約束
元和6年(1620年)春、千代田城は和子姫の入内の準備でごったがえしていた。武家の娘が禁裏に嫁ぐということで、その支度の力の入れ用は並大抵のことではない。だが、回りの思惑はともあれ、嫁ぐ当人はまだ13歳の童女である。末っ子に生まれて、両親はもとより、兄や姉たちからもちやほやされてのんびり育ったこともあるだろうが、それ以上に持って生まれた気質が、なんともあっけらかんと鷹揚であったのだ。

江戸を出発する前の日、和子は西の丸にいる兄、竹千代(後の家光)を訪ねた。
無口で不器用な3つ年上の兄が、和子は好きだった。
「兄上、出発のご挨拶に参りました。」
案内も乞わずに、するりと入ってきた和子を竹千代は苦笑混じりで部屋に招き入れた。
和子は他人と接することが苦手な竹千代が、無条件で受け入れることのできる数少ない相手だった。
「兄上、お健やかに過ごされませ。」
「そなたも達者でな。せいぜい身体をいとうのだぞ。」
ませた口調で挨拶を述べた和子に竹千代がしゃちほこばった挨拶を返すと、どちらからともなく笑いが漏れる。
そこへ第三の溜息が加わった。
「慣れぬところへ輿入れとは、姫もご苦労でござるな。」
兄妹より一段低い位置から響いてきた声に、和子の表情が更に明るくなった。
「まあ、七郎。お前もいたのですか?」
和子は下の間で正座している小姓の前まで気軽に足を運んだ。
「姫。」
困ったように顔をしかめた七郎(後の柳生十兵衛)を、和子はくったくない表情で覗き込んだ。片目に眼帯をしている七郎は、それゆえに目つきが悪く、生来の眼孔の鋭さから、ともすれば相手を睨み付けているような印象を与えてしまう。しかし、無愛想な兄に臆することのない和子の底抜けに明るい性格は、七郎のいかめしい様相にも全く動ずることはなかった。
「兄上は、相変わらず?」
ぎりぎりまで潜められた声が、和子の口から漏れた瞬間、七郎の表情からとまどいの色が消えた。
次に浮かんだ七郎の真剣な眼光を和子は正面から受け止めた。
声に出さずとも、それだけで和子には十分だった。
再び和子のくったくのない笑い声が竹千代に向けられた。
「於福に追い出される前に帰ります。」
何か言いかけた竹千代に無邪気な笑顔を残して、来た時と同じように和子はあっという間に西の丸から去っていった。

「何を話していたんだ?」
和子の去ったあと、竹千代はすぐさま七郎に尋ねた。
一瞬の間の出来事ながらも、竹千代はふたりの間でのみ交わされた会話を敏感に感じ取っていたらしい。
七郎が黙っていると、竹千代はわざとらしく溜息を吐いて見せた。
「どうせふたりしてわたしの悪口でも言ってたんだろう。」
「お心当たりがお有りでしたら、そういうことです。」
にこりともせず答えた七郎に竹千代はふくれた。
こういうところが、年下である彼らと同等に付き合える要因なのかもしれない。
「まあ、よい。だが、いずれ和子には、借りを返さねばならぬ。」
竹千代は和子の住む本丸をじっと見つめていた。

今でこそ竹千代は徳川三代目のお世継ぎとして公認されているが、それが危うい時季があった。繊細な少年の心にそのことが暗い影を落とし、寂しがり屋の元気のない子であった。親から疎んじられ寄りつく人もいない日々が続く中で、和子だけが機会あるごとにそばにすり寄ってきて、甘えたりからかったりしてくれた。和子の笑顔は、柳生家から竹千代付き小姓として傍に上げられていた七郎にも同様に向けられた。和子にしてみれば、無邪気さの延長線上の出来事かもしれないが、大人世界から取り残されていたふたりの少年にとって、彼女のくったくない笑いは救いであった。

とはいえ、怖い者知らずでやってくる和子に、時にはひやりとさせられることもあった。武家に生まれたからには、当然竹千代もその教育課程の中で剣術が科せられる。ふたりが剣術の稽古をしている中へ、和子は平然と割り込んできて、とりわけ七郎を慌てさせたものだった。和子も武家の娘として、剣の扱いほどは嗜みとして知っていたが、竹千代や七郎のように本格的に学んでいるわけではない。懇願に負けてうっかり持たせようものなら、それこそとんでもないことになる。
「ねえ、いいでしょう?」
あどけない少女の笑顔に、七郎は必死で首を振り続けた。
七郎がダメなら、今度は竹千代へと矛先を変える。
「若君、絶対に、絶対にダメです!」
だが、七郎の願いも虚しく、和子に甘い竹千代は、あっさりと練習用の竹光を渡してしまうことが常だった。そうなると相手をするのは、当然のごとく七郎の役目になってしまう。同じ年頃の者に比べれば、七郎の剣術は格段に上であったが、無鉄砲な少女を余裕であしらえるほどには上達していない。うっかりかすり傷でもさせようものなら、それこそ一大事である。和子の相手をすると、竹千代との練習以上に、七郎はぐったりするのだった。

