スター・A・スター

ベイビー、フリーズ!


 あたしの名前は、プロミネス・ブルー・ユリアン。18歳。銀河連邦−略してG連−の最新鋭艦ネオ・プラネット号の艦長に大抜擢された新進気鋭のブルー・ソルジャー(宇宙戦士)だ。しかし、諸々の公人的及び個人的理由により、現在、母方の故郷ソレイユ星で休職同様の身に甘んじている。一番大きな理由は、あたしの妊娠で悪阻がメチャクチャひどくて動けないからなんだけどね。 あたしは満足な食事も摂れず、ぐったりした日々にどっぷりつかっていた。だからといって、ソルジャーとしての矜持までは放棄していない。その証拠に、ほら、今日もこれから銀河連邦の情報チェックです。G連の頭脳ことグリューネ・ルディーナ・K・ユリアンのおかげで最新技術には不自由しないのだ。
 通信機を通して流れてくる膨大な情報に耳を傾けつつ、あたしの頭はフル回転。重要な情報とそれに関する機密を整理して、データペースにインプット。これまで退屈だからとデスクワークは意識的に避けていたけど、こういうときには有り難い。落ち込むことなく、いい気分転換になるのだ。それでも自分が率先して動けないというのは、覚悟していたけど腹立たしいものがある。それは、あるひとつの情報を入手したときにピークへと達した。
「第1級殺人犯ドロス・スレイヤーがルーズバウエル星系ウイルス汚染犯の残党に手引きされて刑務所を脱獄して行方不明ですって!?」
 忘れろったって忘れることのできない固有名詞に、あたしは思いっ切り声を叫んでいた。当事者にとっては、凶悪殺人犯であるドロス・スレイヤーの脱獄の方が重大だろうけど、あたしにとってはそれを手引きした犯人グループの方に注意が集中する。
 よりによってルーズバウエル星ですって!
 いかなる成り行きがあったにせよ、これはゆゆしき問題だ。そもそも、あたしと因縁の深いこの事件、果たして偶然で片づけていいものなのかさえ疑問に思えてきた。だって、あたしが動けないこの時季に、これみよがしで発生したのよ。あたしの第六感が大きく点滅している。だからって動きようがないんだけどね。そうなのよ!まさしくあたしは、動けないのだ。
「お願い、ルナ。何でもします。カルロスだって我慢して、ちゃんと食べます。だから、この事態を何とかしてぇ。」
 この叫びですら、うっぷと吐き戻したいのをねじ込んでの所行だった。ルナに訴えたところでどうにもならないだろうことはわかってるけど、でも、でも、我慢できない。そして、もしかしたらナントカできるかもしれない唯一の可能性を握っているのがルナだということをあたしは本能で知っていた。
「そうはいっても、ブルー、」
 今回ばかりは天敵たるエディ・ユーナスも同情気味だ。だからって彼にもどうしようもないんだけどね。彼は優秀な医者だけれど、あたしの悪阻には無力だった。
「まあ、なんとか…」
「なるの!?」
 重い口調のルナのひとことをあたしの耳は聞き逃さなかった。ルナはできもしないことを希望的楽観で言葉にすることはない。彼女の言葉には必ずそれを裏付けする打開策が伴っているのだ。
「ようはブルーが悪阻を気にせずに動ければいいわけですから…」
「こればかりは出産を終えるまでどうしようもないだろ?」
 何度も繰り返されてきた結論をエディ・ユーナスが指摘する。だーかーらー、それをルナが何とかしてくれるんでしょ。
 希望に目を輝かせている(らしい)あたしを前に、ルナは正面パネルの画面を切り替えた。そこに映し出された生物学的臓器にあたしの目は点になった。
「コレ、なに?」
「見て判らないヤツになぞ、説明するだけ無駄だ。」
 ったく、いちいち気に障るったらありゃしない。
「お言葉ですが、お兄様、わたくしだって医療生物学の単位くらい取得しましたわ。」
 思い切りシナを作って答えたあたしをエディ・ユーナスは予想どおり無視してルナに向き合っている。
「で、私の視力が異常を来してなければ、これは人工子宮にみえるわけだが。」
「エディの視力は正常、知識も間違っていませんわ。」
 にっこり答えたルナに今度はこっちの方が青くなった。
「ちょ、ちょっと待った!あたしは医学の発展に寄与するのは大歓迎だけど、倫理に反することは御法度だからね。」
 あたしの状態と人工子宮とくれば、次に待っているのはそこにおける胎児の人工保育だ。こればっかりはダメ。誰がなんと言おうと絶対に許されない。
「あたしとしんたは自然出産を望んでいるのであって、それ以外では子供を持つ気なんてないんだから。」
「ええ、ですから、ですわ。」
「はい?」
「これはブルーの能力があって初めてできることなんですけど。しんた、こうなったら話しちゃっていいですよね?」
 ルナの言葉は伺うというより断言だと思う。だって、先になんとかなるなら何とかしてって言ったのはあたしの方なんだから。
 あたしはいつの間にか横に立っていたしんたを見上げた。少年姿にはいささか不釣り合いな大人の表情で彼はうなずいた。それであたしの覚悟も決まった。もう一度ルナに視線を返すと、彼女は事細やかに事態の打開策を説明しはじめた。

