いざ、参る!
 勝負事に対しては、端から遊びと割り切って楽しむ者と、何が何でも勝たねばならぬと必死になる者とふたとおりの人種がいる。江戸でも五指に入るといわれる呉服の大店越後屋の孫娘お勝は、明らかに後者に属する人物だった。けれども、負けるのは嫌だが、相手に手加減されるのはもっと嫌という一面も持っている。その上、男女七歳にして席を同ぜずと口うるさいご時世のこと、いかに男まさりといっても勝負してくれる相手がいないのでは仕方がない。だが、何事にも例外はあるもので、正月の「追い羽根」だけは遠慮なく楽しむことができた。
 羽根突きは、もっぱら女の子のための正月遊びとされているが、追い羽根となると少し事情が変わってくる。あろうことか、右方・左方に方を分ち、男女混合で勝負を競うことになっているのである。お勝がこれを正月の楽しみにしているのはいうまでもない。
「おとっつあん!あれほどお願いしておいたのに、お勝の参加を許したんですか」
 宿下がりをしてきた娘のお栄が眉をつり上げて父親に攻め寄るのも毎年のことで、大番頭はじめ店の者は黙りを決め込んでいた。越後屋の娘お栄は去る大名の側室として寵愛を受け、娘のお勝を産んだ。けれども、数ある他の武家出身の側室達とは一段低い身分と見なされていることが幸いして、お栄は頻繁に里帰りをしていた。
 ひとつには、台所事情の苦しい大名屋敷で質素倹約を旨に暮らすより、実家で贅を尽くした生活の方が楽しいこともある。里である越後屋もそのあたりのことを見越して、何かとその筋の方々へぬかりなく付け届けを心がけていたから、お栄の里帰りを阻む者はいなかった。母親が万事この調子だから、その娘も当然それに倣って大名家のやんごとなき姫君とはかなり趣を異にしていた。
「そうはいってもだな。せっかくお勝が楽しみにしているものを」
「いーえ、おとっつあんはお勝に甘すぎます。あの子も今年で15。そろそろ大名家の姫らしくしてもらわねば嫁の貰い手がなくなります」
「そうか?大名の息子なんぞ腐るほどいるぞ」
「おとっつあんは、跡目も継げず満足な禄もない甲斐性なしにお勝を嫁がせたいんですか。」
「その時には、うちへもどしてもらえばよかろう。姫は大勢いらっしゃるんだし。婚礼支度も莫迦にはならんだろうから、案外そっちの方が喜ばれるかもしれんぞ。」
「おとっつあん!!」
 婿を取って跡を継がすはずだった娘が、何の因果か大名の側室へと望まれて、由緒ある御店は跡継ぎを失った。けれども娘が産んだのは女の子で、子だくさんのお家には「いらない子供」であったから、祖父は上手く立ち回って孫娘を手元に引き取って育ててきたのである。血は争えぬというべきか、身内の欲目半分としても、お勝はなかなかに見所のある娘であった。
「あれでもお勝の美貌は私譲りの器量よしだし。殿のお血筋なら、もっと大身の大名家の正室だって夢じゃないんだから。おとっつあんの思惑どおりに事が運ぶと思ったら大間違いですからね」
 お城では万事が控えめでとおっているお腹様の実家での有様に、付き従ってきた新参者の女中達は目を白黒させていた。

 お栄が孫に甘すぎると言ったのもまんざら嘘ではなく、お勝のために越後屋は町を挙げての「追い羽根大会」を毎年開催していた。お正月の一大イベントとして、賞品も弾んでいることから腕に覚えのある若者が大勢参加して盛り上がっている。腕に覚えがあるといっても、武道ではなく「羽根突き」というのがミソで、力任せでは勝ち残れないところに醍醐味があった。
「勝負あり、東方、越後屋のお勝!」
 ひくひくと頬を引きつらせて行司が勝敗を告げるたび、まわりからどっと歓声があがった。
「今年も優勝はお勝で決まりかな」
「もしかしなくても決まりでしょ」
 長崎屋のお峰がぷいっと横を向いて言った。羽根突きには自信のあったお峰だが、今の勝負をお勝に負けて脱落してしまったのだ。
「だいたい、あの子のあの格好!いくら動きやすいからって」
 お勝の出で立ちを思い出すだけでお峰の顔は真っ赤になっていった。なにしろお勝ときたら、着物の裾をギリギリまでたくし上げ、上半身は諸肌脱いでさらしで巻いた胸を堂々と見せつけて勝負を挑んできたのである。対戦相手の若者の中には、目のやり場に困って羽根を追うどころか、硬直したまま一度も打ち返せずに敗退した者もいるやに聞いている。
「お勝には、恥じらいってものないのかしらね」
 それこそ聞くだけ野暮というものだ。母親の実家で育ったとはいえ、仮にも大名の姫ともなれば、当然にそれなりの乳母だのお側用人だのとに傅かれて育つ。彼らにとって、主は絶対不可侵の尊き存在であり、故に主の為すことに羞恥などという感情は無縁であった。極端な話、人前でどのような格好をしようとそれが理に適っていればよかったのである。そうはいっても、嫁入り前の生娘ともなれば、もう少し世間体を考えて欲しいと思わぬわけではない。だが、それこそが越後屋の狙いでもあった。人並みに羞恥心のない姫などお家には必要ないとの上意がないものか。彼は孫娘に跡目を継がせたいとの野望を持ち密かな期待を寄せていたのである。

 けれども、たで食う虫も好きずき、割れ鍋に綴じ蓋、あばたもえくぼ。古来よりいろいろなことわざが伝えているとおり、越後屋の密かなもくろみは、ひとりの青年によってあっさり破れ去ることになる。出で立ちを気にすることなく手加減なしの勝負に勇んでいたところを本人も知らぬ間に見初められてしまったのだ。
「これからの世は格式だの釣り合いだのだけではお家は成り立たぬ。市井に明るく、抜け目のないしっかりものの娘に奥を取り仕切ってもらわねばな」
「そうは申しましても、若君、なにもあのような娘を望まれずとも…。第一、町人の娘とあっては幕閣への申し開きが成り立ちませぬ」
「一勝負みればその人となりがわかろうというものだ。なかなかに肝が据わっていて、見所のある娘じゃないか。それに越後屋ゆかりの者とあれば、後ろ盾にも申し分ないだろう」
 良識ある用人は当然のことながら反対したが、若君の耳には届かなかった。一度は反対したもの、結局は主に逆らえず、この縁組みをまとめるべく用人は動き出した。まずは身元からとよくよく娘の素性を調べてみれば、側室腹とはいえ幕閣に連なる大名家の息女であることが判明したため、事態は一遍した。
(ここで、うんと首を振ってもらわねば、若君は一生嫁取りなどしないと言いかねぬ)
 跡継ぎを儲けることも君主たる者の務めであり、せっかくその気になった若君の気が変わらぬうちにと用人は奔走し、見事婚姻にまでこぎ着けたのであった。
 ひとり算段が狂ったと舌打ちしたのは越後屋だった。だが、転んでもただでは起きないのが商人の商人たる所以である。孫の婚姻によって新たに広がった商売のチャンスを無にするようではご先祖様に申し訳が立たないと、より一層商売繁盛に励んだとか。
 世は元禄、町人文化が華やかなりし時代のこと。この後、富める商人を後ろ盾に幕閣の要職へ就く大名が権力を手中に治めていくことになるのである。

おわり
CG:おかざきたつま様、創作:NARU
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