ラブ・ターゲット
黄昏時の荒野に対角から銃声が1発響き渡る。
凪いだ風が荒野を巡り、硝煙のツンと鼻につく匂いを消していった。
「終わったな。」
残ったのは自分。
どうやら今日も生き残れたらしいと、ディン・マシーナリーは、まだ熱さの残る愛用の銃を無造作に腰のホルダーに戻し、傍らの木に繋いでいた馬の手綱を解いて、その背に跨った。
「さあ、帰るぞ。」
ディンがたてがみを撫でてやると、馬はブルブルッと首を振り、ダダンと勇み足で歩き出す。
「相変わらずご機嫌斜めだな。」
軽い溜め息とともに手綱を引いて、走り出そうとした時だった。
あたりを茜色のベールが覆い、見事なまでの夕焼けが空を支配した。
決闘後に夕焼けを見るのは別に珍しくないことだが、今日のそれは、芸術などにはてんで無関心なはずのディンをしても、思わず歩みを止めて見入るほどの美しさであった。
鮮やかな、それでいて全てを包み込むような豊かな色彩は、刻一刻と変化していき見る者を飽きさせない。
大自然の芸術の偉大さを目の当たりにして、ディンはしばし時を忘れた。

どのくらい時間が過ぎただろうか。
気が付くと、宵の空は茜色のベールの上に、夜の帳をまといつつあった。
今度こそ帰ろうと手綱を取ったディンは、次の瞬間、人の気配を感じて動きを止めた。
殺気とは違う、けれども恐ろしく緊迫した空気がディンの行く手を阻んでいる。
ディンは振り上げた手綱を下ろす代わりにすばやく腰から銃を抜き、直感的に狙いを定めた。

「ディン!」
緊迫した方角から現れたのは、ディンの幼馴染みであるマリアンだった。
「マリアン?」
ディンの銃口は、一寸の狂いもなくマリアンの心臓に向けられていた。
対面した鋭い眼光の先で、マリアンは一瞬だけたじろいだようだが、すぐにいつもの彼女に戻っていった。
「ディン。」
マリアンは、馬上のディンを正面から捉えると、瞳の中に彼の姿を閉じこめ、ふわりと微笑んだ。
柔らかな微笑みに凍てついた時間が再び動き出す。
ディンは構えていた銃口を下ろすと、素早く腰に納め、馬から下りた。
「ディン!」
小走りに駆けてきたマリアンをディンは両手で抱き留めると、親愛を込めて互いの頬を寄せ合った。

「心配して損しちゃった。」
マリアンの抗議めいた声にディンは首を傾げた。
「だって、なかなか帰ってこないんだもの。」
いつもなら、決闘が終わるとすぐに帰ってくるのに、なかなか戻ってこないディンを彼女なりに心配して様子を見にやってきたらしい。
「ディンには前科があるものね。」
どこかからかいを含んだ微笑みに、ディンはむうと口をしかめた。
マリアンは早撃ちの技が勝敗を決める決闘に関して、ディンの心配をしたことは一度もない。
しかし、それ以外のことでは、常に心配の種が尽きなかった。
とりわけディンは、なぜか決闘に出向く時、馬との相性が最悪で、途中で振り落とされたり、置いてけぼりを食わされたりと、何かと不幸な事故に事欠かなかったのだ。
だからといってディンの馬術が下手だと言うわけではない。
調教師とまではいかないが、そこそこの牧童として働くには十分な力量を備えいるのだから、むしろうまい部類に入っているといえよう。
「だいたいディンは注意力散漫なのよ。」
マリアンはディンを軽く睨んで警告した。
「それだけ凄い腕を持ってるのに、ぼうっとしてることの方が多いでしょ。それによく居眠りするし。しかも、ところ構わず・・・こらあ!ディン、人の話を聞きなさい。」
言ってる側から、ディンの瞼は重なり合い、カクンと首が垂れかけたところをマリアンにひじ鉄を食らわされた。
決闘は、ディンにおそろしいまでの緊張を強いる。
その反動で、安心できるところでは、つい気が抜けて、疲れの度合いによっては居眠りしてしまうのだ。
けれども、マリアンにはそんなディンの事情はわからない。
この界隈で超一流の射手として名を馳せていようが、彼女にしてみれば、気がおけなくて、どこか頼りない幼馴染みに過ぎないのだ。

