お星さまにウインク

獅子座流星群

「星図、OK。座標、確認。ラジオ、OK。」
 天体観測グッズを指さし確認すると瞳は星を見るべく望遠鏡を抱えて2階の部屋から玄関まで降りてきた。
「天気は、なんでかなあ。さっきまでよく晴れてたのに。」
 つい先刻まで良い天気だったのに、今、玄関口から見える夜空は全般的にどんよりと薄曇がかかっている。
「今夜も見るのか?」
 ちょうど仕事から帰ってきたらしい父の浩志と玄関口ですれ違う形となり、呆れたように尋ねられた。
「当然でしょ。今日は11月18日。獅子座流星群の極大だもの。」
 瞳はカレンダーを指さして言い返した。しっかりと赤丸花印がついている。
「それはわかるが。何もこんな日に見なくたって…」
 天気が下り坂に向かっている上、今年の獅子座流星群はあまり期待できない規模らしいというニュースを車の中で聞いた浩志は一応、そのことを伝えてみたが、案の定娘に効果はないようである。
「いいじゃないの。流れ星のひとつでも見れたらラッキーってことで。」
「瞳にしては随分と消極的だな。」
「さすがにこの曇り空だとね。ラジオを付けてるから落ちてくるのはわかると思うけど、確認できるかどうかまでは正直、自信ない。でも、流れ星が見れたらやっぱり嬉しいし。それに、困った時には星に願いをって言わない?」
「流れ星にお願いするより、単語のひとつでも覚えた方が効果的なんじゃないのか。」
 具体的に言われて瞳は顔をしかめた。父には内緒にしていたが、今期の中間テストで最低だっのは数学ではなく英語だったのだ。
「期末は頑張るもん。」
 靴を履きながら瞳は言い返した。
「それより、期末って家庭科なんかもテストがあるからむしろそっちの方が嫌だなあ。こんなことなら七夕にもお願いしとくんだった。」
 本人は話題を変えたつもりなのだろうが、しっかり星の話と繋がっているあたり、本当に星が好きなんだなと浩志は妙なところで再認識した。その上で、さりげなく話題に突っ込んでみる。
「おいおい、七夕の織姫は縫い物の神様だろ。」
「わたし、お裁縫苦手。だったら、なおさら御利益があると思わない?」
 屁理屈付けた瞳に、浩志はお手上げだと言わんばかりに肩をすくめた。
「はいはい。せいぜい頑張ってくれ。その代わり、こっちにとばっちりが来ないようにしてくれよ。」
 父親が甘やかすから娘が勉強しないのだと妻に愚痴られることを見越しての念押しである。
「そんなドジしないもん。」
 後手でバイバイと手を振ると瞳はもう一度持って出る物を確認し、望遠鏡を抱えて外に出た。

 いつもの観測位置まで望遠鏡を運ぶと早速にセットに取りかかった。今夜は曇っている上にシーイングも良くないので、高倍率のレンズは用意せず、ターゲットを確定するときに使う低倍率のレンズだけで見ることにしている。どのみち獅子座流星群の観測がメインだから、個別の星団や惑星を観測するための用意を端からしてきていない。星団は流星群の観測の合間に記憶を頼りに適当に見るくらいのつもりだった。
「雨雲が近づいているってことだし、見るもの見たら、さっさと切り上げよう。」
 瞳はラジオにスイッチを入れ、普段は聞けないはずのFM放送の周波数に合わせた。ガーガーと耳障りな雑音だけがラジオから流れてくる。
「ま、こんなところかな。」
 雑音は聞く耳に煩いが、それでなくては用を為さないと言うのが辛いところである。瞳はアンテナの方向を確かめた。
「運が良ければ、音で流れ星がつかめるはず。」
 感度のあまり良くないラジオにぶつぶつ呟きながら瞳は望遠鏡を覗き込んだ。思ったとおり、シーイングがよくない。けれども瞳は満足だった。今夜の目的は、星を見ることではなく、宇宙を見ることだったから…。
「でも、やっぱり見えるに越したことはないのよね。」
 あと少しシーイングが良ければ、オリオン座の薔薇星雲を観測することが可能になるだけに、やはり天気の悪いことが恨めしい。それでも瞳は望遠鏡で揺らめく映像を覗き込み、行き当たりばったりで夜空を散策していた。それらしく映って見えるのは、名も無き星の瞬く姿のみというのも、たまには悪くない。
「それにしても、全然反応ないなあ。」
 瞳は望遠鏡から目を外し、ラジオを手に取った。絶え間なくガーガーと雑音が聞こえているので壊れているわけではなさそうだ。
 と、ふいにラジオの音がクリアになった。それまで雑音でしかなかったラジオの音が音楽番組のディスクジョッキーへと変化したのである。
「チャンス到来。」
 瞳はラジオのアンテナの方向を確認して空を仰いだ。
「ラッキー。」
 その方向だけ、雲が切れている。おあつらえむきに月の光も民家の灯りも入らない、絶好の角度だった。
「あ!」
 光の帯が細く流れ落ちて消えていった。ラジオの音はクリアなままだ。どうやらひとつだけではなく、複数の流星がずっと流れているようである。その全てを肉眼で見ることができないのは残念だが、ラジオの音で存在を確認できるのは嬉しかった。
「どのくらい流れているんだろう。」
 瞳には短い光の帯がまばらに流れては消えていくだけの光景だが、ラジオの音はずっときれいに聞こえている。
 去年のピーク時には一時間に千個以上の星が流れて、さながら光のシャワーを浴びているような感じがしたものだった。残念ながら2年連続してその光景を見ることはできないようだが、それでもラジオの状況からそれなりの情景を想像することはできた。
「全部見えたらすごいだろうなあ。」
 肉眼で見える星の数はたかが知れている。もしも全ての流れ星を見ることができたなら、きっと星が降ってくるように見えるに違いなかった。
 やがて、ラジオの音が元の雑音に戻った。
「うーん、第一ラウンド終了ってとこかな。」
 夜空は相変わらずの薄曇りだが、全天がそういうわけではなく、それなりに星域は散在していた。
「もうちょっとだけ。」
 瞳は再び望遠鏡に目を戻した。


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