スター・A・スター

やっぱり気分は紙一重(前編)


あたし、プロミネス・ブルー・ユリアン。17歳。
本業は、銀河連邦−略してG連−の名誉あるレッド・ソルジャーなんだけど、諸般の事情により、「銀河連邦宇宙交通局第六区安全指導係勤務」なんていう長ったらしい職務に就いてる。
が、今は所轄の第六区ではなく、ラウンド星に滞在中。
任務対象が、そこにいるのと、あたしのパートナーがまだ到着しないから、やむなくね。
しかし、マジで眠い。
そりゃそうよ。
交通局を出発してからあれこれ32時間、あたしは一睡もしていないんだから。
更にはラウンド星到着後、あたしは山と積まれた白紙の書類を文字で埋め尽くすべく、ずっとデスクワークしていたのだ。
これも睡魔が襲ってくる一因ね。
でも、それももうすぐ終わる。
残る最後の一枚をあたしはたった今書き終えたところだ。
「ルナは…まだ到着するわけないか。」
交通局からラウンド星まで通常10時間。
あの子がここに着くまでには、少なくともまだ数時間はかかるはずだ。
…眠い…しんたも寝てるし…。
やっぱ限界。
こういうときは、まともな判断なんてできないもの。素直に生理的要求に従うに限る。
ということで、これよりお休みさせていただきます…ZZZ。

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予備の実験艇に急ごしらえのオートパイロットを設定して、グリューネ・ルディーナ・クラスターはラウンド星に到着した。
「着地完了。ソルジャー・クラスター、これより基地病院でソルジャー・ユリアンと合流します。」
通信機のスイッチをオフにし、ルディーナは何度目かの溜め息を吐いた。
いったいなんて航海だったんだろう。
オートパイロットで全てが行われるとは言え、異常事態の発生している宇宙空間には何かとイレギュラー要素が多く、その記録に追われていつもなら航行の間にできるはずの実験や観測が全く出来なかったのである。
「とにかく一刻も早くブルーと合流しなくては。これ以上遅れを生じたら、予定どおりにプロジェクトが進まなくなるわ。」
ルディーナはこれ以上予定を狂わされてはたまらないと、ブルーとの合流を急ぐのであった。

ラウンド星の基地病院は、G連にある病院のなかでもトップクラスの設備を誇る。
ありとあらゆる施設が揃っているだけ、当然、病院も広かった。
ブルーが手術室付近の控え室のどこかにいるということは聞いたのだが、そこから先が進まない。
早い話、最後の最後でルディーナは迷子になってしまったのである。
「これからはブルーにも常時発信器を付けていただかなくては・・・。」
そのためには、あらゆるものから逆探知されないシステムの開発も必要だとルディーナはメモに記した。
「このあたりはみんな控え室…みたいね。」
目前に続くドアの多さにルディーナは小さく溜め息を吐いた。
「なにしてるんだ?」
ふいに頭上から声がかかり、ルディーナは顔をあげた。
収まりの悪い濃い栗色の髪がひどく印象的な青年がそこに居た。
服装からして、手術直後の医者らしいということはわかる。
「このあたりはスタッフ・ルームだから、関係者以外は立入禁止になってるはずだが?」
「パートナーと、待ち合わせしてるんです。」
「パートナー?」
彼はじろじろとぶしつけな視線をルディーナに向けていたが、やがて「なるほど」と頷いた。
「ブルーなら、この先3つ目の部屋で寝ているよ。あの様子じゃ、少々ひっぱたいても起きないだろうね。」
少しだけ困ったような表情をルディーナは浮かべた。
「すぐに出発するのかい?」
「ええ、そのつもりですけど?」
訝しげに頷いたルディーナに、彼はふーむと考えた。
「どこか緊急の用件でも?」
さすがにその質問には答えられないと、ルディーナは無視して歩き出した。
「意外とせっかちなんだな。」
クスクスと含み笑いにも似た声がルディーナを追ってくる。
彼とルディーナとの身長差は悠に30センチ以上はあった。
当然歩幅もそれに伴い彼の方が大きかったから、ルディーナがいくらも進まないうちに追い付いてきた。
「これは失礼。まだ名前も言ってなかったね。」
コバルトブルーの瞳がルディーナを真っ直ぐに見つめている。
「私はエディ・ユーナス。ご覧の通り、医者だ。専門は、ここ。」
彼、エディ・ユーナスは頭を指さした。
「でも、脳外科ではありませんでしょう?」
ルディーナの質問に、エディ・ユーナスは意外そうな眼を向けたが、すぐになるほどと頷いた。
「流石、専門家だけあってお見通しというわけだ。」
「そういうわけではありませんが。命令書の職業欄には『再生移植療法士』とありましたから。」
「なんだ、バレてたのか。」
「ブルーのことを知っているとしたら、任務対象の方だけでしょう?」
やんわり答えた声に、エディ・ユーナスはそれ以上無駄口を叩くのを止めた。
おっとりしてみえるが、あのブルーを躊躇なくパートナーと呼んだ少女が、ただ者であろうはずがない。
エディ・ユーナスは素早く頭を切り換え表情を改めた。
「ブルーの状態については、さっき説明したとおりだ。はっきり言って、今は使い物にならない。」
随分な言い方だが、それが事実であることはルディーナにもわかっている。
そうでなければ、ルディーナがラウンド星に到着した地点で、ブルーと合流しているはずだからだ。
事態を正確に把握し、為すべき事を遅滞なく行うという点では、ブルーの能力を疑ったことは一度もない。
この緊急時に直ちに行動に移らないのは、ひとえに体力的限界が彼女に訪れているからに違いないのだ。
「で、ものは相談だが。」
単刀直入にエディ・ユーナスは提案した。
「原因の一端は私にもないとは言い切れない。ブルーが使えるようになるまで、当面私が彼女の代わりを務めようかと思うんだが。」
ルディーナは黙ったままエディ・ユーナスを見上げている。
「これでも一応、パイロット資格は持ってる。」
言ってから彼は最後の一言は余計だったなと笑った。
彼の名前をルディーナが知った地点で、その他の経歴を含め全て彼女にはわかっているはずだからだ。
あとは彼の申し出をルディーナが受けるか否かだ。
果たしてルディーナは、持っていた書類をエディ・ユーナスに差し出した。
受け取りながら、エディ・ユーナスはどこか試されているような気がした。
「行き先はここに書いてある通りなんだね。」
エディ・ユーナスは手にした書類をぱらぱらめくり何事か考えている。
「結構あるなぁ。…ざっと2日。今の状態だと3日ってとこか。」
おおざっぱながらも航路過程から彼がはじき出した必要日数は、ルディーナの概算と同じであった。
「そちらの任務には差し支えないのですか?」
ルディーナはエディ・ユーナスの仕事を「勤務」でなく「任務」と言った。
どうやら、この少女は全てを知っているらしい。
「その点は心配ない。ブルーが私を第9病院船に送り届けるまでは待機状態だからね。」
エディ・ユーナスは事実だけを答えた。
ルディーナに下手な解釈は無用だということが、はっきりわかったからである。
「わかりました。あなたに操縦をお任せします。」
ルディーナは深々と頭を下げ、エディ・ユーナスは先に立ってルディーナを案内するかのように病院の廊下を歩き始めた。

