燃ゆる錦
ときは慶長五年(1600年)七月、上杉景勝が欺き、徳川家康は会津征伐に東下した。その留守に、石田三成が、兵を挙げようとし、大阪の屋敷に残る大名の妻子を人質に取ろうと画策した。
「千世、何をのんびり構えてるの!」
 前田家の姫にして豊臣の養女である豪姫が、細川家の庭に忍び込んで底の庭先でため息をついていた奥方に声をかけた。
「姉上様。」
 驚いて駆け寄る千世の打ち掛けをぐいっと幅広に広げて、今風で言うバサラものの格好に近くした。みれば、豪姫もそうしている。もっと彼女は、宇喜多家夫人に収まる前からバサラものとして秀吉に気に入られていたので、その着こなしたるや見事なものである。
「ここをこうして、もうちょっと髪を上で結って、刀を持てば、十分男子で通じるわ。」
「しかし…三成が。」
「あんなの放っておけばいいの。とにかくこのまま、前田へ戻るわよ。政所様のとこでもいいんだけど、余計な心配はおかけしたくないもの。馬には乗れたわね。」
「でも、義母様(ガラシャ夫人)がなんとおっしゃるでしょうか。」
 すっと豪姫の表情が諦めの寂しさを浮かべた。
「あの方は、忠興様のお言いつけがある限り、この屋敷を出やしないわよ。そういう方だって事は千世だってよくわかっているでしょう。」
「でも…」
「それより、江戸の母様から、千世の事はくれぐれも頼まれてるんだから、こんなところで炎に巻かれるわけにはいかないの。」
 気が付けば、千世を呼ぶ細川家の家臣の声が聞こえなっている。そのかわり、屋敷の一番の奥手がくすぶり始めていた。
「お義母様!」
「そういう訳だから、私があなたを連れに来たの。」
 いかに豊臣に養女の権勢はおちぶれていずとも、この大騒動の中をバサラものとしてわざわざ助けに来てくれた姉の心遣いが胸にしみた。
「行くわよ!」
 きっぱりと馬に命じる豪姫の声が響いた。それを合図に二頭の馬が、バサラものを乗せて町中へと走り出る。各大名家に目を注いでいた三成の配下にはあのバサラものが捕らえるよう命じていた大名夫人とは思わなかったようである。こうして豪姫と千世姫は、前田邸に駆け込み救を得た。
 余談ではあるが、あの炎の中でなくなったガラシャ夫人の影響がことのほか大きく、三成もそれ以上の強硬な策に出られなかったという。小さな一件ながらも歴史を動かしたとも言われる所以である。

 その後、千世は義母の件で細川の家を追われた。しかし、千世を愛する前田家では、幼なじみで股肱の臣のもとへ再嫁させ、落ち着いた余生を送ったという。
豪姫(前田家三女→豊臣家養女→宇喜多秀家夫人→前田家へ蟄居
千世姫(前田家七女→細川忠隆夫人→村井長瀬嫡男へ再嫁

名より実を取る家風といわれるだけあって、豪奢な生活を一度送った姫はのちに苦労してます。
それがこの時代のならいと言えばそうなんですけどね。
CG:CAROL様、創作:NARU
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