■お見舞いクッキング
 ふらりと隊員の様子を見に来たヒューイは、いつもなら端の席で本を読んでいるアリアの姿が見えないことに気がつき尋ねてみた。
「アリアなら、お見舞いに行ったよ〜。」
 明るいハンナの返事に一瞬考え込む。
「お見舞いって・・・シルエラの?」
「うん!あたしも今から行くんだけど、アリア、先に行っちゃったの。」
 くったくなく答えたハンナは、あと片付けの最中で、どうやらそれを済ませてから行くつもりらしい。
「・・・何を持ってくんだ?」
「お食事!んで、アリアが先にリクエスト聞きに行ったんだよ。」
「・・・そうか。」
「隊長も一緒に行く?」
「あー、今日のところは遠慮しとくよ。」
「つまんないの。気が向いたら来てくださいね!」
 ちょうど片付けが終わったのか、ハンナは元気よく立ち上がった。
「んじゃ、行って来まーす!」
 おさげを揺らせてハンナはヒューイの横をぱたぱたと通り過ぎていった。
「まあ、あとで様子を見に行ってみるか。」
 一抹の不安が胸をよぎったが、あえて無視すると、ヒューイはひとまず自室に戻ることにした。

 シルエラの部屋の前でアリアはハンナを待っていた。
「あ、ハンナ、待ってたのよ。」
 アリアはハンナがやって来ると、そのまま調理場へと引っぱて行った。
「食べたい物、わかったんですか?」
「ええ。」
 アリアの表情は心なしか冴えない。
「で、食べたい物は何でしたか?」
 ごく普通に尋ねたハンナにアリアはおずおずと「ご飯と味噌汁」と答えたのであった。

 お見舞いに「食べ物」をと考えたまではよかったのだが、「食べたい物」となると少しばかり条件が違ってくる。考えるより聞いた方が早いと行動に移したまではよかったのだが、シルエラが食べたいと言った「和食」なる物は、普段食べている物と少しばかり趣が異なっているのだ。
 幸いにして、材料はシルエラが持っているのだが、その調理方法となると、アリアには完全にお手上げであった。後から来ることになっているハンナが、料理が得意だと知ってはいるが、果たして「和食」まで作り方を知っているかどうか。
 話を聞いたハンナは大きな瞳をくるくるさせて辺りを見回した。
「まっかせてくださーい!」
 ちらりと材料に目をむけると、ハンナはどーんと胸をたたいて引き受けた。
「あ、私も手伝うから。」
 ほっとしながら申し出たアリアに、ハンナは何やら考え込んでいる。
「一人より、二人の方が早くできるでしょ。」
「・・・一人の方が早いことも、あるよ。」
 ハンナの小さな呟きは、アリアからは無視された。

 アリアの料理の腕前はハンナのよく知るところであるが、せっかくやる気でいるのにこれ以上水を差すのも悪いかと思い、無難なところを手伝ってもらうことにした。
「えーと、お米研いで、わかめを刻んでくださーい。」
 ハンナは米櫃から米を取り出し、ワカメの束を差し出した。
「わ、わかったわ。」
 アリアは頷くと神妙な顔をして受け取った。そのまま洗い場へ向かおうとしたのを慌ててハンナは呼び止めた。
「アリア、包丁!」
「あ、ごめん。」
 包丁を渡しながら、ハンナは探るような目でアリアを見つめている。
「アリア、お米は研ぐんだからね。」
「う、うん・・。」
 念を押されてアリアは自信なげに包丁に目を向けた。

 研ぐ、というからには、この包丁を使うってことよね?
 でも、小さな米粒をどうやって包丁で削るんだろう・・・。

 不安げにお米と包丁を交互に見やっているアリアに、ハンナの方が不安になった。
「あのー、アリア。」
「な、なに?」
「わかっているとは、思うけどぉ、包丁で研ぐんじゃないからね。」
「え?」
 アリアの表情が一瞬こわばった。
「お米も、野菜なんだから、洗うんだからねっ!」
 ことさら「洗う」を強調したハンナに、ようやく得心のいったアリアである。
「わかってるわよ。」
 アリアはいくらか元気を取り戻した声で返すと洗い場へ向かっていった。
「本当に大丈夫かなぁ。」
 やはりどこか不安の残るハンナであったが、たかがお米を洗ってワカメを刻むだけのこと。まさか爆発するようなこともあるまいと、出汁取りにかかるべく鍋を取り出した。