 長い長い説明は、この際省かせて頂きます。正直に言えば、ルナの医学的説明など、さーっぱりわかりませんでした。自分の身体のことだろうと、わからないものはわかりません。だいたい、相手はG連の頭脳でしょ。土台、あたしの知識でどうにかできる相手じゃございませんもの。それなら、あたしは自分にわかった範囲で開き直るしかない。
 ルナが話を終えたところで、あたしはしんたの方をちらりと見上げた。むぅ、読めない。でも、反対を表明しているようには見えなかった。多少なりとも事前に知らされてたからかもしれないけど、理論的にも感情的にも反対する理由はないと見た。だったら、あたしにも反対する気はない。パパがいいならママも賛成します、です。
「最終的に自然出産できるなら、反対する理由もないし。よろしくお願いします。」
 あっさり答えたあたしにエディ・ユーナスの方が気抜けしたみたい。まあ、彼は優秀な医者ですから、あたしにはわからない問題点を理解できていたとしても不思議はない。だけど、今更反対したって無駄ですからね。この子の両親はあたしとしんたであって、兄さんじゃないのよ。
 あ、今、ふふんと鼻を鳴らした。でも、いいもん。あたしは平気。しんたが賛成なんだから怖くない。あたしはもう一度はっきりと自分の意志を伝えた。
「ドロス・スレイヤーとルーズバウエル星の残党は、あたしがこの手で捕まえる。これは、ソルジャーとしての義務です。」
「わかりました。それでは手術を…準備でき次第、執り行います。それでよろしい?」
「結構です。で、いつ?」
 ドクターモードのルナは手元の資料を確認して、明日以降いつでも可能だと答えた。
「じゃ、それでお願い。囚人が逃亡してからの時間が経てば経つほどこちらに不利になるから、早いに超したことがないわ。逮捕に向かうメンバーは…。」
「私が妊娠中で同行できないだけ。しんたとエディは大丈夫です。」
「ルナがいないのは痛いけど、こればっかりはねえ。」
「私はブルーと違って能力がありませんから仕方ありませんわ。もう一度言いますが、この手術はブルーだからこそできるんです。他の誰でもできるわけじゃありません。」
 ルナの言葉は非常に心強いものだった。時にはうっとおしいくらいの能力でも役に立つときがあるんだ。あたしはそこまで他人の能力を分析できるルナの方こそすごいと思いながらも、はや心は囚人逮捕に向かっていた。

