■ヘビの森
「ぜーったい、イヤですぅ。」
「チラリと見ただけでしょう?森にヘビがいたって不思議でもなんでもありません。」
「だって、あのまだら模様は絶対毒を持ってますぅ。」
「森中、毒ヘビで埋まってるわけじゃないでしょうが!!」

ルーシエラ軍との戦闘を前にして、アリアとティアの不毛なる会話が続くこと数十分。
「まだ、続いてますの?」
「どっちもどっちだけど、今回ばかりは、アリアの方に分があると思う。」
傍観者を決め込んでいるハンナとセシルもさすがに無限ループの会話に痺れを切らし始めていた。
そして、今回ばかりは隊長のヒューイも結論がでるまで静観しているだけの余裕がなく、重い腰を上げた。

先日の作戦会議で第7聖部隊は、ルーシエラ軍の別働隊が本隊に合流するのを阻止するよう命令を受けた。
本部では、別働隊は歩兵を主力としており、森を抜けてくると情報を得ていた。
おそらく獣道を分散して進行してくるだろうから、小人数で分散している時に戦いを仕掛ければ、各個撃破でこちらに有利に戦闘できるというのが本部の意見だった。
それを受け、第7聖部隊を素早く移動させるためには、森の地形を把握しておく必要があると、独自に偵察隊をだしたまではよかったのだが・・・。
偵察に出たティアが、森の中で毒蛇を何度も見かけたというのである。
敵の進行予定という湿った獣道では、必ずと言っていいほど見かけたというのだ。
多くのヘビは人が近づくと逃げて行くが、毒蛇の場合は少し異なる。
一定の距離を超えて近づくと、毒牙を武器に噛み付いてくるのだ。
故にすっかりティアは怯えてしまい、森へ入るのを頑なに拒否してしまった。

「まあ、アリア、そう無理強いしても・・・。」
「隊長、これは作戦です。好き嫌いの問題ではありません!」
相変わらず手厳しいアリアの正論にヒューイはやれやれと肩をすくめた。
が、珍しく今回はそれに続いて控えめながらも命令を出したのである。
「アリア、10人前後でいい。陽動の志願者を募ってくれ。」
「陽動、ですか?」
「ああ。できれば山道に慣れてる者がいい。決まったところで作戦を説明する。」
「・・・わかりました。」
ティアとの話は終わったわけではないが、上司命令とあっては仕方ない。
チラリと視線を返しながらもアリアは必要なメンバーを揃えるため部屋から出ていった。

「隊長、ありがとうございますぅ。」
ティアはえぐえぐと頭を下げた。
「ティア、正規の街道を通ってなら森の向こうの村まで行けるか?」
「それは、できますけどぉ・・・。」
こっくりとティアは頷いた。
「森に毒蛇がたくさんいることを人々に知らせてくれ。」
「村の人にですかぁ?」
訝しげな視線がヒューイを見上げている。
「そうだ。村人に被害がでると困るだろう。ただし、ルーシエラ軍には内緒だと付け加えるんだ。」
「あのぉ、絶対ルーシエラ軍に漏れると思いますけどぉ。」
「それなら、それで構わない。敵の主力は歩兵だし。」
「それって、敵への・・・。」
流石に面と向かっては、利敵行為と言えなかったがヒューイもそのくらいはわかっているようである。
「あまり時間がない。ルーシエラ軍が来る前に、村を出ろよ。」
珍しく急かされ、多少の疑問を抱えながらもティアは森の反対側にある村へと向かっていった。

入れ違いにアリアが戻ってきた。
「これがその名簿です。」
志願者の略歴らしきメモも一緒にアリアは差し出した。
「いいだろう。さっそく説明したいんだが。」
「全員外に待機させてあります。」
かくして、陽動隊は簡単な作戦の説明を受け、森の獣道へと移動を開始した。

アリアは陽動隊の取りまとめ役として志願していた。
しかし、いざ作戦開始となると、取りまとめ役として彼女のすることは何もない。
ヒューイから与えられたのは、ルーシエラ軍が通ると思われる道をわざとらしく彷徨き回れというものだったのだ。
敵の偵察者を見つけても、攻撃しないことは勿論、捕らえられるほど接近してもいけないときつく釘を刺されている。
彼らが進もうとしている道を誘導するかのように見せかけれればベストだとも言った。
「彼らが撤退すれば作戦は成功だ。万が一、森を強行突破しようとしたら、その時は狼煙を上げろ。こちらも戦いの準備をしなくてはならないのでね。」
闘わないことを作戦とすることを得意とする人ではあるが、なんとも中途半端な命令であった。
いずれにしても、帰ったら納得行く説明をアリアは求めるつもりである。

