旅は道連れ
草原の村に住むリッキーは妹のディッキーとともに、隣の村までおつかいを頼まれた。
ふたりの父親は草原と砂漠で広く隊商を率いて商いを営んでおり、今回のおつかいは将来に備えての予行演習の一環という趣がある。
何しろ、隣村とはいえ、草原と砂漠を隔てた両者の間には、旅慣れた大人の足でも3日はかかろうという距離があるのだ。
もっとも、そこは子供の旅ということで、余裕を入れて5日後までにという条件を付けてのおつかいだった。
父親を尊敬し、旅に憧れているリッキーは大喜びだが、さすがに子供二人だけでは村の外に出せないと、同じ方角に向かう旅人が同行することになっていた。
しかし、その旅人というのがどうもあやふやなのである。
「その旅の人、名前はなんて言うの?」
「はて、何と言ったかな。」
「え?名前も知らないような人と一緒に行くの?」
とたんに不安そうな声を上げたリッキーに父親は大丈夫だと請け合った。
「古くからの知り合いだが、いつもトリさんと呼んでるからな。」
「トリさん?で、どんな人なの?」
「どんな人といわれてもなあ。会えばすぐわかるとしかいいようがない。村の入り口の水場で待ってるはずだから、まあ、しっかり鍛えてもらうんだな。」
父親に、にこにこと見送られてリッキーとディッキーは旅に出たのだった。

待ち合わせの水場は村の門のすぐ傍にある。
「トリさんって、どこにいるんだ?」
それらしき人影を求め、リッキーはたいして広くもない水場を見渡した。
しかし、水場にいるのは自分達ふたりと巨大な黄色の鳥だけである。
「おかしいなあ。まだ来てないのかな?」
「でも、お父さんは水場で待ってるって言ったんだから、先に来てるはずよね。」
首を傾げたディッキーと鳥の目があった。会えばわかると言った父親の言葉がふと脳裏をよぎる。
「まさか、ね。」
ピクリと眉を顰めた先で、鳥の方からふたりに話しかけてきた。
「隣村へ行くというのはその方らか?」
「そうだけど?」
「そうか。では、忘れ物はないな?」
「へ?」
リッキーからなんとも素っ頓狂な声が発せられた。
それは問われた意味がわからなかったからではなく、尋ねた理由の元となる事実に驚いたからである。
「なんでだよ!」
次の瞬間、彼は叫んでいた。
「・・・サギだ。」
「あのような鳥の名で呼ばれようとは、まことに遺憾である。」
ぶすっと眉間にしわを寄せたまま、トリさんは反論した。
それでも旅慣れた旅人らしく、話している間に手早く荷物を背負い歩き出した。
「どうした、置いて行くぞ。」
「それはこっちの台詞だ!」
この地点でリッキーはトリさんを無視して隣村へ行くことに決めていた。
どう見てもでっぷりしたトリさんの歩く速度は自分達より遥かに遅いと思われたからである。
しかし、トリさんの歩く速度は尋常でなかった。
ディッキーとリッキーはマラソンランナーよろしく駆け足でトリさんを追うことになったのである。

ロードワーク並みの速度で進んだおかげか、日差しが本格的にきつくなる前に一行は砂漠により近いオアシスに到着した。
すでに草原の緑はまばらになっており、ここからは計画的に進まないと水が補給できなくなる。
初めての旅とはいえ、リッキーもそのくらいの予備知識は持っていた。
泉の水をひとしきり飲んだ後、トリさんは大きく息を吐いた。
「そもそも、このような暑い昼間時に旅するなど、私の好むところではない。」
「わたしだって暑い中、砂漠を歩くのは嫌いです。」
「ほう?」
素直に反応したディッキーにトリさんは目を細めた。
「なに言ってんだよ!ぐずぐずしてたら、夕方までに次のオアシスに着けなくなるじゃないか。」
今度はリッキーが反論する番だった。
それは暑い中砂漠を歩くのは体力をいたずらに消耗するだけだと主張して止まないトリさんと真っ向から意見がぶつかる形となり、両者は水辺で睨み合った。
「無駄に抵抗してもしようがあるまい。だいたい、2対1でとっくに結論も出ているのだぞ。」
「2対1?」
視線を向けた先でディッキーがごめんねと肩をすくめた。
「ディッキーの裏切り者。」
「だって、暑いの嫌いだもん。」
「そういうことだから、今しばらくは、ここで休むとしよう。」
そのままトリさんは瞑想に入ってしまった。
「嫌だ!首に縄を付けてでも引っ張っていくからなっ!」
躍起になったリッキーはそのままトリさんにベルトを巻き付けて思い切り引っ張った。
だが、ベルトはぴしっと革の張りつめた音を響かせただけで、トリさんはその場にどっかり座り込んだままだ。
「ええい!」
リッキーは力任せにベルトを引っ張り続けたが、トリさんはまんじりと動かず、次第にリッキーに疲労の色が濃くなってきた。
「がんばるのう。」
ときおりうっすら目を開けたトリさんは怒るどころか面白がっている様子である。
一方で成果の上がらないリッキーは、息が上がり続け、ついにその場にへたり込んだ。
「やっぱりサギだ。」
疲労困憊、疲れ果てて、リッキーは行き倒れよろしくすとんと眠りに落ちていった。