宇宙空港に戻ったルディーナが最初にしたことは、ミーティア号の操縦系統をエディ・ユーナスのバイオデータに合わせて切り替えることであった。
「ご期待に添えることを祈るよ。」
ブルーの操縦を見ていたとはいえ、流石に初めてのシステム制御にはエディ・ユーナスも緊張した。
ざっと手順を確認したエディ・ユーナスの手がコンソールの上を素早く流れていく。
ミーティア号のエンジンが始動した。
これまでブルー以外の誰もまともに扱えなかったルディーナの実験艇をエディ・ユーナスは彼女に勝るとも劣らない巧みさでもって宇宙へと発進させたのである。

エディ・ユーナスは自身でも言ったとおり医者を職業としていたが、ルディーナに言わせると、むしろソルジャー向きの性格をしているとのことだった。
「どうしてそう思う?」
苦笑混じりにエディ・ユーナスは聞いてみた。適性だけで判断するなら、彼女の指摘は間違っていない。
「だって、ミーティア号を動かしているから。」
ルディーナの答えは実にあっさりしたものだった。
「ちょいと訓練したG連のパイロットなら、誰でも動かせると思うが?」
G連の頭脳と異名を持つルディーナの実験艇というだけあって、普通の船には見られない特殊な装置をいくらか積んではいるものの、操縦法自体は極めてオーソドックスなものであり、むしろ個人用に微調整されている分パイロットの動きに反応しやすくなっている。
「理論的にはおっしゃるとおりなんですけど。」
ルディーナも実のところ、そのつもりで開発したシステムなのだが、現実にそれを使いこなせたパイロットはブルーとエディ・ユーナスのふたりだけであった。
過去、実験に協力したパイロットでまともな発進すらできた者がいないのは周知のとおりである。
その原因が、パイロットの技術能力でななく、個々のパイロットの潜在的な能力であることは、ブルーが操縦したときに初めて判明した事実だ。
バイオデータに合わせるとき修正をかけるようにはしていたが、人間の能力にはいろいろな制約が付く。
理論的な数値だけでは、実際の運用はまず不可能であったのだ。
それは100メートル走る人間が、常に一定のベストタイムを叩き出せるわけではないのと同じ理論である。
だが、コンピューターにそれだけの柔軟な修正を求めることはできない。
常に自己最高の状態を維持できるだけの、また仮にそうでなくともそれに近い状態に持っていけるだけのテクニックを有した者だけがあのシステムを使うことができるのだ。
そして、その能力を有する者は、第一級のソルジャー適性保持者以外にはありえないとルディーナは結論付けたのである。
「ブルーが聞いたらさぞ…。」
内容的には喜ばしいことだが、実証に持ち出された事柄については大いに憤慨するだろうとエディ・ユーナスは思わず吹き出したのであった。

