スター・A・スター

やっぱり気分は紙一重(後編)


「ふぁ〜。今、何時ぃ?」
仮ベッドの枕元の時計に手を伸ばして時刻を一目見るなり、あたしの眠気は一遍に覚めた。
うっそぉ!恐ろしきかな丸一日以上あたしは眠っていたのだ。
「しんた、しんたっ!」
(何です、騒々しい。ブルー、ここは病院なんですよ。)
あー、今、そんなお小言聞いてる暇はないの!
あの時、ほとんど頭は死んでいたけど、確かルナが来るとか言った内容の通信を受けた覚えがある。
うん、絶対に間違いない。もうとっくに着いているはずだ。
(ルディーナさんなら、とっくの昔に到着して、出かけましたよ。)
「出かけたぁ?どこへ?」
…お願い、あたしの思考派を遮断して…。
(そのためにボリュームコントロール法を教えたはずですが?)
…ごもっともです、ハイ。
って、今はそんなことどうでもいいの!ルナよ、ルナ。
あの子、放っておくとなにしでかすかわかったもんじゃないんだから。
(ブルー、自分のしたこと、もう忘れたんですか?)
うう…。人が一番気にしていることをハッキリと言ってくれる。
忘れたくても忘れられるもんですか。
G連一の腕を誇るあたしの汚点。
でも、だからこそ、一刻も早く宇宙のほころびを修正しなくちゃいけないんじゃない?
(ぐーぐー高鼾かいて今まで寝てたのは、どなたです?)
「だから、反省してます!過ぎたことはしょうがないでしょ。あとはいかに早く正常に戻すかよ。迷惑してるのは一般航路を使う人なんだから。」
我ながら、ホント嫌になる。
「しんた、ルナがどこにいるか知ってるんでしょ?」
(知りませんよ。わたしもついさっき起きたばかりですから。)
「でも、今、ルナがとっくに出発したって。」
(ミーティア号がありませんから、たぶん、そうだろうと思ったまでです。)
なるほど。
あの船は、あたしの他にはルナしか乗せてくれない。
盗難防止のために、そういう設定がしてあるのだ。
(代替の実験艇が残ってますから、ブルーの任務続行には差し支えないようです。)
相変わらず、ルナってば用意周到なのね。
さて、そうなるとあたしもこのままのんびりしてはいられない。
取りあえず、ルナが戻ってくるまでに、こっちの任務を片付けておこう。
と思ったんだけど、何を血迷ったのか、任務対象者である我が兄は、こともあろうにルナに付いて宇宙の人。
かわいそうに。
技術的にはあたしと同等かもしれないけど、ルナに付き合える人間は宇宙広しといえど、あたしくらいのもんよ。
そうか、これでG連のパイロット名鑑から、またひとり名パイロットが消えるのね。合掌。
(ブルー、顔がほころんでません?)
これが喜ばずにいられますか…じゃなくて、惜しいパイロットをなくしたわ。

レッドソルジャーの任務は一時中断せざるを得なくなったが、銀河連邦宇宙交通局第六区安全指導係のお仕事は待ったなし。
宇宙が少々壊れようと消滅でもしない限り、交通違反はなくならないのだ。
で、あたしはターミナルに残っていた代替の実験艇に乗って、まじめに違反切符切りに勤しんだのであった。
ついでに、そのあたりをウロウロしていたブラックリストの面々もチョイっとつついて、スピード違反の現行犯で逮捕。
あー、あたしってなんてお仕事熱心なのかしら。
ルナが壊れたエディ・ユーナス(絶対、人格崩壊するに決まってる!)を連れて戻ってこない限り、ソルジャーの任務は続行不可能だから、これは決してサボタージュじゃない。
いかにあたしの技術力でもってしても、この代替実験艇であのミーティア号に追いつけるわけなどないのだ。
ここは大人しくルナの分まで交通安全指導のお姉さんに徹しましょ。

(ブルー、G連本部から入電です。直ちに本部に出頭せよ、だそうですよ。)
その連絡を受けたのは、かれこれ3日が経過しようかという頃であった。
「しんたー、なによぉ、その疑り深い目は。あたし、今回は何もやってないからね。しんただって見てたでしょ。真面目にお仕事してたじゃない。」
(それは、G連本部が判断することです。)
…うう、ごもっとも。
でも、今回は本当に心当たりがない。いったい、何なんだぁ?

