お星さまにウインク

星のかけらを探して(1)

 悲劇の皇子、有馬皇子は蘇我赤兄に謀られた時、「天知る、赤知る、我知らず」と言い放ったと言われている。何時の世も当事者が知らないうちに事が先行し、噂が広まっているというのはよくある話である。
「ねえ、ねえ、聞いた?」
「何を?」
「西村君と天野さんのコト。」
「モチロン、知ってるわよぉ。」
ロマンスの香りとは、ちと大袈裟だが、この類の噂が広まるのは、電光石火のごとしで半日とかからなかった。
「前々から、なんとなく怪しいとは思ってたけど。」
「そうそう。でも、さすがにアレだけ堂々とされるとねえ。」
「え、もしかして、現場を見たの?」
「だって、職員室から校門まで一直線よ。もう、バッチリ」
 どこぞのお堅い名門女子校と違って、男女共学で交際も自由な瞳達の学校では、恋人達が仲良くデートしている姿なぞ、別に珍しくもない。それにも関わらず、これだけ話題になったのには、当然それなりの理由がある。
 科学部の部長である西村翔は、自他共に認める実験ヲタクである。翔との付き合いが長い者ほど彼が実験にどれだけのめり込んでいるか知っているし、生半可な理由では予定を変更しないことも知っている。その翔が瞳の呼び出しにいともあっさり応じたばかりか、実験そのものを止めて買い物に付き合ったのだ。瞳との約束が先にあって、彼女を待つ間の暇つぶしにいつもの癖で実験をしようと準備をしていたらその必要がなくなったので止めただけのことなのだが、この際そんなことは問題でなかった。実験第一の「あの西村翔」がそれを中止してまで瞳とデートしたという事実が噂を一人歩きさせてしまったのである。

 それはさておき、気になるデートの中身だが、犬を飼うのは初めてという瞳のために、翔はまず掛かり付けの動物病院へ連れて行って必要な手続きをすませ、次にペットショップに寄って必要な物を買い揃え、結果として夕方遅くなったので、夜に犬の遊び場となっているあの公園まで案内がてら送って行った。翔にしてみれば、子犬の里親探しが省けて助かったぶんのお礼を兼ねてのことにすぎなかった。
「うちの近所には手頃な公園がないこともあって、週に2、3度だけど、ここにメルを連れてきて遊ばせてるんだ。」
「ふーん、そうなんだ。でも、うちの裏手にこんなところがあるなんてちっとも知らなかったわ。」
「だろうね。」
 物珍しげに公園を見回している瞳に、さもありなんと翔は笑った。
「天野さんはいつも星しか見てないもんね。」
「へ?」
 相変わらず笑ったままの翔に瞳は目をパチクリさせている。
「ほら、あそこ。」
 瞳の疑問に答えるべく、翔は公園前にある道路標識を指さした。
「一方通行?」
「そう。だから帰りは美香の家の前を通るんだ。」
 瞳と美香の家は隣り合わせだから、美香の家の前を通れば、当然瞳の家の前も通ることになる。家の前の空き地で望遠鏡を操作しながら星を見ている瞳の姿を翔は渋谷と共に幾度となく見ていた。
「もう、それならそうと、今度からちゃんと連絡しなさいよ。」
 珍しくむっと返した瞳に翔は何故だとばかりに視線を向けた。
「その時には、美香ちゃんと一緒にぽちを連れて行くから。」
「え?」
「わたしひとりだと夜の散歩なんて危険だって反対されるだろうけど、美香ちゃんと一緒なら、たぶん大丈夫だもん。」
 思いもよらぬ瞳の心遣いにさすがの翔も驚きを禁じ得なかった。が、感謝するには少々早かったようである。瞳は足下のぽちを抱えると、頬を寄せてぎゅっと抱きしめて言ったのだ。
「ぽちはまだこんなに小さいんだもの。メルだっけ?まだまだお母さんに甘えたいよね。」
 くうんと鼻を鳴らしてぽちは瞳の頬を舐めた。
「あ、何なら、今から美香ちゃん、呼ぼうか?」
 瞳はぽちを降ろすと、鞄の中の携帯電話に手を伸ばした。
「いや、今日はいいよ。委員会で遅くなるって聞いてるから、まだ家に帰ってないと思うし。」
「そうだっけ?」
 首を傾げた瞳に翔は軽く溜息を吐いた。
「でなきゃ、天野さんと一緒にいつもの電車で帰ってくるだろ?」
「あ、そうか。」
 ポンと思い出したように納得した瞳に翔は苦笑混じりで肩をすくめるだけだった。
「えーっと、これでひととおりのことは説明したつもりだけど、ほかに何か聞いておきたいこととかある?」
「んー、今のところは、たぶん、大丈夫だと思う。ね、ぽち。」
 瞳はかがんでぽちの頭を撫でてやった。さっきまで瞳が手を出すとペロペロ舐めていたのだが、今は大人しく撫でられるがままになっている。
「はいはい、そろそろお合歓かな?」
「あ、そうだ。コイツ、疲れたらところ構わずどこでもころんと寝るヤツだから。」
「みたいね。昨日もそうだったもん。」
 昨夜のことを思い出したのか、瞳はひとりでくすくす笑っている。
「ま、いずれにしても天野さんに拾ってもらってよかったよ。」
「拾ったんじゃないわ。知り合ったの。」
 素早く訂正を求めた瞳に翔は片手を挙げて別れを告げた。
「ハイハイ。それじゃ、僕はこれで帰るから。」
「うん。西村君、今日は本当にいろいろとありがとう。だから、こんどはメルも一緒に連れて来てね。」
 くったくなく返した瞳の声を背に受けて、複雑な心境に頭を抱えた翔だった。

