スター・A・スター

恋の現実


 どうしてこんな事になっちゃったんだろう…。
 あたしは無味無臭のカルロスにかぶりつきながら何度めかのため息を吐いた。
「ブルー、いくら嫌いな食べ物だからって、食事をしているときくらい美味しそうにできませんか。」
 まるきり意味不明なことをルナことグリューネ・ルディーナ・K・ユリアンが話しかけてくる。でも、嫌いな物を美味しそうに食べるだなんて芸当、あたしに出来る訳ないでしょ。腹芸無視の正直な反応があたしの取り柄なんだから。
「だからってそんな嫌そうな顔、食べ物に失礼です。」
 まるであたしの心の中を見通したようなタイミングでルナは続けた。
「赤ちゃんの胎教にもよくありません。もっとにこやかな表情で食べて頂かなくては。」
「だったら、もうちょっと味を付けるとか、食欲をそそるような匂いを付けてよ。」
「でも、それをしたらブルー、今度こそ食べられるものがなくなりますよ。」
 ったく、こう言えばああ言う。だけど、全部事実だから反論のしようがなかった。あたしは妊娠5ヶ月目、いわゆる安定期に入っても悪阻がひどくて味や香りのする食べ物が食べられなかったのだ。ホント、なんでこんな事になっちゃったんだろ。自問するたびに虚しくなる。だって、数人いる妊婦の中で、あたしだけなんだよ、こんなに悪阻がひどいのは。ルナをはじめあたしよりひとあし先に安定期を迎えた他の人はガバガバ美味しそうに食事してるんだから。

 「それより、ブルー、今日は艦長としての仕事が一件入ってます。」
 「え、そうなの?」
 言い忘れていたけど、あたし、銀河連邦−略してG連−の最新鋭鑑ネオ・プラネット号の艦長を拝命している。ただし、現在は悪阻がひどくてほぼ休職状態。普段は副長が艦長代行を務めているのけど、艦長でなきゃ駄目なデスクワークもあって、そういうときだけタッチ交代する。
 「じゃ、艦長室に戻った方がいい?」
 「その必要はないと思います。必要な書類は本人が持ってきますし、艦長は承認のサインをするだけでいいはずですから。」
 「それって、人事関係?」
 「はい。」
 いともあっさり答えたルナにあたしは首を傾げた。ネオ・プラネット号に必要な人材は出発時に全部揃えてきたはずである。新しいプロジェクトの話もないし−あってもルナが動けなきゃ受けられる訳もないんだけど−、今更人事といわれても…。
「実際に勤務に就いてもらうのはもう少し先になるでしょうけど、これから必要になることがわかっているので、早めに確保した方がその場になって慌てずにすむということです。」
 正論である。それでなくてもこういうことにあたしは疎い。ルナの言うとおり、事前に準備しておくのが正解だろう。
「でも、その前にしんたに相談しなくていいの?」
 しんたは、これまで乗組員の人事に携わってきていて、誰よりもデスクワークに詳しい。
「今回は直接に関係する人にだけ先に面接してもらいました。みんながいいって言ってくれたので、艦長決裁を受けることにしたんです。」
「あ、そう。」
 相変わらず手回しがいいこと。これはたぶんにしんたも絡んでるわね。でも、それならどうしてしんたが言いに来ないんだろう。変だ。絶対におかしい。
 深い思索にあたしが落ちかけたとき、ふいに何かが頭の中で弾けた。
「しんた?」
「はい。」
 ちょっと待て。なんでしんたの声が耳から聞こえるの?がばっと顔を振り向けたあたしの目に映ったのは…。
「ええっ!?」
 そこには、人間の姿−そう、その昔あたしをしごいてくれた頃と同じの15〜6歳の少年の姿をしたしんたが居たのだった。

