Spring has come
「さあ、急がなくちゃ」
 エメルディーアは春を司る女神に組みする妖精である。彼女は、冬眠している木々を起こすため、主たる春の女神より一足早く大地に降臨する。女神の降臨と同時にその恵みが受けれるように、事前準備を整えておくのだ。しかし、毎年のことながら、これが一筋縄ではいかない仕事なのである。なぜなら、木々は、とりわけ春に芽吹くものたちは、冬ごもりを念入りするため、目覚めが非常に悪いからだ。
「ねえ、起きてくださいな。」
 春の風は基本的に穏やかで優しく暖かい。
「ぐー」
 冬の冷たくも厳しい風にもびくともしない守りを突き破って起こすのは並大抵の苦労ではなかった。
「まだ起きてくれない」
 一生懸命声を掛けているのに、返ってくるのは鼾ばかりである。時折、生返事が返ってくることもあるが、しゃっきりと目を覚まさすまでには至らなかった。
「ねえ、起きてくださいよぉ」
「・・・もう、ちょっと・・・ぐー」
 時折、少し強い風が木立をすり抜けていくが、状況は大して変わらないようである。
「やっぱり、起きてくれない」
 ほうっとため息を吐くと、エメルディーアはかぶりを振った。
「どうしてみんな起きてくれないのよ。このままだと、本当に間に合わなくなっちゃう」
 泣き出したい心境とはまさにこのことであろう。しかし、泣いても事は解決しないのである。それでもエメルディーアはもう一度だけ、と根気よく山々を回って声を掛けた。
「お願い、起きてください」
「・・・あと、すこしだけ・・・ぐー・・」
 判で押したような生返事で、やはり目を覚ます様子はなかった。
「もう。毎年、毎年、どうして、こうなのよ」
 仏の顔も三度まで。ついにエメルディーアは決断した。
「今度こそ、きっちり起きていただきます」
 エメルディーアは1、2、3と大きく息を吸って呼吸を整えると、そのまま一息に吐き出した。それもただ吐き出すだけでなく、お腹の底から声を限りに叫んだのだ。
「起きろぉーーーーー!!」
 その瞬間、エメルディーアを中心にすさまじい突風が巻き起こった。
 それはエメルディーアの声がこだまするほどに広がっていき、あっという間に付近の林へ、森へ、そして山へとたきつけていった。俗に言う「春一番」の到来である。
「ひえ〜」
 驚いたのは、寝ぼけ眼でぼうっとしていた木々達である。春を司る妖精の声だけあって、冬の風のように凍てつくものではなかったが、それでも煽られた木々の芽を覚ますには十分すぎるほどの刺激を与えていた。
「な、なんなんだ?」
「なにが起こったんだ?」
 それぞれに小枝を揺らしながら、木々がざわめき始めたのを見て、エメルディーアはいつもの控えめな微笑みに戻って声を掛けた。
「みなさん、お目覚めになられましたか?」
 どこかあどけなさの残る、それでいて芯のとおった張りのある声に、ようやく新芽が顔を覗かせた。
「もうじき女神様がお見えになります。それまでに冬の衣を脱いでおいてくださいね」
 優しいながらも強気な風を纏ったエメルディーアに、ようやく木々は春の装いを始めたのであった。
「どうやら今年もつつがなく女神様をお迎え出来そうだわ」
 エメルディーアは小さくつぶやくと東の星空を見上げた。もうじき夜が明ける。東の空がうっすらと白み始めていた。と、暁の太陽を制して登っていくひときわ純白に輝く星がエメルディーアの瞳に映し出された。
「あ、女神様!」
真珠星の名に相応しく清純な光が眠れる大地へと注がれていく。
「間に合って良かった」
 春の女神の登玉までに自分の役目を無事に終えることのできた喜びと安堵の入り交じった声がエメルディーアから漏れた。けれどもエメルディーアの春の妖精としての本領発揮は、むしろこれからが本番といえる。
「女神様、明日からも、頑張りますからね!」
すがすがしい輝きを暁の空に残して大地へと降臨した春の女神に、エメルディーアは元気よく手を振って挨拶したのであった。

おわり
エメルディーア
春一番を告げる春風の妖精。
「桜花堂」様の12000hit記念で描いていただきました。
イメージはこちら→GO!
CG:楠桜様、創作:NARU
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