■チョコレート大作戦
 ハンナはデュシス様ファンクラブの会長である。会長としての最大の役目は、他の女性による「デュシス様への抜け駆け」を阻止することにある。なかでも一番目を光らせねばならないのはバレンタインデーであった。だが、この日ばかりは単純に阻止すればいいというものではないだけに、会長としては頭が痛い。何しろ、デュシスがひとつも貰えなかったとなると、それはそれで「人気がない」という烙印を押されたことになるので困るのである。
「やっぱ、これっきゃないか・・・。」
 神妙な顔で決意を固め、ハンナはせっせとビラの作成に励んだのであった。

 翌日、兵舎の前にハンナを囲むようにして人だかりができていた。囲んでいるのは見事に女性兵士ばかり。
「と、いうことで、材料の都合があるんで、夕方までに参加希望者は申し出てくださーい。」
「ホントにタダで教えてくれるの?」
「もっちろん!ファンクラブ行事の一環だかんね。あ、会員でなくても今回はおっけーね。」
 にこにこっと笑ってハンナは参加を記入する用紙を差し出した。
「ここに名前。んで、申し込み完了。」
 一般兵士達には、多少の自由時間は与えられているとはいえ、自由に街まで買い物に出かけられるほどのゆとりはない。前線から離れているとはいえ、一応ここは戦場なのだ。そんな戦場にでもバレンタインは暦どおりにやってくる。嗜好品の類はそうそう手には入らない。
 その点、ハンナはこれでも士官である。それ故に多少の自由が利く。更には、彼女の所属する第7聖部隊は隊長が隊員達の行動に大らかなため、普通よりかなり自由が利くのだ。危険が伴わなければ、これほど自由に行動できる部隊というのもはっきり言って珍しい。ハンナの「デュシス様に手作りチョコを渡そう」企画は、ある意味隠れた需要に応えたものであった。バレンタイン目前のとある日、ハンナはしっかり人数分の材料を用意して、企画を開催したのである。

「はい、はい、そこ、無駄話しない。」
 珍しくびしっとハンナの声が響く。
「人の話を聞かずに失敗したからって責任もてないんだかんね。」
 右手に持ったヘラの先がヒソヒソ話をしていたふたりに向けられた。
「すみませーん。」
 指摘された女性達が首をすくめる。
「では、次に移ります。」
 再び静かになったのを確認すると、ハンナはコホンと咳払いして次の作業の説明に入った。
「この湯煎に溶かしたチョコレートをこうして袋に詰めて、きゅっと絞る。んで、いよいよ字を書いていきます。」
 説明しながらハンナは実に手際よく作業を実演していった。
「デュシス様のイニシャルであるDをこうして書けば、できあがり。」
 できあがったDの文字入りハートチョコレートをハンナはくるりと見せて回った。
「いい?じゃ、がんばって書いてみよう!」
 ハンナの合図に一斉に湯煎のふたが開けられた。もわ〜っと蒸気が部屋中に充満し、チョコレートの甘い香りが広がっていく。
「固まる前に手早くやろうね。」
 ハンナの軽い口調とあっと言う間に終わった実演から、一同気軽に始めたは良いが・・・・。
「う・・・ぶさいく。」
「いやーん、まがりすぎっ。」
 いくらも経たないうちに、思い通りに文字が書けない女性達で部屋中騒然となっていった。
「ふーむ、どれどれ。」
 その間をハンナは先生よろしく見回って、助け船を出していく。
「・・・。」
 ある程度予想はしていたが、そこには文字とは似ても似つかないものがぐんにゃりと絞り出されていた。
「こんなのとてもじゃないけど、渡せないです〜。」
 いかに心がこもっていようと、あまりにも見目が悪くては作った者としてのプライドが許さない。考えてみれば誰にでも簡単にイニシャルが書けるのならば、この時季流行る文字入り職人が存在する意味がない。簡単そうで思うようにできないからこそ、そういうプロが存在するのである。
「チョコレートだから、いっくらでもやり直しはきくけど・・・。」
 軍務のわずかな自由時間のなかで、これだけに掛かり切りというわけにもいかない。うーんと考え込んだハンナに一同の熱い視線が集中していた。
「よし。書くのも置くのも、結果、美しければいいのよね。」
 ひとりで納得すると、ハンナは再び湯煎で溶かしたチョコレートを絞り出し袋に詰めた。
「こうやって、できるだけ同じ形をたくさん作って〜。」
 小さくて丸いチョコボールが次々とお皿の上に転がっていく。
「で、さっきの失敗した文字を削って〜。」
 ナイフで惜しげもなく書かれた文字を削っていく。
「付きやすいように表面に薄く湯煎チョコを塗って〜。」
 みんなの視線が注目する中、ハンナはその上に「D」の字になるよう丸いチョコボールを置いていった。
「じゃーん!これなら、下書きした文字の上に置けるから、きれいにできるよねっ。」
 ハートチョコレートの上に、ドット字よろしく丸いチョコボールの「D」が浮かび上がっている。
「会長、すっごーい。」
 畏敬と感嘆の入り交じった歓声のなか、ハンナは得意満面であった。
「でも、最初から作り直すとしたら、結構時間がかかりそう・・・。」
 ポツリと呟かれた声はその場の雰囲気を一気に沈めていった。彼女たちの時間は限られている。兵士達の自由時間はもうじき終わろうとしていた。
「チョコの表面を削るのは部屋でもできるし、接着剤代わりの湯煎チョコもこのくらいならティーカップで温められるよ。」
 その中をハンナの元気な声が再び響く。
「丸チョコ作りには、ある程度場所とチョコの量がいるから、それだけまとめて作ちゃえばいいの。」
 絞り出しの丸チョコは、一人一人がチマチマ作るより、まとめて作った方が確かに効率的だ。
「さっすが、会長、あったまいい〜。」
 流れさえ掴んでしまえば、あとは行動あるのみである。目的を同じくする同志達は、残り少ない自由時間を効率的に消化したのであった。

 その夜以来バレンタイン前日まで、女性兵士達の部屋からは何やら甘い香りがするとかしないとか。
「会長公認のことだし、がんばるぞー!」
 大多数の参加者は、当初の目的を果たすべく頑張っている。けれども、勇む声の影にはちゃっかりした乙女心も見え隠れしているのだ。
「デュシス様は確かにステキだけどぉ・・・。」
「同じあげるなら、本命のカレよねっ。」
 インジェラ軍女性兵士たちによる水面下の戦いは、まだ始まったばかりである。


おわり
2000.02.03
back