 あたしが初めてしんたのその姿を見たのは、10歳以上年の離れた兄エディ・ユーナスと派手な喧嘩を町中でしたときだった。その仲裁に入ってくれたのが、人間の姿をしたしんただったのだ。
「まさか人中で、あの姿のまま仲裁に入る訳にはいかないでしょう。」
 それまで「タヌキ」の姿をしていたしんたにそう言われて、あたしはただ驚くだけだった。どうやら、驚きすぎると動揺する前に無表情で受け入れてしまうものらしく、あたしはそのままなんの疑問も持たずにやり過ごしてしまった。そしてその後もしんたはその姿であたしの「指導」に当たったのだ。
 もともとしんたはあたしの特殊な力を自力で制御できるよう調整してくれる先生だと教えられていた。けれどもしんたはそれ以上にいろいろなことを教えてくれて、あたしが独り立ちできるまで付き合ってくれたのだった。
 その一方で、10歳にも満たない少女の目にしんたの少年姿は実にまぶしいものだった。兄と仲が悪かった分、しんたに懐いていた。いや、もっとはっきり言おう。そう、紛れもなくあたしはしんたに憧れて恋していたのだ。けれども、幼い少女の恋は見事に砕け散った。それほどにしんたの指導は厳しくて、彼は怖い教師以外の何者でもなかった。けれども…。
「自業自得ですよ、ブルー」
 しんたにそういわれると頭にくるけれど、なぜかホッとする。たぶん、まだ見捨てられてないという安心感を言葉の中に察知しているからだろう。本当に見捨てたのだったら、しんたは何も言わずに去っていくだろうから。冷たいようでもそれがしんたの人となりであることをあたしは長年の付き合いから学んでいた。
 それから、ここがあたしにとっては大切なことなんだけど。完全に脈なしだったら、休暇が始まった時、人の姿をしてあたしに付き合ってなどくれなかったに違いない。

 だから…こういうことになっちゃった訳よね。
 あたしはそっとおなかをなでた。心なしかしんたの表情が穏やかな笑みを浮かべたような気がする。なんか心臓に悪いなあ。こういう時のしんたって絶対何かをたくらんでるんだから。
 あたしはため息半分で、しんたの差し出した書類に目を通し始めた。もう一度チラリと視線を走らせると、やっぱりしんたは笑っている。無表情を装っているけれど、あれは絶対笑っている顔だぞ。
「何がおかしいのよ。」
 しんたに負けず劣らず無表情な声であたしは尋ねた。
「おかしくなんかありませんよ。嬉しいんです。」
 素直に返されてあたしは一瞬呆然となった。
「な、なにが嬉しいわけ?」
 聞き返してからあたしは失言だと悟ったが既に遅し。うわー、この会話、ルナにも聞こえてるんだった。あの子、普段はぽーっとしているくせに、変なところで感がいいんだから。言葉を失ってしどろもどろしているあたしにルナは何でしょう、と微笑み返している。やがて、ああと頷いた。
「しんたのことでしたら知ってましたわ。だからこうしてお願いしたんです。」
「そ、そう?」
 わざとらしいかとも思うけど、あえてしらばっくれた相づちを打った。
「ですから、来るべき日に必要になる保育士です。」
 あたしの返事に不安を感じたのか、ルナにしては珍しく直球で続けた。
「保育士?」
 話が全然見えてこないんですけど。それがどうしてしんたと結びつくのよ。
「だって、しんたには前歴があるからみんなも安心して任せる気になったんですよ。」
「えーっと、それはみんなの赤ん坊の世話のこと?」
 思い当たった答えを前提におそるおそる尋ねてみると、あっさりルナは頷いた。
「ブルーを立派にここまで育てたということで、みなさん本当に安心してらっしゃいます。ブルーだってしんたに育児をお願いすることに不満はありませんでしょう?」
 やんわり念を押されてコクコクと頷くだけのあたしだった。
 よかったあ。へたに気を回しすぎて墓穴を掘るところだったわ。危ない、危ない。
 落ち着いて書類を見てみると、「ネオ・プラネット号帰属の保育士に推薦」となっている。この際、推薦者や推薦理由などは問題じゃない。大切なのは、しんたがその役目にふさわしいかどうかだ。勿論、あたしに異論のあろうはずがなかった。だが、ほっと一息入れたところへルナの爆弾が炸裂した。
「しんただって自分の子供を世話するのになんら異存はないでしょうし」
 うっきゃあ。なんでそれをルナが知ってるのよ…。あたしの心臓は爆発寸前。しんたは、と見ると、悔しいほどに落ち着いている。
「あら、ブルーの検査をしたのは私ですもの。DNAの組み合わせから誰の子供かくらい簡単にわかりますわ。エディは今のところ知らないみたいですけど、生まれた子供を見れば簡単に気がつくでしょうね。」
「なんでよ。」
「だって、しんたの種族は髪と目の色が第一子に優性ですもの。きっとお父さんとよく似た赤ん坊が生まれますわ。」
 …勘弁してくれ。あ、でも、しんたがパパならエディに勝てるかも。
「そうですね、エディ・ユーナスには勝てるでしょう。でも。」
 しんたは少しだけ困惑した表情を浮かべた。
「でも?」
「エルナンにはどう説明しようかと。なにしろ彼は娘を溺愛してますから。だからこそ、彼はわたしに娘の教育を任せたんですし。」
 あはは…。あたしはもう笑って誤魔化すしかなかった。しんた、がんばってね。


To be continued?