スター・A・スター

みんなで休めば怖くない


 あたし、プロミネス・ブルー・ユリアン。18歳にカウントダウンの始まった17歳にして、銀河連邦−略してG連−の最新鋭艦ネオ・プラネット号の艦長に就任したブルー・ソルジャー(宇宙戦士)である。只今の任務は前人未踏の外宇宙探査。このプロジェクトが発足した時、外宇宙を自在に航行するためのスペースホール航法の確立だけでも数年はかかると言われていたのに、G連の科学の粋を結集して建造された宇宙戦艦プラス最高に優秀なスタッフのおかげで、航法の確立はもちろんのこと、安定した航路の選定までトントン拍子に事が進んでしまい、あたしは今頭を抱えている。驚異的な速さで成果を挙げた任務に、なぜ苦悩しなければならないのかというと、実用レベルで対応できるパイロットとオペレーターが圧倒的に不足しているからだ。
 具体的に言うと、スペースホール航法を駆使できるパイロットは、あたしと船医兼副長のエディ・ユーナス・ユリアンの二人だけであり、それに対応できるオペレーターは宇宙ダヌキのしんたと技術部顧問のグリューネ・ルディーナ・K・ユリアン−通称ルナ−の二人しかいないのだ。普通に考えれば、まともな運用などできようはずもないが、その決定権はあたし達の父親にしてソルジャー司令長官であるエルナン・ユリアンが握っており、報告したら最後、何だかんだと屁理屈つけて二交代制であたし達をこき使うに決まっている。
 そういうわけで、さすがに今回ばかりは、はなはだ不本意ながらもあたしはエディ・ユーナスに対策の協力を仰いだ。あの親父を出し抜くことにかけて、彼の右に出る者はいない。この際、忍びがたきを忍ぶのだ。
「まず、虚偽の報告はできない。事実は事実として正確に報告しなければ、余計にややこしいことになるからな。」
 この点については、あたしも同意見である。他の上司ならともかく、あたし達の性格を見切っているあの父親に、下手な小細工は絶対に通用しない。虚偽の報告書なんぞ提出しようものなら、反対にこちらが窮地に追い込まれてしまうだろう。
 ダメもとで、G連内に潜在的能力の保持者がどのくらいいるかピックアップしてみたけど、まともなローテーションには到底おぼつきようのないお粗末な数値だった。せめてもう少しスペースホール航法の手順が簡素化できれば難易度はぐんと下がるんだけど、ブラックホールとホワイトホールが相手じゃ、うかつなことはできないもんなあ。
(あながちそうとばかりは言えませんよ。)
 それまで椅子の上でくつろいでいたしんたが、むっくりと起きあがって協議に参加した。
「どういう意味?」
(G連に利用価値のある航路に絞って運用すればコントロールに必要な二種類のホール核を限定できますから、ある程度操縦を自動化することも可能になります。)
「それって、手順そのものを簡素化できるってこと?」
(そうでなければ、核の育成に適した星域の選定をわざわざ依頼しに来ないでしょう。)
 しんたは依頼主が誰であるか言わなかったけど、そんなことをするのはルナをおいてほかにいない。でも、なんでルナがそんなことをしんたに頼んだんだろ。その手の探し物って、あの子の得意分野じゃなかったっけ?