リッキーが規則正しく寝息を立て始めてしばらく後に、瞑想から完全に脱したトリさんがムクリと立ち上がった。
「よっこらしょっと。」
気のせいか、立ち上がった姿は朝みた時より幾周りか大きく見える。
目の錯覚だろうかと瞬きを繰り返すディッキーにトリさんは両翼を大きく広げて見せた。
「え!?」
それは決してディッキーの目がおかしくなったわけではない証拠に、トリさんは身長の5倍以上はあると思われる翼を羽ばたかせたのだ。
「トリさんって空が飛べるんですか?」
「大抵の鳥は飛べるものだ。」
さも可笑しそうにトリさんは答え、背に乗るようあごをしゃくった。
子供二人が乗ってもまだ十分すぎるほどに余裕のある背中である。
「ちょうど日も落ちたことだし、そろそろ行くとするか。」
腑に落ちない表情のディッキーに、トリさんはお茶目なウインクをひとつ寄越した。
「切り札は最後に使わねば面白味がない。」
そういうものだろうかとディッキーは訝ったが、このまま砂漠を歩かずに済むならそれに越したことはなかった。
「朝の涼しいうちは歩いてもよいが、午後の砂漠を歩くなぞもってのほかだ。」
「それなら最初から飛べば楽でいいのに。」
「それでは旅が面白くない。」
「そういう問題なんですか?」
「ほかになにがあるというのだ。」
きっぱり言い切られ、ディッキーは返す言葉が見つからなかった。
「では、行くとするか。」
しれっとした言葉を残してトリさんは日の傾き掛けた大空に舞い上がった。

ディッキーとリッキーを乗せたトリさんは、乾燥した世界をひとっ飛びに次のオアシスへと到着した。
そこはまわりの雰囲気といい、さきほどまでいたオアシスとさして代わり映えのしないところだった。
「でも、よく見たら、太陽の沈むところが違うし、星の位置だって少し違う。」
空を仰いだディッキーにトリさんは目を細めて頷いた。
「そのとおり。要するに、気が付かない方が悪いのだ。」
にっと笑ったトリさんの含むところを察したディッキーはリッキーの寝顔をちょいちょいとつついてみた。
けれども、ぐっすり寝込んでるらしいリッキーが目を覚ます気配は感じられなかった。
ディッキーほどに星見の知識がないリッキーが、目を覚ました時どういう反応を示すのか、分かり切っている。
「きっと予定どおり進んでないって怒るんだろうなあ。」
だが、それより問題なのは、事実を知った時のリッキーの反応だった。
妹が知っていて兄が気が付かなかったとあっては、何かと罰が悪かろう。
「ちょっとかわいそうかも。」
しかし、それこそが父親の狙うところだった。
だからこそリッキー一人でも十分なおつかいにディッキーとふたりで寄越されたのだ。しっかり鍛えてもらえと言った裏には、父親なりの息子への心遣いが込められていたのである。
それを生かすも殺すも本人次第。リッキーの旅はまだ始まったばかりなのだ。

トリさんと子供
つづく・・かもしれない
CG:まささ様、創作:NARU
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