宇宙に出たルディーナは黙々と作業を続けた。
「よくぞ、宇宙が壊れなかったものだな…。」
宇宙空間の歪みによる宇宙のほころびは、予想以上に深刻な事態に進展しており、しんたが図太いと評したエディ・ユーナスですら肝を冷やす場面に何度か出くわす始末だった。
ルディーナの指示どおりに宇宙を飛ぶには、並のパイロットでは確かに神経が持たないだろう。
次元断層との間を数ミリレベルで航行するなど、まともなパイロットのすることではない。
ブルー曰く、レッドゾーンサーキットなどは通常航行の範疇であった。
その指示を何の前触れもなく読み上げるルディーナもそうだが、それを淡々と受け入れてその通りに宇宙を文字通り駆け巡ったエディ・ユーナスの神経も押して然るべきものがある。
エディ・ユーナスはルディーナをただ者ではないと感じたが、そういう彼自身もまた、ただ者というには個性が強すぎるようであった。

ブルーの言うところの汚点が大惨事を巻き起こす引き金だけにしかならなかったら、彼女の保有するソルジャー資格は即刻剥奪されていたに違いない。
「でも、悪いことばかりではありません。」
ルディーナはにこやかに修復データの分析結果から、ひとつの希望を導き出した。
「これまでその距離があまりに遠くて開発がお座なりになっていた地域には、なによりの朗報です。」
突発的な宇宙空間の歪みは危険以外の何ものでもなかったが、それを人為的にコントロールすることで、より短時間に、しかもエネルギーの消費を最低限に押さえた上での大航海が理論的に可能になったのだ。
宇宙の修復をしながらその状況を綿密に分析した結果、ルディーナはそれまで外宇宙と呼ばれている星域への安全確実な航行ルートをいくつか導きだしたのである。
あとは、それを実証する航法開発プロジェクトが発足すればいい。
それはG連が推進することであり、アカデミーがサポートすることだ。
「確か、そういったプロジェクトで凍結されたのがあったな。」
「技術的な問題点はこれで解決できると思いますから、あとは人的な補充次第でしょうね。」
「君は…。」
思わず息を呑んだエディ・ユーナスに、ルディーナは悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「ユリアン長官は、まだ諦めてはいらっしゃらないようです。」
「あのクソ親父!」
その後、エディ・ユーナスの吐いた暴言の数々は、違った意味で彼に跳ね返ってきた。
ブルーがルディーナと初めての航海で心身共に疲労困憊して得た教訓を、エディ・ユーナスもまた経験することになったのである。

G連本部へルディーナを送り届ける道すがら、エディ・ユーナスは、妹ブルーがこれから受けるであろう辞令を思うと複雑な心境であった。
「ブルーにはしんたが付いてるとはいえ、まだまだ手術の必要な患者は潜在してるだろうしな。」
宇宙は狭くなったとはいえ、個人の腕の中に収まるには広すぎる患者である。
「その航海に私が参加できる可能性は限りなく低いでしょうし。」
ルディーナは淋しそうに微笑んだ。
多少時間が短縮されたとはいえ、年単位での束縛を必要とするプロジェクトにルディーナを派遣することは、アカデミーの方針からは絶対ありえないだろうし、G連サイドからの働きかけもまずは望めない。
むしろ、派遣しないよう全力を尽くすに違いないのだ。
「なるようにしかならないだろうが、できるだけの協力はしてやろうと思う。」
G連本部の前でエディ・ユーナスはルディーナに約束した。
ブルーに何が必要なのかを知っている者は複数いるだろうが、一番必要なものを手に入れるには本人だけの努力ではどうしようもないことも彼は知っていた。
それはまた、自分にも当てはまることではあったが。
「宿題は難しい方がやりがいがあるというものだ。」
エディ・ユーナスの言葉が文字通りでないことはわかるのだが、さすがのルディーナもその意味まではわかりかねた。
あれこれ考えあぐねているルディーナをエディ・ユーナスは楽しそうに見つめている。
本部の門をくぐる間際、ルディーナはふと、ずっと疑問に思っていたことを口にした。
「私、ブルーからはいつも諸悪の根元だと言われているんですけど、やっぱりそうなんでしょうか?」
真顔で問われたエディ・ユーナスは思わず吹き出しそうになったのを必死で堪えた。
何事も物事は一方からでは判断できないことをブルーが理解するには、まだしばらくの時間がかかりそうだ。
「君はブルーにとって最高のパートナーだよ。」
エディ・ユーナスの別れ際の一言は、ルディーナにとって何よりの賛辞であった。

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