しかし、七郎は、無邪気さを装ってやってくる和子の中に、竹千代とは違う真剣さを感じ取った。単なる気まぐれなお遊びとしては、片づけられない何かを和子の攻撃の中に見出したのだ。だが、それを尋ねることはできなかった。
あれだけくったくのない様子を見せているのに、剣術の相手をしてもらいたがる理由だけは、なぜか聞けない雰囲気があったのだ。ふと竹千代に視線を向けると、彼は甘い兄を装いながら、実際は厳しく和子の上達ぶりを見つめている風だった。
(若君は、何かお考えがあって姫の相手を私にさせているのだ。)
聡明な七郎が、そう結論付けるのに、大して時間はかからなかった。
だが、同時にその理由が明らかになるのにもそれほどの時間を必要としなかった。
和子姫入内。
その発表を耳にしたあとで、いつものように無邪気にやってきた和子の顔を七郎はまともに見ることができなかった。

一方、和子の方は、けろっとしたものである。落ち込み加減の七郎を不思議そうに見やると、まるで他人事のように話し始めたのだ。
「だって姉上達は、みんな私より年のいかないうちに他家へ嫁がれたもの。10歳を超えて母上と一緒にいるのは私だけ。それだけでも私は恵まれているわ。」
言われてみて確かにそのとおりだとは思う。
だが、それではあの真剣さはどこから来ているのか。
いぶかっていると和子は察したようにぽつりと呟いた。
「兄上を守りたかったの。」
「若君を、ですか?」
いぶかった七郎に和子は頷いた。
「兄上は、自害なさろうとしたことがあるの。」
思わず息を呑んだ七郎に和子はあたりを見回し、回りに誰もいないことを確認するとそっと話を続けた。
「いつものようにこっそりお部屋へ入った時、兄上が剣を抜いてて、じっと眺めてらしたの。その様子が普通でなくて、怖くて・・・気がついたら、私の手に血の付いた剣があって、兄上が怪我をしていた。もしも、その時、扱い方を知っていたら、兄上は怪我をせずにすんだかもしれない。」
きゅっと唇を結んだ和子を七郎は改めて見つめ直した。和子は覚えていないと言ったが、おそらくふたりの間で剣を取り合うほどの切迫した状況があったことは容易に察せられる。そして怪我をしたことで竹千代は我を取り戻し、結果として大事には至らなかったのであろう。
「於福はそのことを?」
尋ねた七郎に和子はこくんと頷いた。だが、「御台様は?」との問いには首を振るばかりだった。七郎が竹千代の傍に上げられたのは、それからほどなくしてのことであった。

「そのうち、父上と母上が入内の話をしているのを聞いてしまったの。とても・・・難しいところだって。でも、私の入内はお爺様の悲願だから、絶対だとも。」
入内に際しては、和子の警備も兼ねて大勢の侍女が供に付けられるのは間違いないが、それでもひとりになることはあろうし、公の場に侍女を同席させられないこともあるだろう。結局のところ、自分の身は自分で守るしかない。聡明な和子は、身を守るために最低限の護身術が必要であり、そのために為さねばならぬことを知っていた。
「だから、剣術を?」
「兄上の監視を兼ねて、一石二鳥でしょう。だから、七郎も協力してくださいね。」
最後ににこりと笑った和子を七郎はまぶしく見上げるだけだった。そして、和子は嫁ぐ前の日まで、兄の竹千代の身を案じ、また自らの鍛錬も欠かすことはなかったのである。

和子の入内はこれまでに類例がないほどに豪華を極めていた。だが、どれほどに華美を尽くそうとも、禁裏の門をくぐったときから、和子はひとりだった。同じ武家に嫁いだのであれば、実家帰りもできたであろうが、こればかりはどうにもならない。幸いにして、後水尾天皇との夫婦仲は円満であったが、和子が京の徳川邸である二条城を訪れることができたのは、嫁いで7年目のことであった。時の将軍は家光と名を改めた兄竹千代であり、後水尾天皇の二条城行幸と言う形でようやく和子の里帰りが実現したのである。この時、和子は3度目の懐妊中であり、前のふたりが女宮であったため、男皇子への期待が非常に高まっていた。天皇の行幸に先立って、女御の行啓が行われ、和子は文字どおり一足早くに二条城へ入った。しかし物々しい出迎えの中でゆっくりした挨拶が交わせるはずもなく、和子と家光はちらりと視線を交わしただけに終わった。和子の一行が用意された部屋に入ったところで、家光は傍らに控えていた従者に目を移した。隻眼の武人は、無言で主の傍から城の奥へと消えていった。

