お星さまにウインク

双子座流星群

 ぽちの散歩に美香を誘うことについては特に問題はなかった。たとえそれが夜であっても瞳と美香のふたりが一緒なら大丈夫だと双方の両親ともに全く心配していなかったのである。問題はむしろ翔の方にあった。
「えー!今週もダメなの?」
 瞳のブーイングに翔は毎回理由を説明するのに疲労困憊していた。瞳には父親に車で散歩に連れてきてもらっていると言ってあるが、実際は、渋谷の都合に合わせて連れてきてもらっているのだ。学校ではあかの他人の振りをすることで両者の間に暗黙の了解が成立しているが、夜の散歩で渋谷と瞳が顔を合わせてしまっては意味がない。いざ一緒にと誘われると非常に困ったことになるのである。
「ゴメン。どうにも親父の都合がつかなくて。」
「連れてきてくれる人がいないんじゃしょうがないわね」
 両手を合わせて謝る翔をしぶしぶながらに瞳は解放した。
「来週こそは必ず都合を付けてもらってね。このままだと、ぽちがかわいそうだわ。」
 一旦、親離れした子犬には、母親の存在など無意味なのだと言ってやりたいけれど、それでは美香との夜デートの口実までがなくなってしまうので、翔はジレンマに陥りながらも口をつぐんでいた。
「ホント、困ったよなあ。」
 瞳が帰ったあとの教室で、翔は一人呟いた。
「あーあ、一難去って、また一難。」
 翔はぐったりと机に突っ伏した。

 翔がなんだかんだと理由を付けて断っているうちに11月が終わって12月になり、あっという間に期末試験がやってきた。こうなると試験が終わるまでは夜の散歩どころではなくなるので、少しばかり猶予ができたと翔は一息ついた。さらにタイミングよく、双子座流星群が到来したので、瞳の関心はそちらにシフトしたようである。
 今年の双子座流星群は観測条件が非常に良い上に、流星群の規模もなかなかに期待がもてるらしいとの前情報が関係筋から流れていた。
「もう、それなのに、どうして試験とぶつかるかなあ。」
 瞳にとって唯一の難点は、極大が試験期間と重なっているということだった。だが、そのくらいのことで観測を諦めるような瞳ではない。
「何も徹夜して観測するってわけじゃなし。ほんの1、2時間。気分転換にはもってこいよね。」
 効率的に勉強するためには適度な気分転換も必要なのだと屁理屈付けて、瞳は極大日である12月14日に赤丸印をつけた。
『大丈夫かなあ。』
 瞳の膝の上によじ登ったぽちは、そのままくるんと丸まった。
「なにか、心配な事でもあるの?」
『わざわざ催促にくるとは思いたくないけど、一応、気を付けてね。』
「催促?」
 首をひねったところで一瞬の間があき、星の子が言わんとしていることを察した瞳は、そんなことあり得ないわよ、と笑いだした。
『わかんないよ。お星さまって、返事にはすっごくこだわりを持ってるんだから』
「そうなの?」
『そーなの』
「それがわかっていて、どうしてこんなとこで油を売ってるのかな?」
 しらじらしく聞いた瞳にぽちの尻尾がピンと跳ね上がった。

 そして問題の12月14日当日、瞳は例によって屁理屈をこねていつもの空き地へ望遠鏡を持ち出した。
「さてと、時間的にはギリギリだから、ほかは見れそうにないわね。」
 ラジオの雑音に耳を傾けつつ、瞳はポケットから携帯を取り出すと美香あてにメールを打った。
「もう少ししたら流れ星が見えるはずだから、よかったら窓を開けてみてね。」
 受け取った美香の苦笑いしている姿が目に浮かぶようだ。科学部に所属していても美香の関心は物理や化学にだけあって、天文学的なことにはあまり興味を持っていない。勉強熱心な美香へお節介にこと寄せて気分転換を勧める瞳流の心遣いなのだ。
 今夜はそれほど待たずして流星雨が訪れた。ラジオの音がクリアになるのと同時に空全体が薄ぼんやりとした光に覆われたのである。
「やったあ!今年はついてる」
 だが、喜んだのはほんの束の間のことだった。
「なんか、へん…」
 しっかり着込んできたとはいえ、今は冬のまっただ中で、しかも冷え込みの激しい夜である。それなのに、瞳の周りが妙に暖かいのだ。
(この感じ、なんだか知っているような)
 そこまで考えたとき、瞳はすぐ目の前で、目を真っ赤に泣きはらしてふくれっ面をしている女の子と顔をつきあわせていた。
「あなた、あの時の!」
 少女はむっつりと瞳を見上げている。
「えーっと、あの、手紙のことなんだけど、もうちょと待ってくれる?今、心当たりの場所を一生懸命探してるんだけど、急には都合がつかないみたいで、お姉ちゃんも困ってるのよ。」
 なんで自分がしどろもどろでこんな言い訳めいたことを言わなければならないんだと大いなる矛盾を感じながら、それでも瞳は精一杯、少女を慰めようと言葉をかけ続けた。
「ぽちも一緒になって探してくれてるんだけど、それ以前の手紙となると手がかりが全然なくて」
−いいの−
 掠れた声で少女が呟いた。
−どうせ、あたしのことなんか、もう忘れちゃったに決まってる−
「そんなことないってば。」
−だって、ひとつも返ってこない−
「え?」
 ぐすんと少女はしゃっくりあげ、こぼれ落ちた涙を手で拭い払った。
−この前、まとめて届いたっきり、また、全然こなくなった−
 少女の答えに瞳は何かひっかかるものを感じた。それを確かめようとした時、ガツンっと大きな衝撃が瞳を襲い、世界が暗転した。