取りあえず、あたしは○ヶ月ぶりにG連本部の門をくぐった。
出頭した先は、言わずとしれたレッド・ソルジャー司令長官室。
そこであたしは1週間ぶりにルナと再会した。
相変わらず、分厚いファイルを抱えている。きっと、あれがアレなのね…。
「まずは、任務終了おめでとうと言わせてもらおう。いろいろゴタゴタもあったようだがな。」
相変わらず一言多い父親だ。
しかし、宇宙交通局第六区安全指導係が「任務」だとはね!
でも、我慢我慢。
「これでようやく上層部の了承が得られた。おめでとう、ブルー。今日付けで、ブル・ーソルジャーに昇格だ。」
「え?」
思わず顔をあげて、司令長官の顔をまじまじと見返してしまった。
冗談をいってる訳では…なさそうね。
と、いうことは?
「そういうことだ。」
「やっ…。」
バンザイしかけて、あたしはあわてて真面目な顔を作った。あ、でも駄目。ひとりでに顔面筋肉が緩んでしまう。
あ、でも待って。今、ブルー・ソルジャーに昇格したの、あたしだけだよね。
ルナは?最初の条件では、ふたり一緒って聞いたような…。
その疑問はすぐ解けた。
「さて、クラスター、君の配属先だが、当面は開発プロジェクトの宇宙船建造に携わって貰うことになる。」
「ありがとうございます。」
ルナは一礼すると、そのまま部屋を出ていった。
そうよね、元来彼女は技術畑の人間だもの。
あたしとコンビを組んだことこそ何かの間違いだったのよ。
「あの、それで、あたしの任務は?」
「外宇宙開発プロジェクトの統括者だ。」
「はぁ?」
あのー、あたし、正義のパイロットやってる方が、適材適所だと思うんですけどぉ。
開発とか開拓とか、何かを作るってのは、全然向いてないと思いまーす。
「これがそのプロジェクトの概略だ。サインする前に一応目をとおしておけ。」
つまり、あたしに選択権はないってこと?
「用件は、以上だ。」
一方的に、会見は終わった。
こらぁ、あたしが理解できるように説明くらいしてくれたってバチは当たらないでしょうが!!

「ブルー、ドックまで一緒にいきませんか?」
「ルナ。あんた、まだいたの?」
…と、これは失言でした。
しかし、ルナは一向に気にする様子がない。
はは、あの子のこういう寛大なトコ、好きだわ。
「今、ドッグって言ったよね。それってあたしが一緒だとマズイんじゃない?」
あたしの頭は素早くルナの任務を思い出していた。
ルナが関係しているほどの宇宙船となると、G連の極秘建造物にまず間違いない。
いくらあたしがブルーソルジャーに昇格したからといって、そういう機密においそれと触れることはできないはずだ。
「でも、ブルーの宇宙船なんですけど。」
「あたしの?」
「ええ。ほら、このプロジェクトにある『ネオ・プラネット号』が、私の設計なんです。ミーティア号でいろいろ実験した成果が全部詰め込まれてますから、ブルーとは相性もいいはずです。」
にこにこと答えるルナには、気負った様子は全然見受けられなかった。負けた。
ルナって、最高の天才科学者だわ。
それでもって、これって、これって、ぜーんぶあのクソ親父の謀に違いないのよねっ!!
あたしはたった今受け取ったばかりの「外宇宙開発プロジェクト」の概要をぱらぱらとめくってみた。
「…すごい。」
まさにその一言に尽きる破格の任務だった。
開発と名前は付いているけれど、実際あたしの役目は、その開発に至る航路の確保だった。
そのための資材、人材、とにかく、やたら条件がいいのだ。
まあ、うまい話には裏があるというわけで、何やら陰謀めいたものも感じるけど。
だって、この任務、終了までにどう少なく見積もっても5年はかかりそうなのよね。
場合によってはそれ以上かかることも充分考えられる。
もしかして、任務終了したとき、あたし、オバサンになってるかも。
だいたい「外宇宙」とは、はっきり言えば未知なる宇宙空域ってことでしょ。
なんだか体よく中心部から追い出されたって感じ。
あたしは、自分の宇宙船があって、快適に宇宙を巡ることができるんなら、それで文句無いけどね。
しかし、マジですごいわ、この宇宙船。
あー、思い出すだけでも胸くその悪いあの事件とか、気が滅入ってきそうなあの一件とか、あの時涙を呑んだ元凶が見事なまでに解決されている。
「ブルーに協力していただければ、もう少し改良の余地もあると思います。」
無邪気な笑みを浮かべた天使のような悪魔の囁きが、あたしに向けられた。
…前言撤回。
やっぱり、ルナは単なる実験ヲタクの天災科学者よ。
ともあれ、それからネオ・プラネット号が完成するまでの数ヶ月間、あたしがルナのモルモットに甘んじたのは、ひとえに「任務」のためだからねっ。

