お星さまにウインク

星の子

『あたしは、星の子。星の産声から生まれた星のしずく。』
 瞼を閉じた瞳にさきほどの声がこだまする。それまでの声もそうだったが、今聞こえている声も耳から聞こえてくるというより、頭の中に直接響いてくるような感じだった。
(これって、テレパシーなのかな。)
 瞳が何気なく思い浮かべた言葉に、その声は同調して返ってきた。
『さっすが、いいカンしてる。』
 くすくす笑いにも似た声だが、どこか愛嬌があって憎めない。
 ここまでくると、瞳も完全に開き直った。目の前の現実を受け入れ、星の子の存在を認めた瞳は、持ち前の好奇心全開で質問攻勢に転じたのだ。聞きたいことはたくさんある。思いつくまま、矢継ぎ早に聞いてくる瞳にさすがの星の子もタジタジで、質問が一段落するまで固唾を呑んでいる有様だった。
『そんなにいっぺんに聞かれても答えれないよぉ。』
 瞳が息継ぎする間をぬって星の子が口を挟んだ。それでも、ここに足止めを食らっている星の子にとって瞳の存在は必要不可欠とみえ、尋ねられるままに自分のことを話し始めたのだった。

 それによると、星の子は、星が誕生するときにあげる産声が「しずく」として集約され命を吹き込まれた星の分身だというのである。
「星の誕生の産声って、ビッグバーンとかいう、アレ?」
『そうなるのかなあ。』
 瞳が持っている科学的知識と星の子の話には相当のズレがあった。何しろ、おとぎ話としか言いようのない世界が宇宙の真の姿というのだから、いかに星の子の存在を目の当たりにしているとはいえ、完全に納得するにはもうしばらく時間が必要だと思われる。そうは言っても、ここで瞳が星の子を相手に宇宙の理の是非を論じたところでどうとなるものでもないので、それ以上尋ねることは諦め、現実問題に絞って突き詰めることにした。
「で、なんでここにその星の子とやらがいるわけ?」
『お星さまってね、すっごくおしゃべりなんだよ。』
「おしゃべり?」
『そう。だから、あたし達が必要になって生まれたの。』
 つまり、星と命を分け合った星の子は自由に宇宙を動けない星のために、星達の間をメッセンジャーとして飛びまわっているというのである。宇宙は決して不動ではないが、個々の星達が自由に歩き回れるほどの勝手を許してはくれていない。第一、星が自由に歩き回ったりしたら、宇宙のバランスが崩れてそれこそ大惨事を引き起こしてしまう。だから宇宙の安定ために星の子が必然として存在しているのだと胸を張って言ったのだった。
「でも、あなたの言う星って恒星のことだよね。だったら、ここには用なんてないはずでしょ。」
 瞳の質問は、星の子にとって痛いところを突いていたらしい。それまでは、さらりとかわしていた会話がふいに途切れた。
「そういえば、最初に仕事をさぼったわけではないとか、言ってたっけ?」
『ここの星あてのメッセージを持ってたのは本当よ。それで、届ける前にちょっとだけ、ここを覗いてみたの。だって、ここの青って本当にきれいなんだもの。そしたら、急に吸い込まれちゃって、気が付いたら、瞳が居たの。』
 星の子は重い口調ながら、事の顛末を説明してくれた。そして最後に、星の子は宇宙ならどこでも自由自在に動き回れるのだが、恒星の衛星が独自に持つ重力に対しては何故か無力になってしまうのだと付け加えたのだった。
「無力って?」
『一口に言えば、その中では自由に動き回れないってこと。んでもって、自力では宇宙に戻ることができないのよね。』
 答えとしては随分とあっさりしたものだが、星の子にとってそれはかなり深刻な問題であるらしかった。
『だから、困ってるの。誰かに迎えに来てもらわないと宇宙に帰れないのに、定期便は行ったばかりだし。かといって臨時便出してまで迎えに来てもらうほどの急ぎのメッセージも持ってないから、当分ここにいるしかないんだな。』
 星の子は両手を掲げて宇宙を仰いだ。
『あーあ、やっぱりあの忠告は伊達じゃなかったってことなのね』
「忠告?」
『ここの3番目の青い星には絶対に近づいちゃいけませんって、出発前に、何度も念押しされたの。だから距離だけはしっかり確保してたつもりだったのに。甘かったわ。』
 それって、自業自得というのではないだろうか。呆れて溜息を吐いた瞳とは対照的に、星の子はふわりと辺りを旋回していた。

 話が一段落したところで、瞳は、星の子が運んでいるという星達のメッセージについて尋ねてみた。
「メッセージって手紙みたいなものを預かるの?」
『手紙?』
 きょとんと返した星の子に、瞳は星がペンを手にして手紙を書いている姿を想像しかけて言葉を呑み込んだ。どちらにしても星の子は身一つで移動しているらしく、それらしきものを持っていそうにはない。
「でも、メッセージを預かってる以上は何らかの形で持ってるはずだから・・・」
瞳の中でひとつの仮説が思い浮かぶまでにそれほど時間はかからなかった。
「まさかと思うんだけど。」
 瞳が言葉を選んでいると、いきなり星の子の姿が消えた。
『他人の手紙を勝手に読んじゃダメ。』
「な、なんなの?」
『瞳に、メッセージが見えてたなんて。』
姿は見えなくなったが、声だけは相変わらず聞こえてくる。
「あの、きらきらした金色の星のこと?」
『やっぱり読んでたんだ〜。』
 ほとんど泣きそうな声だった。どうやら星の子の頭に輝いていた金色の星がメッセージではないかという瞳の仮説は当たっていたらしい。しかし、それだけでは星の子がなぜ困るのかまではわからない。
「でも、わたしには星の形をした金色の髪飾りにしか見えてないんだから、メッセージの意味まではわからないわ。それでも困るの?」
『困る。』
 速攻で答えが返ってきた。だが、出会った当初からはっきり見えていたのだから、今更そんなことを言われても、どうしようもない。
『だって、これは…。』
 星の子が答えかけた時、存在を忘れていたラジオからディスクジョッキーが聞こえてきた。
「…流星の見える今夜にピッタリの曲ですね。それでは、映画ピノキオより、「星に願いを」をお届けします。」
 瞳もよく知っている映画の主題歌がゆったりと流れ始めた。
「あ、流れ星!」
 反射的に空を見上げると、ひときわ明るい光の帯が天頂から最大級の弧を描いて降りてくる様が目に映った。流れ星にしては随分ゆっくりした動きをしているようだと瞳が訝った時、星の子が叫んだ。
『瞳、離れて!』
「え、なに?」
『違うの、あれは流れ星なんかじゃないっ』
 その先の言葉を瞳は聞くことができなかった。覚えているのは、なにか大きな光に包まれたという感覚だけであった。


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