 黄昏時の公園で瞳はぽちを抱いたまま、しばらくじっと立っていた。だがそれは星の子とテレパシーで会話をしていたからであり、ただぼうっと突っ立っていた訳ではない。
「どう?」
『わかんない。』
「あのねえ、わかんないって…だって、ここからぽちを連れてきたんでしょう?」
『だって、いつ落としたかもわかんないんだもん。』
「でも、少なくとも、落ちてくる時には揃ってたんでしょ?」
『それは断言できる…と思う。』
「それで空き地にはなかったんだから、残るはこの公園と、空き地までの間しかないじゃない。」
『そんなこと言ったって…でも、ないものはないんだもん。』
 星の子は星々のメッセージを星形の髪飾りに変えて運んでいる。ところが、その大切なメッセージを地球に落ちた時にどこかへ落としてしまったらしいのだ。おりしも瞳は不思議な光に導かれて、届け先の星の主らしき少女から返事が来ないと泣き付かれ、つい、「探して届けてあげる」と答えたものだから、一緒に探さなければならないことになってしまったのである。幸か不幸か、星のかけらは、当事者たる星の主とそのメッセンジャーである星の子以外には見えないはずのものなので、地球上で他の誰かに拾われる可能性は極めて低いということだった。
 ぽちが困ったように瞳を見上げている。星の子の感情がそのまま子犬に反映するため、ぽちの表情は実に豊かだ。
『でもね、みつからないけど、星のかけらの存在は確かに感じるの。』
「感じるってことは、この近辺のどこかにあるってことでしょ。例えば、それを強く感じるところとか、わからないの?」
『それがわかったら、すぐ見つけてるよお。』
 半分泣きそうな目をしてぽちは瞳の手をがじがじと噛んだ。
「こら、くすぐったいってば。」
 瞳の腕から力が抜け、ぽちはぴょこんと地面に落ちた。
『どっちにしても昨日と同じコースを辿って空き地まで行ってみる。』
 ぽちはひょこひょこと歩き出した。しかし、いくらも進まないうちにこてんと丸くなってしまったのである。
「あーあ、これじゃ、昨日と同じじゃないの。」
 瞳は笑いながらぽちを再び抱き上げた。
『こめん、瞳。この子、眠くなるとホントにダメみたい。』
 子犬と連動している星の子は本体の状態に引きずられてしまうらしい。すこんと眠ってしまったぽちを抱えて瞳は家路についたのだった。


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