■言葉のない海
「もーぉ、信じられないっ!」
ばしゃんと派手な水しぶきを揚げて、アリアは波間へ飛び込んだ。
とはいえ、遠浅な浜辺のこと、波が引くとあっさり躰は水面上に現れる。
遠慮なく降り注いでくる陽光に、アリアの白い肌が悲鳴を上げた。
普段、しっかりと甲冑を着込んでいるものだから、あれだけ強い日差しの中にいながらアリアの肌は透けるように白かった。
柔らかな肌は、海水のしぶきにもまた刺激され、ひりひりした痛みをアリアにもたらしてくる。
・・・痛いのは躰だけじゃない。

すぐ目の前の、手に触れている海ですら自由にならないのだから、目に見えない想いを捉えることなど尚更不可能ではないか。一方的に打ち寄せてくる波に、アリアは言い様のないもどかしさを感じていた。そして、そのもどかしさは、そのまま彼女の想い人へと繋がっていく。

本営での作戦会議を終えて、今後の大まかな予定をざっくばらんに話す姿が、これほど指揮官らしく見えない人物は他にいないであろう。勇猛果敢にして知謀に満ちた指揮官像とはおよそほど遠い、見るからに頼りなげな青年が申し訳程度に控えめな参戦を伝えてくる。

「なに考えてるんですかっ!」
返ってくる答えがわかっていても、つい大声で詰め寄ってしまう。
「そう、いわれてもなぁ・・・。」
口では困ったような振りをしているけれど、その実、為すべきことはしっかり見極めている。
そういう人なのだ、彼は。
確固たる信念とか正義など、彼の前では何の意味もなさない。
それでいて、どんなピンチの時も絶対あきらめない、生へのこだわりとでもいう強さがある。

・・・だから、信じられるのかもしれない。
アリアは小さく笑うと、はじめて太陽を正面から仰ぎ見た。
つかみどころのない眩しい光の中で、アリアはそのまま潮騒に耳を傾け佇んでいた。

寄せくる波のしぶきとは別に、水をはじく音が混じりはじめた。
新しい流れは、打ち寄せる天然のリズムに逆らって、ゆっくりと控えめに近づいてくる。
アリアは光の滴を煌めかせながら、ゆっくりと振り返った。
「隊長!」
愛する人の変わらない眼差しが、そこにある。
1999.08.16
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