってのけたくらいだし」
「へ?」
「正直言って、彼女がアガットの応援に行く分には全然問題ないんだよ」
「何だって?」
「だからといって、このまま放置ってわけにもいかないんだけどね」
「あー、もう、じれってーな!結局、俺達は行った方がいいのかよ!?」
  怒鳴り返したロッコにジャンはまだ決めかねているようだった。
「具体的なことを聞くけど、実際のところ、アーツはどの程度使える?」
  ズバリ核心を突いた質問にロッコは、ひとしきり息を呑んだ。
「あんまりえらそうなことは言えないけどよ、練習で持ってきたクオーツをだいぶ使っちまったから、今の手持ちでいくと、ティアとアクアブリードくらいしか使えねえよ。それもスロット数ギリギリだ」
  通信機を挟んで不気味な沈黙が流れる。もしもロッコ達が準遊撃士だったら、ここまでジャンも悩むことはないだろう。しかし、これが現実なのだ。
「プチデッカーが自爆することはさっきの話でわかったよね?じゃあ、プチデッカーが通常どう動くか知ってるかい?」
「プチデッカーってあのちっこいヤツだよな。あれ?確かあいつら、ボイルデッカーRに合体するんじゃなかったっけ?」
「正解。じゃ、ボイルデッカーRの弱点は?」
「水!」
  一同の声がハモった。
「無駄にアーツを使わなければ、クローネ峠にたどり着けそうかな?」
「おうよ!」
  俄然張り切りだしたロッコ達に、ジャンは最後の釘を刺した。
「ティータくんやアガットの指示があったら、絶対、それに従うこと。それと下手な手出しは無用だよ」
「わかってるって」
  ジャンは苦渋の末に結論を下し、ようやくロッコ達はクローネ峠に向かう許可を得た。彼らは直ちに空いているスロットに手持ちのクオーツをセットし、マノリア村を後にした。

その頃、クローネ山道でアガットはボースから応援に来たグラッツと共にプチデッカーの群れに苦戦していた。ふたりとも腕利きの遊撃士だが、主たる攻撃手段は大剣で、アーツは補助に使う程度である。大型魔獣を相手に共闘するには不足のないパートナーだが、広範囲に渡って散在する自爆型の魔獣には不得手なコンビだった。一時的に直線攻撃を使った戦法で多数を排除することは可能だが、それにも限界がある。
「くそ、どこから湧いてきやがる!?」
  排除しても排除しても、次々と出現するプチデッカーの群れにふたりは次第に焦りを覚えていた。
「どこかに母体がいるはずなんだが、これじゃ、探しようがねえ」
「今まで打った方向にはいないってことだよな」
  もしも剣技が母体に当たっていれば、プチデッカーの出現パターンに何らかの変化が見られたはずである。
「そう遠からず、いるはずなんだが」
  こういうときに欲しいのは、大型アーツの使えるパートナーである。互いに相手が悪かったとしか言いようがなかった。
「あと、何回打てる?」
「これで最後だ!」
  せいやっと気合いを入れて、グラッツが全面のプチデッカーを一斉に排除した。最悪、そこから血路を開いて戦線離脱するしかないわけだが、行動範囲の広いプチデッカーは油断しているとすぐさま道を塞いでしまう。アガットもグラッツも意に沿わない行動を選択しかねていた。そして、戦場で迷うことは、ますます窮地に陥ってしまう一因だ。それでなくとも動きの鈍っていたふたりは、新規に出現したプチデッカーに切り開いたはずの道を塞がれてしまったのである。
「ちっ。マズイな」
  こうなると自滅を覚悟の脱出しか道は残されていない。

その時だった。ふいにアガットとグラッツを癒しの波が包んだ。
「アガットさん!」
  同時に道なき崖っぷちの上にディンとレイスの姿が現れた。ルーアンに詳しい彼らは地の利を活かして、山道ではなく崖の縁を伝ってクローネ峠をめざし、アガット達を発見したのだった。
「お前ら…」
  いきなり現れた援軍の存在よりも、彼らが使えるはずのない回復アーツに助けられたことの方に驚いていた。体力が底を尽きかけていたふたりは、まさに九死に一生を得たところだが、ティアでは回復量が知れている。焼け石に水に近かったかも知れない。
「それ以上、近づくな!」
「わかってます!」
  ここまで来るのに何度か戦闘があり、ディンとレイスにもそれが最後のアーツだった。
「もうちょっと頑張ってください!今、ティータちゃんが向かってますから!」
「なにぃ!?」
  アガットの叫びが上がるか上がらないうちに、上空でパーンと何かが弾ける音がした。反射的に顔を上げると柔らかな光の波が降り注いでくる。アガットには何度も馴染みのあるバイタルカノンの癒しだった。
「アガットさん!」
  続いて、悲鳴にも近い少女の声が山道を駆け上がってきた。
  その時、それまでアガットとグラッツの周りを囲んでいたプチデッカーの動きに変化が見られた。一部のプチデッカーが明らかに移動方向を変えている。
「まさか…!?」
  アガットとグラッツに懸念が生じたとき、声のした方角にうごめくプチデッカーの中央部に銀色の幻影が被さった。
「シルバーゾーンか」
  妖しく輝いた銀影は、プチデッカーの行動に劇的な変化をもたらした。それまで統制の取れていた攻撃スタイルが単独行動に代わり、更には同士討ちさえ始めたのだ。これだけ敵に隙が生じれば、いかにアガットとグラッツが疲弊していてもその場からの離脱が可能だった。今度はふたりも迷うことなく、その場を離れることを選んだ。混乱しているプチデッカーの間をすり抜けるようにしてアガットとグラッツはティータに合流した。その背後を守るようにロッコが付いている。
「がんばって!」
  ダッシュしているアガットとグラッツを目指して、ティータはもう一発バイタルカノンを放った。おかげでふたりがティータと合流したとき、そこそこに会話できる程度まで回復していた。
「えと、あの」
  駆けつけてきたアガットにティータは口ごもり、開口一番の言葉は「ごめんなさいっ」だった。助けた方がごめんなさいではあまりにも割が合わない話だが、なにしろ相手はアガットだ。それが一番効果的な口封じだったとも言える。案の定、アガットは何も言えず、グラッツは肩で大きく息を慣らしたあとで、ポンポンと相棒の肩を叩いた。