夢にまで見た里帰りだが、行事に次ぐ行事で、肝心の兄や父とはじっくり話をする暇もない。ここでいう行事とは儀式であり始終無言であったから、家族の会話など成り立ちようがなかったのである。和子がやっと兄と口をきくことができたのは、宴会が終わって、別室に退くわずかなひとときのことであった。久々の兄妹の再会をおもんばかってか、傍付きの侍女や小姓達もこの通路の一帯だけは遠慮するようお膳立てしてあったのだ。
「兄上。遠路、ご苦労でありました。」
7年前に別れたときより幾分大人びた微笑みが家光に向けられた。と、その微笑みにふと翳りを感じた時、家光の前を鋭い風が突き抜けていった。灯りが消え、同時に和子が家光を突き飛ばし、両者の離れた床に鋭い刃物が突き刺さっている。驚いた家光が小柄に手を掛けた時、キンと刀の振り合う音が響いた。
「七郎!?」
闇の中で立ち会う姿に和子の驚愕した声が懐かしい名前を発した。
勝負は一瞬のうちに着いたようだった。暗がりの中に一度だけ刃のきらめきを和子は見たが、それきりで、あとは静寂が戻り、再び灯りの中で兄と対面したのである。
「面目ございません。」
足下の声に、家光はかぶりを振った。
「忠告を受けながら、和子とふたりきりで会いたいと我が侭を押し通したのは私だ。」
「兄上?」
「危険な目に遭わせてすまぬ。だが、どうしても和子に、直接伝えたかったのだ。」
家光は、そっと和子の手を取って引き寄せた。
「もう、私は大丈夫だ。それから、これから私がどのようなことをするか、じっと見ていて欲しい。決して和子に悪いようにはしないから。なにせ、私は生まれながらの征夷大将軍だからな。」
半分、おどけた口調の家光に、思わず和子の笑みがこぼれた。
「兄上・・・兄上。」
だが、同時にほろほろとこぼれ落ちる涙をどうすることもできなかった。
「和子、大丈夫だ。七郎も、今は十兵衛と言うのだが、ここにいる。今宵はもう、心配はいらぬ。」
家光はしゃっくりあげる和子の肩をしっかりと抱きしめた。どんなときにもくったくない笑顔を向けていた顔が涙にぬれ、華奢な身体が小刻みに震えている。再会の挨拶の時も和子は微笑んだままだったが、内心ではどれほど心細い思いで過ごしてきていたか、今更のように家光は思い知らされた。
和子の回りには、入内の時から万全を期して配下の者を付けていたが、彼らだけでは自ずと限界があることを、今夜家光は身をもって知ることとなったのだ。和子がかつて七郎に話したとおり、自分の身は自分で守るしかないことが証明されたのである。
(だが、このままでは、和子の身がもたぬ。)
例え強硬な手段になろうとも、和子の安全を確保せねばならぬと思案顔になった家光の視界に、傍に控える十兵衛の姿が映し出された。
(柳生の・・・。)
ふと顔を上げた十兵衛と家光の視線が交差した。ともすれば目を反らそうかとするような家光の何とも度し難い視線を捉えた十兵衛は、一瞬だけ不敵な笑みを浮かべたが、すぐまたいつもの無表情な武人へと戻っていった。

寛永3年(1626年)10月、柳生家の嫡男、十兵衛が将軍家光の勘気に触れて致仕した。けれども、謫居の理由ははっきりしない上、父宗矩は何の咎も受けることなく家光に仕え続けた。その後赦免されて再び出仕するまでの十数年間、十兵衛は、ほとんど柳生の地で新陰流の事理に関する研究に従事していた・・・ということになっている。十兵衛が出仕を許される少し前、家光は3度目の上洛の途についた。これは家光が将軍としての最後の上洛であり、これ以降、幕末の動乱期に14代将軍家茂が上洛するまで200余年、将軍の上洛は絶えて無くなる。それだけ朝幕間が円満であった証拠だが、それだけの「何か」が空白の間にあったとしても今となっては知るよしがない。

おわり
徳川和子(1607〜1678)
徳川秀忠の第五女。母は浅井氏(三女・お江)。姉の千姫が豊臣秀頼に嫁いだことの方が有名かも。
1620年、時の天皇(後水尾)に嫁ぐ。将軍家から入内したのは、彼女が最初で最後。
夫との間に二男五女を生み、うち、長女は明正天皇として即位。
末っ子ということもあり、和子は大らかで物事に拘らない明るい性格だったらしい。
彼女が朝廷で肩身の狭い思いをしないようにと、父(秀忠)と兄(家光)がお金を湯水のごとく使ったのは有名。
そのためかどうかは不明だが、彼女は「東福門院(東より福をもたらす門)」と呼ばれ、実家の期待どおり、幕府と朝廷の平和の架け橋となったと言われている。
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