宇宙船をはじめとする物資はいいとして、一番の問題はその中味。
つまり乗組員である。
これがまた、その何というか、あたしの好きに決めていいっていうのよね。
勿論乗組員全てというわけじゃなくて、せいぜいプロジェクトの要ともいえるチーフとその周辺くらい、いわゆる宇宙船のメインスタッフだけど、それにしても難問には違いない。
第一、この任務に志願するような奇特な人がそんなにいるとも思えないのよね。
と思ってたら、いた。
銀河連邦には、ありとあらゆるタイプの職員と宇宙戦士が揃っているというのは伊達ではなかったのだ。
しかし、人事のなんたるかがわかってない者に志願とか希望調書とか言われても、はっきり言って困る。
正直言って、あたしが自分で決めたプロジェクトチーフはひとりだけ。
ネオ・プラネット号の船医として、兄、エディ・ユーナスの配属を申請しただけだ。
エディ・ユーナスは、現在のところ一介の病院船勤務医。
対するあたしは昇格したばかりとはいえ、ブルー・ソルジャー。
今回の任務については「可能な限り」あたしの権限を優先すると聞かされていた。
このチャンス、逃してたまるものですか。
任用は、医療部門のチーフとしてになるだろうけど、彼もあたしに勝ると劣らないオールラウンドプレーヤーならぬ、宇宙戦士。艦長権限でこき使ってやる!
まあ、そんなに力まなくても最初の打診で彼はあっさり船医を引き受けてくれた。
その代わり、条件が付いたけど。
なぁんと、彼の奥さんも一緒に乗せてくれって!
そんなことより、あの兄と結婚するとは、ボランティアの鏡みたいな女性だわね。
不束者の兄ですが末永くお見捨て無きようお願いします。
でも、この前会ったときには、そんなこと一言も言ってなかったぞ。
(あの後のようですよ。結婚したのは。)
エディ・ユーナスのメールを読みながらしんたが一応弁護めいたことを言っている。
(ブルー、ずっと家からのメールを読んでませんね。)
バ、バレてる。
おかしい、開封もせず速攻でゴミ箱送りにしたはずなのに。
(削除するなら着信履歴も一緒に修正しておくべきですね。どこから何が届いたのか、全部残ってますよ。)
あっちゃ〜。これだから手動操作は嫌いなのよ。
「だって、開封したら読んでなくても読んだことにされて、あとから何を言っても聞いてもらえないのよ。」
(だからといって、読まなくていいという理由にはなりません。今回のように、家族の一大事にも気が付かないでしょう。仮にもあなたは妹なんですから、お祝いの一言くらい在ってしかるべきでしたね。)
「お言葉ですけど、仮にあたしが反対したとして、エディ・ユーナスが結婚をあきらめるとでも?」
他人の意見に左右されるような、やわな神経をあの兄が持ち合わせているわけないじゃない。
だいたい、将来のことであの食えない親父様と対等に張り合って、我が道を突き進んだ兄なのだ。
(まあ、それはさておき、どうするんです?諦めますか?)
冗談じゃない。
「お義理姉さんに挨拶する良い機会だもの。ふたり揃って乗って貰うわよ。」
(…賢明な判断ですね。)
しんた、その「間」は何よ。
(いえ、別に。念のため、ひとこと忠告しておきますが、エディ・ユーナスは、あなたより10年以上人生経験が長いんです。その差を侮らないことですよ。)
「はーい。」
ともあれこれにて一件落着。
あたしはふたたび開発プロジェクトの仕事に戻った。
中央部の思惑がどうあれ、一大プロジェクトには違いないし、いずれはあとに続く者達への大切な役割を担った大航海になるのだから。