 あたしの胎児分離手術は翌日未明、速やかに行われた。それがいかなる手術なのかは、結局理解できないままだけど、あたしとしんたの子供は、ちゃんと無事にいる。なんと、ルナが改良に改良を重ねた人工子宮の中でコールドスリープ。早い話が凍らされて眠っているのだ。だから当然、これ以上の成長がない。来るべき時季がきたら、今度は元に戻すだけなんだそうだ。
 そんな我が子の状態をしみじみ思いやる余裕などなく、あたしは出発準備に追われていた。手術後の安静?そんなもの必要ない。だってメスを当てたわけじゃないし。
 一番不可解なのが、この部分。確かに摘出手術なんだけど、切ったり張ったりの手術じゃないのが今回の特徴だ。そこにこそあたしの能力の秘密がある。なんと言えばいいのかなあ。
「赤ちゃんをテレポートさせるのだと思ってください。」
 ルナがくどいくらいに説明してくれた手術方法だ。赤ちゃんはそれでいいとして、空っぽのお腹はどうなるのかというと、そこはエディ・ユーナスの医学的処置が待っていた。ここにもあたしの能力が関係してくる。彼らに比べれば医学的知識がゼロにも等しいあたしに理論的裏付けを理解させようなどという無駄は省かれ、為さねばならないことだけ説明を受けてあたしはそれを実行した。エディ・ユーナスが言うには、あたしの処置は完璧だったそうだ。術後管理はエディ・ユーナスの所轄だから、ここでもあたしのするべきことはもうない。
 ネオ・プラネット号の艦長にはするべきことがたくさんある。なんたって副長のエディ・ユーナスも一緒にいなくなるので、その引き継ぎまで重なって、そっちの事務処理であたしの頭は爆発寸前だった。デスクワークの達人しんたが抜けた痛手は大きすぎる。
 そのしんたも今回、あたしに同行する訳だけど。あれ?確かしんたの着任日は目前に迫ってなかったっけな。
「あら、それまでには帰ってくるんでしょう?」
 いともあっさりと言ってくれる。ルナ、あんたって本当に大物だよ。その様子だと、手がかりゼロの囚人逮捕がどれほどに困難を伴うものなのか全然わかってないわね。それ以前に、ルナにそういう問題を認識する能力を期待したあたしがバカだった。

 銀河系に帰還するあたしたちのためにルナが用意してくれたのは、もちろんあたしの愛機ミーティア号。いうまでもなく、前回帰還したときより大幅にパワーアップしてる。思うんだけど、ルナはいったいいつこういうことをしてるんだろう。この間は基本的に、ルナは休暇中だったわけだし。妊娠中のルナの監視はエディ・ユーナスがそれはそれは熱心に行っていたはずだから、工作する暇なんてなかったはずだ。うーん、謎だ。
 さすがにミーティア号の出発直前における仕様変更はなかった。覚えてないうちに変更されたのでは、いかに3人がかりでも対応できないから、それだけは止めてとルナに泣きついたのだ。ルナが一緒ならどんなに変更しようと問題はないんだけど、今回ばかりはね。あたしと違って、ルナは出産が終わるまでソレイユ星でお留守番。
 ちなみにルナの出産予定日はしんたの異動日よりあとだ。エディ・ユーナスが妻の出産に立ち会う気満々なのはいうまでもない。
 そうなると、やっぱり事件は早期解決することになるのかな。ルナが一緒でないのは少し不安だけど、代わりにエディ・ユーナスがいるからたぶん、なんとかなるだろう。浮世離れしているルナより、現実主義なエディ・ユーナスの方が絶対頼りになるもんね。それに、しんたは一緒に行ってくれるんだし。これはダントツで心強いぞ。そうなると、しんたと二人っきりの方がよかったかもしれない。エディ・ユーナスのお邪魔虫。
 ところで、今ひとつ気がかりなことがある。それは、ズバリ、あたしの扱いだ。だって、今のあたしのお腹には赤ん坊がいない。成長の止まってる我が子はいるけれど、今のあたしの状態は、一般的なところでいう「妊婦」には当てはまらないだろう。でも、出産してない赤ん坊は、いずれまたあたしのお腹にもどるわけで…。誰か、あたしの定義をしてください。


To be continued?