 瞳からメールを受け取った時、美香はちょうど問題にひっかかって煮詰まっていたところだった。
「やっぱりね。瞳ってば、ホントに律儀なんだから。」
 勧めに従って気分転換に外の空気でも吸おうかと美香は窓を開けた。冷たい外気とともに満天の星空が広がっている。瞳が星を見ているあたりの方向に定めをつけて、美香はふと身を乗り出した。
「あ、あんなところにいる。」
 遠目にも瞳が望遠鏡にかじりついている様子が見て取れた。
「あーあ、あんなにかぶりついちゃって。確かに今夜はシーイングがいいけど、瞳のお目当ては流星群でしょうが。」
 笑ったさきで美香は、もう一度瞳の様子を凝視した。
「瞳?まさか…」
 それ以上ぐずぐずと時間を浪費することなく、美香はコートを着ながら慌ただしく外に飛び出した。駆け出した先は、言わずと知れた目の前の空き地である。
 空き地の一角にいた瞳は、望遠鏡を覗き込んだまま、ラジオの雑音すらものともせず、こてんと眠り込んでいる。いくら瞳が夜に強いとはいえ、試験期間中は睡眠時間がいつもより少なくなっているため、ちょっとした気の緩みが居眠りに繋がってしまうものだ。少なくとも美香はそう思った。
「もう、瞳ってば!そんなとこでなに寝てるのよ。起きなさい!!」
 バシッと思い切り背をしばたくなり美香は瞳を揺さぶった。
「ん…美香ちゃん?」
 間の抜けた瞳の声に美香の目元がみるみる吊り上がっていく。
「…ったく、この寒空に。瞳ってば、いったいなに考えてんのよっ。」
「なにって…ちょっと星を」
 もごもごと言いかけたところへ美香の怒りが直撃した。
「ふーん、この寒空に星を見ながら寝るとはいい度胸じゃない。だいたい、瞳のとこは期末試験の真っ最中でしょうが。風邪でも引き込んだらそれこそ最悪じゃないの!」
 現実を鋭く斬りつけてきた美香に瞳は亀の子よろしく首を縮めて、望遠鏡から一歩退いた。当然それまで覗き込んでいた接眼筒から目を離すことになる。幾分罰の悪そうな様相でゆっくり顔をあげた瞳を美香は今度こそ呆れ果てたと肩をすくめて溜息を吐いた。
「それで、どうするつもり?」
「何が?」
 聞いたあとで、瞳はあははと頭をかいた。
「やっぱり、試験中はやめた方がよかった…かな?」
「まるきり自覚がないわけでもないわけね。」
 いつもならもう少しスパッと切り込んでくるところだが、これ以上夜中に騒ぐと近所迷惑になりかねないと思い直し、美香はあっさりと引き下がった。
「とにかく、わかってるんなら、今夜はもうおしまい。明日のためにもその顔をどうにかして、さっさと寝た方がいいわよ。」
 忠告を受けて、ますます訳がわからないと瞳は首をひねった。明日のために勉強しろというのならわかるが、顔をどうにかしろとは、いったいどういう了見なのだろうか?腑に落ちない様子の瞳のために、美香は駄目押しのひとことをつけ足した。
「家に帰ったら、鏡をよーっく見てごらんなさい。自分の為すべき事がわかるはずだから。」
 それだけ言うと、美香はバイバイと手を振って家へと帰っていった。

 あとに一人残された瞳は、困ったように足下のぽちに話しかけた。
「やっぱり、あの子、手紙が来ないこと、相当気にしてるみたい。」
『わかってる』
 星の子の神妙な返事に瞳はそれ以上言うと更に追い打ちをかけるようで気の毒になり、いったん話題を変えた。
「ところで、美香ちゃんがどうしてあんなこと言ったのか、わかる?」
 瞳に聞かれて星の子は何か言いかけたが、結局のところ、美香の言ったことを繰り返したに留まった。
『とりあえず、鏡を見てみたら?それが一番てっとり早いと思う。』
「うん、そうするわ。」
 素直に瞳は頷くと早々に家へと引き上げていった。
 そして、洗面所の鏡に映った自分の顔を見て、全てを理解した。
「いやーん、これって、絶対まずいわよお。」
 鏡の中の瞳は、右の目の回りにくっきりと接眼筒の跡を付けていた。普通に見る分では大して跡はつかないはずだが、今夜は意識を失っていた間、ずっと全身の重みをそこにかけていたらしく、くっきりと丸い縁メガネよろしく跡がついてしまっているのである。
「ねえ、ぽち、どうしよう。こんな顔じゃ、明日学校になんか行けないよ〜。」
 だからといって、ぽちにどうにかできるはずもなく、くうんとひと鳴きして瞳を見上げているだけだった。
「この薄情者!だいたい、あの子も悪い!人を呼び出すのならもう少し時と場所を考えてしかるべきじゃないの。」
 流星群に紛れてコンタクトを取ってくれるのはいいけれど、その度に意識を飛ばされたのでは瞳もたまったものではない。今回は美香がたまたま気が付いて呼び戻してくれたので事なきをえたけれど、今後のことを考えると瞳がおかんむりになるのも無理はなかった。だが、それ以上に星の子はこの次に起こるであろうことを予測して憂鬱な気持ちになっていた。


BACK/NEXT