合流できたのはいいが、魔獣を掃討できたわけではない。このまま脱出しても何の解決にもならなかった。
「やれるか?」
  アガットの問いにティータはニコっと頷いた。一呼吸おくと、全域に対してアーツを放つ。
「ええい!」
  空間が歪み、暗黒の刃がプチデッカーに襲いかかった。即死の刃を受けたプチデッカーが次々と自爆していく。それだけでかなりの数が掃討された。
「デス・スクリームとは恐れ入ったね」
  グラッツは感嘆し、ロッコに至っては口をパクつかせている。おそらく崖の上にいるディンとレイスにしても同じありさまだろう。
  デス・スクリームの残映がおさまった時、それまでとは桁違いに巨大なボイルデッカーが出現していた。ぷよぷよと上体をくねらせながら、プチデッカーを盛んに放出している。
「ようやく母体のお出ましか」
「ああ。多少ダメージは喰らったようだが、まだピンピンしてやがる」
「えと、あの魔獣も水が弱点ですけど自爆するみたいです」
「しぶとさから考えて何回かは叩く必要がありそうだな。グラッツ、いけるか?」
「問題ない。しこたま補給させてもらったからな」
  ティータが差し出した携帯食料の最後のひとかけらを頬張りながらグラッツは剣を構え直した。
「雑魚は任せる」
「はいっ!」
  元気いっぱいに返事をしたティータにアガットは無言のまま、グラッツは片手を軽く振って巨大な魔獣の方へ駆けだした。ふたりの連携した技が炸裂し、母体に次々とダメージを与えていく。その間を縫うようにしてティータのデス・スクリームがプチデッカーを排除していった。やがてプチデッカーが掃討され、母体が弱って新たなプチデッカーを放出するのを止めたのを確認してアガットとグラッツは後退した。
「ええい!」
  ふたりが十分、魔獣から離れるタイミングを見計らって、ティータが最後のアーツを放った。圧縮した水の塊が大きな弧を描いて母体に突き刺さる。地面を揺るがせる断末魔とともに大爆発が起こった。あたりに静けさが戻ったとき、魔獣は全て退治されていた。
「大丈夫か?」
「ふぇ?あ、はい」
  爆風が収まった時、ティータの身体はアガットにしっかりガードされていた。断末魔の衝撃は受けたが、魔獣が自爆したときの衝撃を感じなかったのはアガットがクッションになってくれていたかららしい。
「ひゅー。さすがだねぇ。あの距離をひとっ飛びとは」
  幾分離れたところからグラッツがにやにやとアガットに声を掛けた。本来ならアガットもそのあたりにいるはずだったのだ。
「民間人を保護するのは当たり前だろーがっ!!」
  怒鳴り返したアガットにティータは頬を赤らめていた。そこへ崖を滑るようにしてディンとレイスが降りてきた。ロッコと合流して、ティータの背後におとなしく控えている。
「あー、はいはい。そういうことにしといてやるよ。んじゃ、俺は関所に報告して帰るから、そこの民間人の保護はヨロシク」
  グラッツはアガットの言い訳を軽く受け流すと、後手にひらひらと手を振ってクローネ峠を目指して去っていった。