 怪訝な表情のあたしとは対照的に、にこやかな笑みを浮かべたのはエディ・ユーナスだった。
「それは、滞在許可やその他の条件についても了解が取れたと思っていいのかな。」
(滞在期間は無制限、こちらの条件についても全て了解済みです。)
「何の話?」
 しんたとエディ・ユーナスとの間で交わされた意味不明な会話に、あたしはますます眉をひそめた。
「ルナを含めて7人の乗組員に休暇を取らせる必要が生じたんだ。」
 思いも寄らぬ答えにあたしは一瞬耳を疑った。
「冗談でしょ。こんな不安定きまわりない場所で休暇なんて取らされるわけないじゃない。第一、上陸できる惑星すらないのよ。」
 G連を出発して以来、ネオ・プラネット号の乗組員は誰も休暇を取っていない。これは取らないのではなく、取れないからなのだ。任務に就いている宇宙船の中では、休憩はできても、休暇は取れないのである。なにしろ、あたし達がいるのは、まともな地図すらない外宇宙。これまでのところ、G連の規約に則って休暇の取れる条件の整った惑星の存在は確認されていなかった。
「それが、一カ所だけあるんだな。」
 にやり、とエディ・ユーナスが笑った。
「どこよ。」
「お前だって知ってる場所だぞ。しかも、親父には絶対手の出せないとこだ。」
 そんな便利な星があったら、一番にそこへ向かってるわよ。あたしはいつものように噛みつきかけて言葉を呑み込んだ。ちゃかしているように見えるけど、エディ・ユーナスの目はマジだ。そんな都合の良い場所があるわけないと思いながら、あたしはいつの間にか心当たりの場所を考え始めていた。
 しんたとの会話から察するに、そこは人が住んでるとこで、それなりの文明が発達している星系ということになる。しかも近くにはルナの研究に適した星域があって、それでいてあの親父が手の出せない場所?つまり、G連へ正式に加盟していなくて、高度な文明を誇っている星系ってことだよね。そんな夢みたいなところが…。
「…あった。」
 これぞ灯台もと暗し。他ならぬ、あたし達の母の故郷がそうなのだ。外宇宙に位置するため自由な行き来ができず、故に高度な文明の発達した星でありながらG連に未加入の独立星系。だから、母は父との結婚に一族を挙げて猛反対され、詰まるところ父と駆け落ちしてシャドウ星の人となった。その後いろいろな状況を経て、母の血を引くあたし達兄妹は出入り自由になったんだけど、父は誘拐犯扱いのまま立ち入り禁止。ようするに交渉のテーブルに着く以前の問題で、今のところ父が唯一手の出せない場所なのだ。
 呟くようなあたしの声に、エディ・ユーナスはぽんぽんと肩を叩いた。
「つまり、そういうことだ。」
「だから、しんたに頼んだの?」
「私やお前だと、G連を代表しての交渉になってしまうだろ?それじゃあ、意味がない。」
「ねえ、もしかして自分も休暇を取ろうとか考えてない?」
「当然だろう。こんなチャンス、めったとないからな。だが、断っておくが、最初に話した7人についてはドクターストップで勤務から外す必要があって休暇を取らせるんだ。これは医者としての管理責任も兼ねてるから、私の場合、半分は仕事絡みだぞ。」
 もっともらしく言ってくれた割には、顔が笑ってるわよ。これって絶対、裏がある。便乗して他の乗組員にも休暇を取らせるにはもってこいの機会だけれど、何か意図的な陰謀を感じるわ。だいたい、G連の規約からいけば、いいとこ1ヶ月の休暇が関の山。それがなんで滞在無制限なんて条件を出す必要があるのよ。更に気になるのは、ルナを含めて7人をドクターストップで勤務から外すと言ったことだ。あたし、ルナとは毎日顔を合わせてるけど、体調が悪いとか聞いてないもん。
「そりゃ、本人に自覚症状がなかったんだから仕方ないだろ。」
 あたしの心を見透かしたようにエディ・ユーナスが笑った。…なんか、ヘン。こういう場合、嫌味ったらしく鼻先でフンとあしらうのが長年のパターンだったはずなのに。それが、なんであんなに機嫌良くにこにこと笑ってるのよ。これって、絶対にただごとじゃないわ!
(まあまあ、ブルー、父親になる喜びを噛みしめてるんですから、少々のことは大目に見てあげてください。)
 苛立つあたしに、しんたがトドメのひと言を放った。
「誰が父親ですって!?」
「半年もすれば、ブルーも目出度く叔母さんだ。」
 相変わらずにこにこ顔のまま、エディ・ユーナスが答えた。
 ちょっと、待ってよ!それって、それって、ルナのドクターストップって、子供ができたからってこと?それでもって他の六人も、つまり、そういうことなわけ?
 確かに、今回のプロジェクトが数年単位の長丁場であることを加味して、乗組員には夫婦揃って参加可能な場合はいろいろと便宜を図ってきた。勤務割りにしてもそれなりに手心を加えてきたつもりである。でも、それはエディ・ユーナスとルナには当てはまらない。あたしが艦長でエディ・ユーナスが副長だから、あたし達二人が同時に休むことのないよう勤務割りを作ってきたけど、同時にルナとエディ・ユーナスの休憩時間が重ならないように細心の注意を払ってきたんだから!
