お星さまにウインク

望遠鏡が壊れちゃった

 時々ラジオの雑音に注意しながら瞳は望遠鏡から宇宙の散策を楽しんでいた。
「そろそろ第二陣が始まってもいい頃なんだけどな。」
 と、その時、一条の光が瞳の視界に飛び込んできた。しかも、それは望遠鏡の中央目指して一直線に降りてくる!
 はじめのうちこそ、その鮮明な輝きに見とれたが、すぐにこれは普通ではないと危険を感じた。まばゆい発光に弾かれるようにして瞳は反射的に望遠鏡から目を離した。更に本能的に瞳が望遠鏡から後ずさったその刹那、全面に衝撃がはしり、グワシャンッと嫌な音があたりに響き渡った。
「何なのよっ!」
 閃光と衝撃が収まり、再び目があたりの暗闇に慣れた時、瞳の目の前から愛用の望遠鏡が消えていた。否、その位置で見る影もなく砕けた鉄のパイプとレンズの残骸となって散らばっていたのだった。

 地球では何年かに数件の割合で隕石落下による被害が発生していると聞いたことはあった。それこそ交通事故や飛行機事故に遭遇するより遥かに低い確率での話だ。それが今、自分の目の前で発生している。瞳はあまりの衝撃にしばらく二の句が継げないでいたが、無惨にへしゃげた望遠鏡を目の当たりにしては否応なしに現実を認めざるをえなかった。
「これって、これって、あんまりじゃない。だいたい流れ星っていうのは願い事を叶えるためにあるものでしょーが!!」
 とにかく無性に腹が立った。瞳は思いつく限りの罵詈雑言を並べ立て、ぜいぜいと息が切れたところで、ぺたりと力無くしゃがみこんだ。
「なんでこうなるのよ。」
 悔しさより情けなさが先に立つ。その間をすり抜けるようにして、唐突に女の子の声が割り込んできた。
『それはそっちが勝手に決めたことでしょ。まんざらハズレってわけでもないけど。』
「!」
 付近に人影がないのに声がする!?瞳は先刻の醜態を思い出し、ばつの悪さも手伝ってあたりをキョロキョロと見回した。
『まいったなぁ。見事に落っこっちゃった。やれやれ…。』
 正体不明の謎の声は望遠鏡の残骸の中から聞こえてくるようだった。
「…まさか…ね。」
 空耳にしては、妙にはっきり聞こえたこともあり、瞳は恐る恐る望遠鏡の残骸を覗き込んだ。間近で見るとまた悔しさがこみ上げてくるが、今はそれより先に確認しなければならないことがある。怪我をしないように注意深くレンズの破片を取り除いて無惨に破損した筒の中を覗いたとき、瞳はそこに小さな生き物の存在を見いだした。
「…そんな莫迦な…。こんなことって…。」
 あとは言葉にならなかった。壊れた望遠鏡の筒の中には、おとぎ話に出てくる妖精ような女の子が瞳に負けないくらいに不機嫌なしかめっ面でちょこんと鎮座していたのである。
 身長は10センチ程度といったところであろうか。それが、月の光を織り込んだような淡く不思議な色合いのドレスらしきものを身に纏い、髪の毛は綿菓子を思わすようなふわふわの銀色で、ところどころに散りばめられた金色の星が髪飾りとして可憐な輝きを添えている。宇宙と同じ色の瞳は煌めく星のごとく光を放ち、それが無機質な物体ではなく、生命あるものであることを証明していた。
 驚いたのは向こうも同じだったらしい。瞳がそれを宇宙から落ちてきた未知なる生命体だと認めるのに時間がかかったのと同じくらい、相手も自分の姿が人間に見えているということに気が付くまで、それなりの時間を要したようであった。
『…あたしが見えるの?』
 しばらく経って、鈴を転がしたような涼やかな声が瞳の耳に心地よく響いてきた。
「見えてる。しっかり。」
 我ながらなんともお粗末な返事だとは思いながらも、瞳にはそう答えるのがやっとだった。
『ホントに見えてるのね…あはは…困ったな。どうしよ…。』
 言葉では「困った」と聞こえたが、その声色からはそんな様子は感じられない。むしろこの状況を楽しんでいるように思えたくらいである。
 その雰囲気を察知してか、その小さな生命体はぴょんと筒の中から飛び出すと、くるりと瞳の周りを旋回した。ティンカーベルがウエンディを観察した時のように、淡い光の軌跡を漂わせながら、ふわりと瞳の正面に回り込み、空中で停止したのだった。

 瞳の顔の正面、わずか数十センチのところに浮かんだまま、おとぎ話の妖精よろしく、好奇心に溢れんばかりの口調で話しかけてきた。
『あなた、誰?』
 それがあまりにも自然なので、瞳は反射的に名乗っていた。
「天野瞳よ。」
 答えてから、この不思議な生き物の存在を混乱もせずに受け入れている自分が不思議だった。
『ふーん。あなた、環境適応性はいいんだ。』
 くすくす笑いにも似た言葉に瞳は現実に返り、それまで鬱積していた感情をそのままストレートにぶつけていた。
「あなたいったい何様のつもり?人の大事な望遠鏡を木っ端微塵に破壊してくれて。これ、いくらしたと思うのよ!」
 我ながら不毛な事を言ったと瞳も思ってはいる。第一、隕石が落下して壊れたならまだしも、宇宙から落ちてきた謎の生命体に望遠鏡を壊されただなんて誰が信じてくれるだろうか。しかもその生命体たるや、おとぎ話に出てくる妖精のような姿形をしているのである。
『あーあ。あたしとしたことがドジったわ。ほんのすこーし近寄っただけなのに。まったく、あんまりだと思わない?こっちは別に仕事をサボろうとした訳じゃないのよ。ほんの少しだけ、ちょっと脇見した途端に有無を言わさず吸い込むんだから。ホントに何て星なの。また大目玉だな…。』
 困ったといいながら、なんともあっけらかんとしたもの言いであった。
「…その割には困っているようにはみえないんだけど。」
 感じたそのままを口にした瞳に、当然だとばかりの反応が返ってきた。
『だって、考えたって始まらないもん。こうなったら最後、どうしようもないんだから。』
 落ち着いた態度というより、完全に開き直っているという方がぴったりくる。そうなると真剣に悩む方が馬鹿らしく思え、かといって夢か幻で済ませてしまうには瞳の好奇心は強すぎた。
(そうよね。常識を越えた状況にあるのなら、普通の感覚で考えてちゃ駄目なのよね。)
『そうそう、現実は素直に認めなくちゃ。』
 瞳の考えを読んだかのように同調した声が聞こえてくる。
「なんだかなー。」
 盛大な溜め息をひとつ吐くと、瞳は望遠鏡の残骸の前にぺったりとしゃがみ込み、しばし心を落ち着けるべく目を閉じた。


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