薄暗い森は思っていたより歩き辛かった。
光が届かないため湿っぽいし、生い茂っている草がなにより進行の妨げだった。
「他のみんなは大丈夫かしら?」
「早い者は敵から発見されてもいい頃でしょう。」
「攻撃してくるかしら?」
「普通の司令官なら、隊長がおっしゃったように様子をみるんじゃありませんか。言ってもここは我々の領域ですし。」
「目の前を不自然に敵兵が彷徨けば、普通はそう考えるわね。」
そこまではアリアも理解しているのだが、問題はその罠の裏付けとなるものをどう敵に納得させるかである。
ティアが村に走ったのもおそらくその一環だろうが、敵からの一方的な情報を鵜呑みにするほど相手も間が抜けてはいまい。
ティアの言っていた毒蛇がなんとなく怪しいのだが・・・。

「ガートランド副官、敵です!」
アリアは現実に返ると、息を潜めて様子を追った。
秩序ある進行をしているようには見えない。
「逃げだそうとしている?」
ふとした疑問が口を突いて出る。
「どうも、そのようですね。」
何か、敵の話が聞こえないかとアリアは耳を澄ました。
「・・・・ヘビが・・・。」
「毒蛇を放されたのでは・・・・。」
「・・・歩兵の弱点を・・・。」
はっきりした内容とは言い難いが、とぎれとぎれの単語をつなぎ合わせると、「インジェラ軍が毒蛇を森に放ち、しかも、その毒蛇を放った場所へルーシエラ軍を誘導すべく囮が森の中を彷徨いている。」ことになっているらしい。
人間だれしも自分の命は惜しい。
わかっていて危険に飛び込んでいく者は、はっきり言って少ない。
「・・・敵は森から撤退するみたいですね。」
「念のため、最後まで確認してから帰還します。」
しかしアリアの心配は杞憂に終わり、森の中を進軍していたルーシエラ軍の別働隊は本隊への合流を諦め撤退していった。

第7聖部隊へ無事帰還したアリアは報告を兼ねてヒューイの部屋を訪れた。
アリアからの状況報告をヒューイは一応儀礼を持って受けている。
「何にしても全員無事で良かった。」
任務の成功より、部下の安否を優先する指揮官はヒューイくらいなものであろう。
そして、不躾とも言える部下の質問に答えてくれる指揮官も・・・。
ヒューイも流石に説明不足だったことは認めているらしい。
ひとつ溜め息をつくと、がさごそと袋の中を掻き回して細長い棒状のものを取りだした。
「これが、森で見かけたヘビの正体だ。」
アリアの目の前に、まだら模様にヘビ肌をした薄気味悪いことこの上ないものが差し出された。
「いやーー!」
反射的に飛び退いたアリアにヒューイは申し訳なさそうな表情を浮かべている。
「驚かせて、すまん。マムシグサだ。植物だから、当然、害はない。」
言われてみてアリアはおそるおそるヒューイの手元を見直した。
見かけはヘビそっくりだが、たしかに枝葉が付いている。
先端の丸まった部分は、まるでヘビが鎌首を持ち上げた様子にそっくりだった。
薄暗い森の中で、知らない者が見れば、一瞬でそれが植物だと判別することは確かに困難に違いない。
「マムシグサって、まさか・・・。」
驚いたアリアにヒューイはこの辺りの森だけに珍しく群生している植物であることを教えてくれた。
つまり、ルーシエラ軍は毒蛇によく似た草を、第7部隊が放った本物の毒蛇と勘違いして引き返したということなのだ。
戦場へ向かう隠れ山道の要所々を、敵がわざとらしく彷徨っているのを見れば、並の指揮官なら、何か罠が仕掛けてあると疑うのが普通である。
そこへ村人だけに「森にヘビが出るから注意しろ」という知らせが入っり、更に自分たちの中に「ヘビを発見した」という報告が上がれば、導きだす答えはそう違わないはずだ。
それにしても、である。
「敵が騙されてくれなかったら、どうするつもりだったんですか!」
「その時は戦わざるを得なかったろうね。」
呆れ顔のアリアにヒューイはあっさりしたものである。
事実、その時に備えて、森の出口には第7聖部隊が控えていたのだ。
優勢とまではいかないが、そこそこに戦えるだけの備えはあった。
騙されたルーシエラ軍の別働隊は、本隊に合流することなく撤退し、結果として予定していた援軍を得られなかったルーシエラ軍はデュシス率いる第1聖部隊に破れたのである。
「ルーシエラ軍の別働隊が本隊に合流するのを阻止しろと言うのが、第7聖部隊への命令だった。我々は命令を遂行し、デュシスも勝った・・・。」
どっかりとソファーに身を投げ出し、疲れた表情を浮かべたヒューイをアリアは穏やかな微笑みで返し、静かに部屋を後にした。

おわり

参考:マムシグサはサトイモ科テンナンショウ属の多年草。全草に毒成分が含まれる。いも(塊茎)は、除毒すれば食用可能。
1999.08.29
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