祈りは時空を越えて
(1)
「ありがとうございました!」
アルトスの威勢のいい声が最後の客を送り出すと、ボザールのパン屋リップリリングは閉店である。
店のシャッターが完全に降りたのを確認すると、マクベインは一座に演奏の終わりを告げた。
同時に店の中に残っていた人々から一斉に心地よい疲れを含んだ声が漏れる。
「お疲れさま。」
「お疲れ〜。」
「期間中、本当にありがとうございました!」
アルトスは改めてマクベインに礼を述べると、疲れもそこそこに店の奥へと入っていく。
「母さん、こっちは僕がやるから、マクベインさん達を案内してもらえる?」
その声が終わらないうちにアルトスの母が現れ、マクベイン達をねぎらいながら招待客の控えにと用意していた部屋へと案内した。
「聖夜は終わってしまいましたけど、ささやかな慰労会を兼ねて夕食を用意していますの。」
にこやかな誘いの言葉にフォルトは座長であるマクベインの返事を待った。
「折角の好意だから、と言いたいとこじゃが、久々の家族水入らずの席に悪いじゃろ。」
「とんでもありません。」
珍しく謙遜したマクベインに彼女は大きく首を振った。
「マクベインさん達のおかげで今日の日を迎えることができたんです。アリアのことだけでなくて他にも本当にお世話になりましたし。是非、ご一緒に。」
「そうそう、遠慮は、なしですよ。それに、楽しいお客様は他にもいらっしゃるんです。」
料理を運ぶ手を休めてアルトスがひょいと顔を覗かせた。
「誰だかわかる、フォルト?」
「え?えーっと・・・。」
フォルトは演奏中のことを思い出してみた。
大半はリップルリングのお得意様だが、まさぐった記憶の中には見知った顔がいくつかあったような気がする。
「あのね、アイーダとトーマスでしょ。その後ろにちょこっとだけどミッシェルさんも見たような気がしたんだけど。」
ウーナが思い出しながら答えるとアルトスが「当たり」とばかりに頷いた。
「忙しそうなので遠慮してそのまま帰ろうとしてらしたんですが、パルマンさんに引き留めていただいたんです。」
アルトスの機転にフォルトは感嘆の声を漏らした。
「さっすが、アルトス。」
「それでジャンとリックが閉店と同時に奥へかけって行ったのね。」
得心がいったという顔のウーナにアルトスは2匹の居場所を伝えた。
「彼らならさっきからトーマスと一緒に居間にいるよ。」
「もう、ちゃっかりしてるんだから。」
「そういうことなら、喜んでお世話になりましょうかな。」
マクベインの言葉にフォルトとウーナは「やったー!」と諸手を上げ、そのままアルトスに付いて部屋を出ていった。
「若い者は元気じゃな・・・。」
「お疲れでしょう。料理の準備ができるまでもう少しかかりますので、こちらで少しゆっくりなさってくださいね。」
マクベインは心尽くしに出された暖かいお茶でゆっくり喉を潤しながらどっかりと椅子に身を預けた。
アルトスは「ささやかな」と言ったが、案内された部屋にはどうしてなかなか見事な料理が一同の前に並んでいる。
「家族の再会に、クリスマスセールの成功、マクベイン一座への慰労会、それから。」
アルトスが進み出た先にはパルマンがいた。
「姉さんとの婚約祝い。」
遠慮がちに部屋の隅に立っていたパルマンを引っ張ってくると、姉アリアの横へと押しやったのだ。
「突然呼びつけたりしてすみませんでした。でも、お店の手伝いとでも言わなきゃ、パルマンさん、来てくれなかったでしょう。」
本人は新生したヌメロスにおいて市井の一人として生きていくつもりであっても、その人柄と統率力を知る人々は彼を放って置いてはくれない。
公な口実よりプライベートな依頼の方が承諾しやすいだろうとのアルトスの読みは当たり、パルマンは何とか時間を作ってはるばるボザールまでやってきたのだった。
アリアとパルマンの仲を今更どうこういう者はいないが、忙しさにかまけて正式な約束ごとは後回しになっていたのが現実である。
「パルマンさん、姉さんをよろしくお願いします。」
真っ赤になっている姉の抗議めいた視線を無視してアルトスは、さっさと乾杯の用意を始めた。
冷えたグラスが次々とみんなの手に配られていく。
「とっておきのシャンパンです。さあ、どうぞ。」
アルトスの両親がいそいそとグラスにシャンパンを満たしていくと、爽やかな香りが気泡とともに部屋に広がった。
「それでは、聖なる日にこのような良き日を迎えることが出来たことに感謝して、乾杯!」
「乾杯!」
和やかな雰囲気が一変し、賑やかな会話へと時間は移っていった。