4名の民間人を伴ってルーアンのギルドに帰ってきたアガットをジャンが労うように出迎えてくれた。ジャンはすでにクローネ峠の関所経由でグラッツから魔獣退治の報告を受けているはずだが、敢えてアガットからも報告を求めた。同時にティータには中央工房から連絡があったことを伝え、ロッコ達には休養を取るよう指示を出す。ジャンなりに配慮して冷却期間を確保してくれたわけだ。一同が再び顔を合わせたのは翌朝のことだった。
「昨日は本当にお疲れ様。ロッコ達も中身の濃い研修だったみたいでよかったね」
「はい、おかげさまで必要なデータも取れておじいちゃんが大喜びしてます。これで必要なデータが全て揃ったので、数日中にロッコさん達の戦術オーブメントが用意できると思います」
「え、あれでまだ未完成なんスか?」
「えと、そうじゃなくて、遊撃士標準のエプスタイン財団製の方です」
  ティータが持ち込んだ実験用の戦術オーブメントは、エプスタイン財団製の戦術オーブメントの代用品ではなく、それを使えるようにするための能力開発に主軸をおいたラッセル博士の試作品であった。ルーアンに戻ってからティータは実証実験の結果をレポートにまとめて祖父に送り、朝一番に回答をもらっていた。テスト後のロッコ達の能力値はラッセル博士の狙い通り遊撃士標準の戦術オーブメントが使えるまでに上昇しているというのである。
「ま、そういうわけで、それが届き次第、準遊撃士としてじゃんじゃん働いてもらうからね」
  ティータに続いたジャンの爆弾発言にロッコ達はもとより、アガットも驚いた。
「昨日の一件で、3人とも正遊撃士の指示下で対応できることが証明されたからね。魔獣退治だけでなく、ルーアンで一番多い観光案内などの細かな案件にも対処できることが確認されてるし、アーツも使えるとなれば、何ら問題ないわけだ。それに」
  ジャンはそこで大きなため息をひとつ吐いて見せた。
「メルツが正遊撃士目指して修行のためにツァイス支部へ異動することになってねぇ」
  心なしか、アガットの頬が引きつっている。メルツが抜ければルーアン支部の遊撃士はカルナひとりになってしまうわけで、手薄な支部を手伝ってきたアガットがルーアン支部に引き留められるのは目に見えていた。
「中央工房の実験を兼ねていることもあって、エプスタイン財団から戦術オーブメントが届いてロッコ達が問題なく使えるか確認するまでティータくんも居てくれることになったし。そういうわけで、よろしくお願いしたからね」
  お願いという形を取りながら、アガットに拒否権はない。ティータを巻き込んで話を進めているあたり、アガットが断れないよう万全の体制を取っているわけだ。結局、エプスタイン財団から戦術オーブメントが届くまで、ロッコ達は更にアーツが安定して発動するよう能力を安定させるべく、ティータが持ってきた戦術オーブメントで訓練を続けることで話がまとまった。

「それはいいンすけど、昨日手持ちのクオーツを全部使い切ってしまったからなあ」
「フン、それじゃ、今日一日セピス集めを兼ねてアイナ街道で魔獣退治でもしてくるか」
「え?いいんですか!?」
「仕方ねぇだろ。お前らの鍛錬にはその方が早そうだからな」
  仏頂面を崩さないアガットにティータがくすくす笑っている。
「それより、ジャン、例のモノはどうなった?」
「あー、はいはい。ちゃんと用意してあるよ」
  ジャンはアガットにルーアン市長への紹介状を差し出した。
「先方に打診したら、いつでもどうぞと二つ返事だった」
「そうとわかれば、途中、市長邸に寄るからな」
  怪訝そうな表情を浮かべているロッコ達にジャンが笑いながら説明してくれた。
「ちょうどいい機会だから、ティータくんにラングランド大橋の開閉を制御しているオーブメントの点検をしてもらったらどうかとアガットから提案があったんだ」
「本当ですか!?あれだけの橋をどうやって動かしているのかスゴク知りたかったんです」
  瞬時にしてティータの顔が喜びにはち切れんばかりに輝いた。
「誤解するんじゃねぇ。選挙からこっち、ずっとゴタゴタ続きで調整してないって話を耳にしたからだ」
  それが事実だとしても、昨日の今日でよくそこまで手を回したものだとロッコは感心していた。
「いっとくが、一緒に行くのは市長邸までだからな」
「はいっ!あの、アガットさん、ほんとーにありがとーございます」
  アガットを見上げて応えているティータは本当に嬉しそうだった。見せている表情のひとつひとつが昨日とは比べものにならないくらい活き活きしている。
(まさか!?)
  ディンが衝撃に駆られてジャンを見やると、彼は肯定的に肩をすくめて見せた。
(冗談だろ!?)
  しかも、それを裏付けるように、あのアガットがティータをエスコートしてギルドを出ようとしているではないか。まさに青天の霹靂の一瞬だった。
「おら、とっとと出かけるぞ!」
  アガットの怒鳴り声にロッコ達は我に返り、急いで二人の後を追った。
  ふと、ラングランド大橋を渡りながら、ティータは思い出したようにレイスに言った。
「セピスが集まったら、クオーツに精製しますから遠慮なく持ってきてくださいね」
「そこまで甘やかすことはねぇ」
  アガットの反応は言外に「グラナード工房でやってもらえ」の響きを含んでいた。
  それでも。
  ロッコ達は目と目で頷き合って意見の一致を確認した。ティータが居てくれる間は、ティータにお願いしよう。それが唯一彼らに出来るアガットへの反撃だった。

おわり
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