「あれぇ、アリア。珍しいこともあるもんやなー。」
 アリアが水道の蛇口をひねろうとしたところへルナールが声をかけてきた。
「へーえ、アリアでも料理することあるんや。」
「私だって当番の時くらい・・・。」
・・・大抵非常食のお世話になってるような気がする。
「これ、何ですねん?」
「お米。穀類の一種。」
「じゃ、あの倉庫の?」
 曰くありげな声にアリアは続きを促した。
「ここだけの話やけどな。」
 少し声を小さくしてルナールは話し始めた。
「ここの食料庫、管理が恐ろしく悪いんや。せやから、穀物庫なんぞネズミの宝庫や。」
 ルナールはけろっとして話しているが、聞いているアリアの表情は見る見るうちに青ざめていった。
「ネズミって・・・。」
 ただでさえ暗いところはあまり好きではない。その中をネズミがうごめいているところなど、想像するだけで背筋が寒くなる。いうことは、今アリアが手にしているお米も、もしかしたら、ネズミが走った所にあったものかもしれない。動きの止まったアリアの背を、ルナールは元気よくはたいた。
「軍隊なんてこんなものやろ。」
 ひくひくとアリアの顔がひきつってくる。
「食べ物なんて料理する前にしっかり洗えばいいことやさかい、心配あらへん。」
 あははと陽気な笑いを残してルナールは去っていった。
 ざーっと水の溢れる音でアリアは我に返った。
「そ、そうよ。しっかり洗わなくちゃ。」
 わずかながらもゴミの浮いた白濁色のとぎ汁を見ながらアリアは考えた。

 水洗いするだけで大丈夫なのかしら?  

 流しの横には洗い物用の洗剤がでーんと置いてある。
「そうよ、洗剤で洗えばいいんだわ。」
 これならネズミに着いていた病原菌も洗い流せるにちがいない。よしんばいくらか残ったにしても、洗剤で弱るはずだ。我ながら冴えてるじゃないと、機嫌よくアリアは洗剤に手を伸ばし、米を洗っているボールに向けて一押しした。

「遅い。」
 ハンナは味噌を前につぶやいた。
「たかが、お米研いでワカメ刻むだけなのに・・・。」
 シルエラのところにあったワカメは塩分を含んだ乾燥ワカメである。このまま味噌で味付けしてワカメを後から入れると塩辛くなってしまうおそれがあるので、味にこだわりのあるハンナとしては、ワカメを入れてからでないと味噌を入れられないのだ。それなのに、待てど暮らせどアリアが戻ってこない。
「いくらなんでも、遅すぎる!」
 ハンナは不本意ながらも火を止め、洗い場へアリアを探しに出かけた。

「アリア!」
 アリアはすぐに見つかった。なにやら一生懸命に洗っている様子である。よく見れば、アリアのまわりは水浸しであった。
「なにをそんな熱心に洗ってるの?」
 ひょいと肩越しに覗き込んでハンナは次の瞬間絶句した。
「あ・・・あ・・・。」
 あまりのことに、ハンナは言葉がでてこない。
「もう少し待ってね。なかなか泡がきれい消えなくって・・・。」
 ぶくぶくとまではいかないが、アリアの濯いでいるボールの中からは確かに泡が立っている。
「・・・アリア〜。」
 怒る気力がハンナから完全に失せた。一人前用にと一合だけお米を渡しておいて良かったと心から思ったハンナである。それより問題は・・・。

「アリア、これ、どーすんの?」
 水浸しの洗い場のとばっちりを受けて、一抱えほどもあった乾燥ワカメが完全に元の姿に戻っている。それこそ、一抱えどころの量ではない。洗い場いっぱいに溢れんばかりにふやけているのだ。
「え?ええっ!?」
 アリアの動きが止まった。
「アリア、水。」
 呆然となったアリアに変わってハンナが蛇口をひねって水を止めた。
「いくらワカメが好きでも、これ全部は食べれないと思うよ。」
 言われるまでもなく、水に濡れて本来の量にもどったワカメを前にアリアは為すすべもなく立ちつくした。
「アリア?」
 ハンナの声にがばっと振り返ったアリアは、がしっとハンナの手を捉え握りしめた。
「ハンナ!」
「な、なに?」
「ワカメ料理って、いっぱいあるよね?」
「えーっと・・・。」
 いくつかのレパートリーがハンナの脳裏をよぎる。
「海草は健康によかったわよね?」
 アリアの表情は怖いまでに真剣であった。
「美容にもよかったよねっ?」
 いつにも増して妙に迫力がある。
「今日の夕食、まだよね?」
 キラリと光ったアリアの瞳をマジで怖いとハンナは思った。

「あら、えらく今日のメニューはヘルシーですこと。」
 テーブルの上にずらりと並べられた夕食の皿を見渡しセシルが呆れたように声をあげた。
「ワカメは美容食でーす。たっくさん食べてくださいね!」
 ハンナの明るい声がひときわ元気よく響きわたる。スープに始まって、なます、サラダ等々、すべてのメニューにワカメがふんだんに使われている。ヒューイが何気なくアリアの方を見やると、彼女は黙々とサラダを食べていた。これだけ大量のワカメをどうして使うことになったのかは敢えて聞かないことにし、ヒューイもまた手近なワカメの盛られた皿に手を伸ばすのであった。


おわり
1999.08.20
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