そうそう、ルナのその後だけど。
それが、あたしにも今ひとつよくわからない。
ネオ・プラネット号を建造してテスト航海が終わるまでは一緒に仕事してたのよ。
でも、ルナが最終チェックして、正式に艦長であるあたしに宇宙船の引き渡しを終えたら、どこかへ行っちゃった。
さよならの挨拶くらいはしたけど、その後については本人にもよくわかってないらしくて、取りあえずは休暇だそうな。
たぶん、次の配属先について熾烈なぶんどり合戦がG連とアカデミーとの間で繰り広げられているんだろうな。
考えてみれば、このプロジェクトに彼女が参加したのって、すごいことなのよね。
言うなれば、あたしはG連の最新科学の粋を手に入れたってことだもん。
欲を言えば、このまま技術部のチーフとして居て欲しいけど、それは、あまりに危険負担が多すぎる。
あたしは、あの子のモルモットじゃないのよ!
いずれにしても、ルナと一緒に仕事をすることはもうないだろう。
それこそ将来、あたしがソルジャー司令長官にでもなって、特別権利でも行使すれば別でしょうけど。
はは、遠い日の夢だわね。
いや、たとえその日が来たとしても、ルナとだけは二度と組むもんですか!
あたしに変わる実験の被写体が早くみつかることを心から祈るわ。

全ての準備が整った日、例によってあたしは上層部のお偉方からクドクドとありがた〜いお言葉を頂戴した。
何事も我慢我慢。出航さえすれば、あたしの天下よ。
「しんた〜、疲れた。」
でも、さすがにあの挨拶攻撃には参ったわ。
かといって、それが終わらないと発進のサインがでないんだもの。
これも艦長たる者の試練なのよね。
それでも、なんとか必要な許可を取り付け、あとは発進指示を出すばかりとなった。
うう、眠いよ〜。
(寝る前に、発進指示だけは出してくださね。)
ああ、面倒くさい。
「ねえ、エディ・ユーナスに任せちゃ、ダメ?」
万が一の時を考慮して、彼を副長に任命しているのだ。
あ、しんたが睨んだ…マズイ。
あたしは、しゃっきりと背筋を伸ばすと、そのままメインデッキに直行した。
すごい。各部署のチーフが揃ってる…って当たり前か。出航前だもの。
そういえば、あたし、エディ・ユーナス以外のチーフは知らないんだっけ。
結局、人員配置は、しんたに任せっきりだった。
はっきり言って、書類見ながら適性を把握し、適材適所に配置するなどという細かな作業があたしにできようはずがない。
こんな人材が欲しいという注文はつけたけど、その人がそうなのかどうかなんて、人生経験の浅いあたしに見極められるわけもないし。
そういうときこそ、しんたにお任せ。これぞ適材適所な人選よねっ。
ここにいるのはしんたが太鼓判を押してくれたスタッフだ。
あたしは全面的に彼らを信頼する。でなきゃ、この先の長い航海をやっていけないもん。

「ネオ・プラネット号の艦長、プロミネス・ブルー・ユリアンです。」
あたしは、意気揚々と自己紹介を始めた。
視界に映るは、自分の船、自分の部下、そして無限に広がる大宇宙。
もう、最高!うん、明るい未来があたしを呼んでいる。
るんるん気分であたしは、次々自己紹介していくチーフとにこやかに挨拶を交わしていった。
「ブルー、ついでだから紹介しておこう。」
エディ・ユーナスがあたしを手招きした。
たぶん、お義理姉さんを紹介するつもりなのだろう。
身内びいきと言われるのを避けるため、お義理姉さんはチーフでなく「顧問」で任用した。
しんたはチーフで任用しても文句は出ないと言ってくれたけど、やっぱり、まあ、いろいろとね。
あたしは、誘われるままに兄の側に歩み寄った。
どんな女性なのか、正直、興味津々。
そして。
「技術部顧問のグリューネ・ルディーナ・K・ユリアンです。」
…その瞬間、明るかったはずのあたしの未来は、ずーんと…真っ暗になってしまった…。


レッド・ソルジャ編−END−