■白詰草〜マギサからゲルドへ〜
ゲルドの旅は休むことなく続けられていた。
古の魔女達が巡礼の地としていた場所の多くは険しい自然に守られた中にある。
それらを基点に巡るゲルドの旅もまた自ずと厳しい道のりを行くことになっていた。
けれども自然は厳しいばかりでなく、時には安らぎの空間も作り出す。
険しい岩ばかりの山道を下りたゲルドを迎えたのは、緑の生い茂る涼やかな平原であった。
それまでごつごつした岩から一転し、柔らかな草の感触が疲れた足に心地よい。
よく見ると、緑の間に混じって白くまるっこい花が時折顔を覗かせている。
疲れた身体を休めために、ゲルドは緑と白の絨毯が織りなす大地に腰を降ろした。
ほんの少しだけ休むつもりが、一旦座るとそれまでの疲れが一気に出たとでも言うのだろうか、すがすがしい緑の香りに包まれてゲルドはいつの間にか微睡んでいた。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん。」
気が付くと耳元でゲルドを起こす声がしていた。
小さな手がゲルドの肩に当てられ、しきりに揺さぶっている。
ゲルドは微睡みの中から目を覚ました。
つぶらな瞳がゲルドを心配そうに覗き込んでいる。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
それは久しぶりに聞いたあたたかい言葉だった。
ゲルドの瞳がわずかだが潤む。
それを見た少女は、つとに表情を曇らせた。
「どこか、痛いの?」
声をかけたのにすぐには起きあがらず、顔を少しあげただけのゲルドに少女が不安を抱いたようである。
「大丈夫よ。ありがとう。」
囁くような微かな声でゲルドは少女に微笑んだ。
「本当に大丈夫?」
不安を拭い去れないのか、少女は何度も確認するように尋ねた。
「優しいのね。えーっと・・・。」
「・・・マギサ。」
「そう、マギサちゃん。ちょっと歩き疲れただけなの。ゆっくり休んだから、もう大丈夫よ。」
ゲルドは今度こそ少女を安心させるためにと力を込めて身体をゆっくりと起きあがらせた。
「あ、幸せの葉っぱ!」
マギサはゲルドが身体を起こすとそれまでゲルドの影になっていたところにしゃがみこんだ。
「すごい。こんなにたくさん・・・。」
感嘆の声をあげ、はしゃいで振り返ったマギサの手には数本の四つ葉が握られていた。
「お姉ちゃん、見て、見て。こんなにいっぱい。」
指さした足下には、まだいくつかの四つ葉が揺れている。
まわりに生えている葉のほとんどが三つ葉であることにそれまでゲルドは気が付かなかった。
「これ、みんなと分けてもいい?」
幸せは独り占めするのでなく、みんなで分かち合うものだと無意識のままにマギサは行動しているらしい。
ゲルドが見守る中、マギサはその影に生えていた四つ葉のクローバーを丁寧に摘み取っていった。
あたりの四つ葉を摘み取ると、マギサの姿がいつの間にか消えていた。
「そろそろ行かなくては・・・。」
だいぶ疲れも取れたことだし、とゲルドはゆっくり立ち上がった。
「お姉ちゃん!ああ、よかった。」
旅立とうとしたゲルドを再びかわいい声が追いかけてきた。
後ろ手に何かを持っているらしく、走って来る姿がどこか危なかしげである。
転ばないかとゲルドがヒヤヒヤしている中をマギサは息を弾ませて駆け寄ってきた。
「はい、お姉ちゃん。」
マギサが背後から差し出したのは、白詰草で作られた花冠だった。
「これを私に?」
「お姉ちゃんの髪、この花と同じ色だから。幸せの葉っぱのお礼に作ってきたの。」
背伸びをしたマギサにゲルドが少しだけかがむと、白い花冠がふわりと銀色の髪に重なった。
風が吹くと優しい香りが髪の間からそよぎ出す。
「・・・ありがとう。」
微笑んだゲルドにマギサは元気よく手を振って草原の中に戻っていった。
その昔、戦場で傷ついた騎士が少女の声に目覚めたとき、傷は癒え、起きあがった身体の下に四つ葉のクローバーが生えていたという。
少女に感謝した騎士は、生涯をその地の人々の幸せのために捧げたと伝えられていが、ゲルドは一カ所に留まることは出来ない。
「大地が実りを忘れし時・・・。」
ゲルドは人々の行く末を案じずにはいられなかった。
「災いの山は海から現れ・・・。」
幸せの四つ葉が失われる日の来ないことを祈ってゲルドは旅を続けるのだった。