「そんな風だと、いつか撃ち損ねて死んじゃうんだから。」
「うーん、当たってるかもしれないな。」
心当たりがあるかのようにディンは空を仰いだ。
「ええ!?」
小さく呟かれた言葉を耳敏く聞きつけたマリアンは、反射的にディンを振り仰いで睨み付けた。
「言っていい冗談と悪い冗談があるわ。」
決闘の敗者に生与の選択肢はない。
故に、今こうして生きているディンが、決闘で撃ち損なって失敗したということなど、あり得るはずがないのである。
「でも、撃ち損ねたことがあるのは本当だよ。」
ディンの言葉にマリアンは信じられないと目を大きく見開いた。
「ディンが撃ち損なったの?」
驚きと不安に満ちた声がディンに投げかけられた。
「そうらしいね。」
まるで他人事のような返事にマリアンは信じられないと首を振った。
「でも、事実は、事実だからね。」
さらりと言い流すだけのディンにマリアンは苛立ちを顕わにして言い寄った。
「それでディンは平気なの?撃ち損なって死んだら何にもならないのよ。そんな気弱なこと言うディンなんて、ディンらしくない。」
「随分な言われようだな。」
顔をしかめたディンをマリアンはいつになく挑むような瞳で睨み付けた。
ふたつの視線がぶつかり合い、互いの瞳の中により鮮やかな輝きを加えていく。
その生気溢れる輝きから先に目を反らせたのはディンだった。
「ディン?」
「だから、僕の負けなんだ。」
ディンは、マリアンに向かってはっきりと負けを宣言した。
「ターゲットからは、先に目を反らせた方が負けだ。第一、的を見ずして撃てるわけがない」
そしてディンは申し訳なさそうにマリアンに囁やいた。
「マリアンの瞳の前に、僕は無力なんだよ。」
するりと衣擦れの音がディンの傍らを流れた。

突然の告白に、明らかにマリアンは虚をつかれていた。
「大丈夫かい、マリアン。」
ディンは腕に力を込めてマリアンの脇を捉え、しっかりと大地を踏みしめた。
あとほんの少し腕に力を入れれば、マリアンはディンの中にすっぽりと収まってしまうだろう。
だが、ディンはそうはしなかった。
両手でしっかり支えながらも、決して閉じこめるでなく、マリアンとの間に一定の距離を保っている。
「ずるいわ、ディン。」
マリアンは拗ねたようにディンを睨んだ。
この調子では、せっかく告白してくれても、月並みの恋人らしく振る舞ってくれるのがいつになるやらわかったものではない。

だから、それはほんの一瞬の閃きから出た賭けだった。
ディンの言葉を借りれば、銃で撃ち合うだけが決闘ではないと言える。
それならばと、マリアンはターゲットをディンに定め、いつになく強い煌めきを持った瞳を向けた。
「勝負よ、ディン。」
早撃ちのディンに挑んだのは、彼が最も苦手とする魅惑的な眼差しだった。
ディンが視線を逸らす直前で、マリアンは強い声で彼の名を呼んだ。
「ディン。」
何か言おうとしたマリアンの先を制してディンは素直に負けを認めた。
「降参だ、マリアン。」
「いいの?そんなにあっさり負けを認めても。」
「勝ち目のない勝負には、すぐに降参することにしてるんだ。」
ディンの逃げの一手は当然にマリアンの予測の範囲内だった。
「だったら、私の言うことを聞いてくれるわね。」
決闘において敗者の生与は勝者にある。
それを逆手に取ってのささやかなるマリアンの反撃だった。
「僕にできることならね。」
あと一押し。
マリアンは、ディンを見上げて微笑んだ。
「じゃあ、キスしてちょうだい。」
すぐ間近にマリアンの吐息を感じ、視線を少し下に向ければ、彼女の襟足からふくよかな胸元が覗いている。
ディンに救いがあるとすれば、マリアンは「どこに」と場所を特定しなかったことだ。
ディンは、散々迷った挙げ句の果て、マリアンの小さな額にターゲットを定めて唇を落とした。
が、触れる直前で、マリアンはすうっと背伸びしたのである。
冷たい額ではなく、暖かくて柔らかな感触がディンに伝わった。
諸手を挙げて降参したあとにディンを待ち受けていたのは、理性との不毛な戦いであった。


おわり
CG:CAROL様、創作:NARU
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