翡翠伝承

聖夜蒼乱(1)
「じんぐるべーる、じんぐるべーる、すずがーなるっ。」
半ば自棄気味な、しかもかなり調子っぱずれの歌を口ずさみながら、メイは大きな箱を抱えて王宮の階段を駆け上がり、ディアーナの部屋の扉を叩いた。
「ディアーナ、いる?」
「あら、メイ。どうしましたの?」
「えーと、今日はクリスマス、じゃない、降臨祭でしょ?で、ひょっとして、万が一、その、ヒマ?」
ディアーナの部屋はそれなりの飾り付けが施され、テーブルの上には極上のティーセットが用意されている。
何となくお客を待っているような雰囲気なのだ。
けれどもディアーナから返ってきた返事は不機嫌きまわりないものであった。
「ええ、思いっきりヒマですわ!」
いつものおっとりした口調はどこやらへ、感情そのままに語気が強い。
「一生懸命用意しましたのに、今朝になって「悪りぃ、ヤボ用。」って出かけて行きましたわっ。」
ディアーナが誰と過ごすつもりだったのか、メイには聞くまでもなかったが、どちらにしても、予定がなくなりヒマになったことには変わりない。
・・・これは相当怒ってるな、とメイは密かに溜め息を吐いた。

降臨祭は女神エーベの誕生を祝うと同時に、恋人達には特別な日とも言われている。
それだけにメイもアイシュとふたりで迎える初めての降臨祭に少しばかり期待していた。
アイシュにしてもそれは同じだったのだろう。
いつにも増してその日の為の特別なメニューを、数日前からあれこれ準備していたところをメイは確かに見ていたのだ。
ところが特大のケーキを用意した矢先、アイシュは王宮からの急な用事が入ったからと何度も謝りながら出かけていったのである。
「これ、どーすんのよ!」
一抱えはたっぷりあろうかというケーキを前に叫んだメイに、
「本当にすみませーん。あの〜、姫様達とでも召し上がってください〜。」
と平身低頭のアイシュであった。

今にして思えば、アイシュは、ディアーナもまた同じ状況下にあることを知っていたのではないかという気がしないでもない。
そもそもアイシュに王宮からの急使があるということ事態、充分怪しいのである。
文官として出仕していた頃はともかく、王女付きの一介の家庭教師に王宮からの急使があるなど、普通では、まずあり得ないことである。
「そりゃ、アイシュを頼って、今だにいろいろ相談を持ち込んでくる、先輩だの後輩だのがいることは知ってるケド・・・。」
しかし、しかしである。今日は降臨祭なのだ。
「あたしっていう恋人がいることを承知の上でかっさらってくなんて、いい度胸だわよ。」
とはいえ、憤慨し、いかにメイが自棄食いしようとも、あの巨大なケーキはとてもひとりで食べ尽くせるシロモノではない。
アイシュのススメもあったことだしと、メイは特大ケーキを抱えて、ディアーナの元へやって来たのである。
かくして、テーブルの上に極上のお茶と特大のケーキとがセットされた。

「これで焼き菓子があれば完璧だね。」
降臨祭独特のお菓子には、マフィンをもっと軽くしたようなビスケットによく似た焼き菓子がある。
一緒に食べた相手に永遠の愛を誓うことになるとかで、恋人達には欠かせないお菓子なのだ。
「それなら、ここにお持ちしました。」
「まあ、シルフィス!」
部屋の入り口に一目で降臨祭用とわかる焼き菓子の詰まった篭を抱えたシルフィスが立っていた。
「ノックしようとしたら、メイの声が聞こえたものですから。すみません、勝手に入って。」
ペコリと頭を下げたシルフィスに、ディアーナはそんな遠慮は無用とばかりに部屋の中に招き入れた。
「あの、もしかして・・・?」
「はい。つい先ほど、「あ、悪い。急用。」とだけ言ってどこかへ出かけました。」
いつも穏やかなシルフィスにらしからぬ冷たい口調であった。
「ええ!?キールまでも?」
これはますますもって怪しいとメイは確信した。
だからといって、自分たちにできることといえば、この日の為に用意した大量のお菓子を、腐る前に処理する事ぐらいである。
かくして降臨祭の日に放っておかれた3人は、スイート・パーティとしゃれ込むことになった。

が、邪魔が入る時は、全てにおいてそうであるものらしい。
お喋りに花が咲き、ようやくそれぞれがいつもの調子を取り戻した時、新たな客がディアーナの部屋の扉をノックした。
「姫様、いらっしゃいますぅ?」
「げげっ、あの声は・・・。」
メイが身構えるのと同時に、ミリエールが賑やかな衣擦れの音をさせて入ってきた。
「な、なんのご用ですの?」
メイ以上に身構えたディアーナがややうわずった声で対応する。
「ごめんなさい、お客様でしたのね・・・。」
部屋にはディアーナひとりでないと知ると、ミリエールは途端に手の平を返したようにしおらしくなった。
「どうかしましたの?」
「いいえ、いいんですの。お邪魔しましたわ。」
いつもと違って、直ぐに帰ろうとしたミリエールを、メイが引き留めた。
「別に、遠慮することないわよ。何か用があったから、わざわざ来たんでしょ。」
「それは・・・でも、いいんですの。また、にしますわ。」
くるりと踵を返したミリエールの前に、シルフィスがにっこり立ち塞がる。
「たまには私達と一緒でも、いいではありませんか。それとも、私達とではお嫌ですか?」
「そんなことは、・・・ありませんわ。ええ、いいですとも。」
形勢不利と悟っで開き直ったのか、ミリエールは再びディアーナに向き直った。

「わたくし、姫様にお会いしたかったのですわ。」
「え?」
思いもよらぬミリエールの言葉にディアーナだけでなく、シルフィスとメイも呆気にとられている。
「今日は降臨祭でしょう。いつもお世話になっている姫様と一緒にすごしたかったのですわ。
でも、他にお約束がおありのようですから、もう、いいんですの。」
「なーんだ。だったら、そう言いなさいよ。」
何事か起こったのではないかと内心警戒していただけに、メイは、あーあと肩の力を抜いた。
「今更一人増えたところでどうって事ないわよ。あんたもヒマを持て余したクチなんでしょ。」
「え?ええ、まあ・・・。」
もごもごと口ごもってディアーナを見上げている。
「何かありましたの?」
「あの、姫様、街へはお出かけになる予定はないんですの?」
「街へ、ですの?」
「せっかくのお祭りですから、姫様と街へ遊びに行きたかったんです。」
「わたくしと?」
聞き返したディアーナにミリエールは頷いた。
「姫様、王都の降臨祭は初めてでいらっしゃいますでしょう?」
言われてみて、ミリエール以外は皆、王都での降臨祭は初めてであることに気が付いた。
「街はお祭りでとっても賑やかですの。姫様ならきっとお気に召しますわ。」
「あ、それ、いいかも。お腹いっぱいになったし、少し運動しなくちゃ、カロリーオーバーだもん。」
「そうですね。今日は天気もよさそうですし、ご一緒しますよ。」
誘われた本人より、あとの二人の方が乗り気になっている。
二人に異存がないとなれば、ディアーナにも断る理由がない。
「いいですわ。ミリエール、街へご一緒しますわ。」
「はぁ?・・・。」
あっさりと同意され、ミリエールは気の抜けたような返事を返してしまった。
「んじゃ、善は急げ。」
メイの合図にそれぞれコートを手に取ると、困惑した表情のミリエールを先頭に、一同は王宮から街へと繰り出していった。
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