「航法が確立するまでの勤務割りは完璧だったよ。よくぞここまで重ならないように組めたものだと正直言って私もお手上げだった。」
「それが、どうして…。」
「航路選定の実験を手伝えと言ったのは誰だ?」
 あたしひとりでルナとしんたをナビゲーターにブラックホールとホワイトホールの相手をするのは、さすがに体力の限界があって、途中からエディ・ユーナスにも手伝ってもらった。実験に際しては、ルナはともかく、しんたがいつも同乗する必要はなかったから、しんたがいないときは、エディ・ユーナスとふたりっきりの状態が成立するわけで…。長期航行にも対応できる快適なミーティア号という密室の中で新婚夫婦がふたりっきり。しかも実験から実験までの間に休憩時間はたっぷり取れるときている。エディ・ユーナスがそのチャンスを逃すわけないわよねえ。
 他の乗組員にしてもそれまでは不測の事態に備えて緊張した日々が続いていたけど、あの頃から対処法が整理されてきて、休憩時間も落ち着いて取れるようになったんだっけ。そうなれば、そういう事態が発生しても不思議じゃない。
「ある程度そういう事態の予測はしてたけど、いきなり7人とはね。」
「全員の検査結果を診てないから断言はできないが、安定期までドクターストップが必要なのは十人くらいなもんだろう。あとは休息時間のやりくりで勤務そのものに影響はないと思う。」
「もしかして、ほかにもまだいるの?」
 おそるおそる尋ねたあたしにエディ・ユーナスは未整理のファイルを指し示した。
「明日中には詳しい検査結果が報告できるよ。」
 どこまでも用意周到なのね…。あたしははっきり言って反論する元気もなかった。エディ・ユーナスじゃないけど、あたしもこのまま休暇に入ってしまいたい。そうすれば、少なくともその間は報告書をどうするかで頭を悩ます必要から解放されるもの。あ、それって案外良い考えかも。あたしは、くるりとしんたを振り返った。
「ねえねえ、しんた。受け入れてくれる人数に制限とかあるの?」
(そんな無粋なことをする方だと思いますか?)
 察するに、しんたの口ぶりから交渉相手は、あの星系の総統だな。ということは、よほどのことがない限り無条件であたし達を受け入れてくれるってことだ。
「叔父さんは、昔からブルーには甘いからな。」
 エディ・ユーナスの苦笑混じりの溜息があたし達の勝利を裏付けている。そうとわかれば善は急げ。あたしは艦内放送を流して休暇の希望者を募った。今回を逃したら次にいつ取れるか保証がないんだもの。保留期限が切れて流すより確実に取れるときに取るのが得策であることは、こういう任務に就く者なら誰でも知っている。さすがに全員一斉に取るわけにはいかないけれど、最小限の人数を残して交代で休暇を取らせることは十分可能だった。何たってG連に所属する職員に与えられた当然の権利としての休暇だから、どこからも文句の出しようがないもんね。そして場所が場所だけにユリアン司令長官からもノークレームで了解を得た。
「スペースホール航法、準備。」
 あたしはいつになくウキウキした気分でカウントを取った。この航路から出た先には楽しい休暇が待ってるんだもの。長い間夢見てきたソルジャーになってから初めてのまともな休暇よ。
「時空合わせ十秒前。」
 ネオ・プラネット号には初めての訪問場所だから、当然ルナが航路の選定をしている。これが終われば当分、新婚家庭の邪魔をしないであげるからねっ。
 未知なる空間を抜けてネオ・プラネット号は、外宇宙に孤独な輝きを放っている星系に突入した。
(おかえり、プロミネス・ブルー。到着を今か今かと待ちかねていたよ。)
 懐かしい叔父様の声があたしを包んだ。
(そのまま第4惑星の第2衛星に降りたまえ。滞在の間はそこを自由に使いなさい。そのつもりで用意させてもらったからね。)
 いつもながら至れり尽くせりのお言葉だ。ここで遠慮すると叔父様の面子を潰すことになるのであたしは素直に好意を受けることにした。あたしは感謝の念を送って着陸態勢に入った。
 眼下にはG連と遜色ない設備を整えた宇宙港が広がっている。そこがネオ・プラネット号のために用意されたドックなのだ。G連を出発して以来、約一年ぶりの着陸だ。
「さあ、休暇の始まりよ。注意事項を守って、みんなゆっくり休んでね!」
 あたしは休暇の始まりを宣言すると、久しぶりに解放された気分を噛みしめながらネオ・プラネット号から母の故郷である大地に降り立った。


ネオ・プラネット号編−END−