■スノードロップ(2)〜ゲルドからみんなへ〜
その丘に立てられた墓標はひっそりと長い間、静かな時の中にあった。
時折、かつて宮廷騎士として名を馳せたデュルゼルの孫ジョアンナが花の世話に訪れ、それに応えるかのように春になると白い可憐な花を咲かせる。
花はその季節が終わるとまたひっそりと眠りにつく。
時の流れるままに、静かにそれを繰り返していた。
いつもはにこやかなジョアンナが、嗚咽を堪えて墓標の前に立ったのはいつのことだったろうか。
その日を境に、ジョアンナから笑いが消えた。
微笑みは浮かべていても目は笑っていなかった。
そのジョアンナが久しぶりに、息を弾ませて丘を登ってくる。
それもひとりではない。運命の足音が大地に響き渡り、墓標の前に止まった。
「ここが、ゲルドさんのお墓・・・。」
一番最後にたどり着いたのは、まだ幼さの残る少年と少女だった。
ともに古式に則った巡礼の衣装に身を包み、銀の短剣と魔法の杖を携えている。
ラグピック村の成人の儀式としてオルドスへ旅立ったジュリオとクリスの古式に乗っ取った巡礼の旅は、今や世界を救うただひとつの希望なのだ。
ギリギリの状況に置かれてはいるが、まだ世界は存在している。
20年前、ゲルドはこの日のために孤独な巡礼の旅を続けていた。
白き魔女と人々から畏れられ、ののしられながらも、自分の言葉に耳を傾けてくれた僅かな人々に希望を残し、その短い生涯を終えたのだ。
ゲルドの墓標の前で、ジュリオとクリスはデュルゼルからゲルドの最期を聞いた。
巡礼の旅が終わりに近づくに従ってゲルドの噂を聞かなくなっていたこともあり、なんとなくそうではないかと思っていたが、いざこうして真実を目の前にするとやはり悲しみが先に立って来る。
だが、故国フォルティアを取り巻く状況は極めて深刻であり、感傷に浸る時間はなかった。
「ジュリオは銀の短剣を。クリスはその杖を墓の前に置くんだ。」
デュルゼルは自分の為すべきことを知っていた。
ゲルドの予言は動きだし、世界は破滅へと向かっている。
だが、まだ全てが成就したわけではない。どこかに必ず救いの道はあるはずだ。
現に廃れたとばかり思っていた古式に乗っ取った巡礼の旅を終えたジュリオとクリスがここにいる。
それこそが救いの可能性の第一歩なのではないか。
デュルゼルは古い知人の言葉を思い出しながら、二人を導いていく決心を固めていた。
かすかな緊張に体を強張らせながら、デュルゼルの言葉に従って、ジュリオとクリスは長い旅を共にしてきた銀の短剣と魔法の杖を墓前に置いた。
すると、突然、ゲルドの墓標を中心に、辺り一面が柔らかな銀色の輝きに覆われはじめた。
「何がいったい・・・。」
その銀色の輝きは澄んだ透明さをもって、そこにいた人々を包み込み、やがて静かに痕跡を消した。
まさに一瞬の出来事であり、光が消えた時、あたりの景色は一変していた。
「おおっ!」
誰もがその景色に息を呑んだ。
「花が・・・咲いてる。それもこんなにたくさん・・・。」
クリスが感嘆の声を漏らした
ゲルドの墓標を取り巻く一面が真っ白な花に覆われているのである。
「春でもないのに、なぜ・・・。」
とりわけジョアンナの驚きは大きかった。
春を告げる花であるスノードロップが冬の初めといっていいこの時季に咲くなんて普通では考えられないことなのだ。
「ゲルドさんの・・・希望?」
スノードロップの花言葉がゲルドの遺志に重なった。
「さあ、それはどうかはわからないが、偶然に咲いたと考えるより、その方が我々にも希望が持てるんじゃないかね。」
ハックの言葉にジュリオとクリスはどちらからともなく頷き合った。
「きっとそうだよ。ボク達、これまでもゲルドさんにいっぱい助けられてきたもの。」
「ジュリオの言うとおりだわ。ゲルドさんからヒントをもらって、みんなで頑張ってここまで旅してきたんだもの。最後の最後で諦めちゃいけないって、ゲルドさんがきっと励ましてくれたんだわ。」
クリスは墓標に一歩近づき、輝きを増したゲルドの杖に手を伸ばした。
旅立ちの時にラップから貰った魔法の杖が、よもやゲルドの杖とは思わなかったが、そうと知った今では、驚きよりも感謝の念が先に立つ。
同時にラップに対して少しばかり文句を言ってやりたいような、そんな気にもなった。
「物干し竿代わりだから持ってけ、だなんて、ゲルドさんに失礼よね。」
ひょうひょうとしたラップの口調を思い出し、少しばかり郷愁にとらわれもした。
だが、ラップは全てを知っていて、自分にゲルドの杖を託したのだ。
託された想いの全てを受け止められるかどうか、正直言って自信はないが、自分達がやらねば自らの未来を放棄したも同じなのである。
「さあ、行くわよ。」
大きく深呼吸してから、杖に手を触れた。
「え?」
クリスは杖を手にした時、それまでとは異なる優しい感触を感じた。
まるでもうひとつ、暖かな手が添えられているかのような・・・。
(気のせい・・・よね。)
クリスはかぶりを振るとそのままゲルドの杖をしっかり握りしめた。
杖を握るのは、自分の手あるのみ。
「どしたの、クリス?」
ゲルドの杖を握りしめたまま立ち止まっているクリスに、ジュリオが声をかけた。
「ううん、何でもない。」
彼の腰には、同じく眠りから覚めた名剣エスペランサーがぶら下がっている。
旅立ち当初のジュリオがこの剣を着けたのであれば、そのアンバランスな様にクリスはきっと吹き出したに違いない。
だが、ゲルドの杖がクリスに様になっているかと言えば、必ずしも賛成する者ばかりではないだろう。
要は、お互い様ということだ。
今は駄目でも、全てが終わったとき、様になっていればそれでいいのではないかとも思う。
「これよりルード城に向かう。いいな、ジュリオ、クリス。」
「はい!」
先に立って丘を降り始めたデュルゼルの後をまずステラが、そしてジュリオとクリスが続く。
「ゲルドさんの希望を無にしないよう、がんばろうね。」
「うん。」
折からの風にクリスの赤い毛先が揺れる。
希望の花の控えめな香りを優しい風は伝えてくる。
(でも、この世界を救えるかどうかは、結局はあなた達の行動次第だから・・・。)
ゲルドがその昔、旅の間に受けた優しさをそっくりそのまま反映して忘れじの丘に咲いた季節はずれのスノードロップは、小さな英雄達に希望の風を送り続けた。
おわり