翡翠伝承

水華乱舞(2)
「アイシュ!」
炎の中にアイシュはいた。
「メイ?」
振り返らずに掛けられた声はいつになく緊迫したものであった。
「ダメだ、逃げて下さい。敵う相手じゃない!」
(誰か、いる?)
立ちこめる煙の中に、強烈な殺気が感じられる。
「また、ゴミが一人増えたわね・・・。」
ぞっとするような凍てついた声が炎の向こうから発せられた。
「や、やばそうな人。」
戦慄がメイを襲う。
しかし、メイは瞳を凝らして相手の姿を見いだした。
「あんたが放火犯?」
顔は覆われているからその表情は、直接見えないはずのに、確かに笑われたような感じがする。
それだけ、敵は自信があるということなのか?
しかも、火を仕掛けたのはアイシュだと冷酷な声が耳に飛び込んできた。
そして、床に倒れている総務長をせせら笑っている。
「弱い者は・・・だた死ぬだけ。そうじゃなくて?」
隙のない剣が鈍い光を放っている。

「何が目的ですの?」
煙にむせながら、ディアーナの声が背後から掛けられた。
メイの後を追って炎の中へ飛び込んできたディアーナとシルフィスの姿が部屋の入り口にあった。
「姫様!?」
「わたくしは、この国の王女ディアーナ・エル・サークリッド。
暴力を振るう前にわたくしに望みをおっしゃい!」
キッとした眼差しが炎の向こうの敵を睨み付けている。
ディアーナの言葉に対して、相手は無言だった。
いや、無言のまま、目にも留まらぬ早さで剣が突き出されたのである。
「・・っ!」
「シルフィス!」
ディアーナに振り下ろされた剣は、シルフィスの剣によって最初の攻撃はくい止められた。
しかし、返しで振り払われた切っ先は、シルフィスの脇腹を掠めていったのである。
「ちょっと、シャレになんない・・・不意打ちなんて卑怯よ!」
メイの叫びなど、所詮敵に通じるものではない。
「次は、急所を狙いますわ。お退きなさい。」
それでも、さすがに年端のいかぬ相手に情けを掛ける気になったのか、次の攻撃はすぐには襲ってこなかった。
「あなたがたのような、見習い達がここで死んでも大勢は変わらない。
もう一度聞くわ。引きなさい。」
しかし、それに対するメイの答えは決まっていた。
「いやよ!」
きっぱり言い切って、心を落ち着けるべく深呼吸する。
ここで怒りに我を忘れては、それこそ相手の思うつぼであり、勝利のチャンスは巡ってこない。
相手の技量はぬきんでており、メイ達が束になってかかったところで敵う相手ではないのだ。
しかし、ここで、「はい、そうですか」と引き下がったところで、相手が見逃してくれるかと言えば、それこそ奇跡を待つようなものである。

「ここで逃げたって、あんたは全員殺すつもりなんでしょ!?」
メイはなるべく自分に相手の注意が向くよう、わざと高飛車な物言いをした。
「だったら、ぜっーたい、どかない。あたしのプライドに賭けてね!」
「いい覚悟ですわ。」
メイの言葉が終わるのを待っていたかのように、剣先がメイを目掛けて突きつけられた。
「!!」
だが、間一髪のところで、その剣は見えない壁に阻まれ、空を虚しくはじいて返す。
「・・・な、なんとか間に合いましたわね。」
ディアーナの覚えたてほやほやのプロテクションがメイを守ったのだ。

「ちっ!」
メイの挑発がディアーナの魔法呪文を唱える間の時間稼ぎだったことに気が付き、矛先を当初の目的であるアイシュに向けた。
が、不慣れなディアーナでさえ魔法を唱えることができた時間を怜悧なアイシュが無為に過ごしているわけがない。
「水よ!刃となって我が意に答えよ!汝が敵を打ち倒したまえ!」
鋭い氷の刃が一斉に相手に降り注いでいく。
「くあっ!」
予期せぬ方向からの攻撃に、いかに素早い動きを持ってしても全てを避けきることは不可能であった。
「やった!」
アイシュの放ったいくらかのアイスニードルは、確実に相手を直撃したのである。

「くう・・ふふ・・恐れ入りましたわ。」
それでも、致命傷は与えられなかったと見え、敵は倒れなかった。
「ぬかったとは思わないけど・・・ここは退くのが得策ですわね!」
傷ついたシルフィス目掛けて、敵は活路を見いだしたようである。
シルフィスの並はずれた運動神経でなければ、到底避け切れなかったであろう。
反撃こそ出来なかったが、シルフィスは自らにかかってきた火の粉は自慢の反射神経で乗り切った。

「無事か!?」
その頃になって、ようやく応援部隊が駆けつけてきたらしい。
「・・・二度と会うことはないですわね、小さな魔導士さん。」
不敵な笑みを浮かべ、敵は窓から外へと飛び出していく。
「くらえ!スペシャル必殺技!ファイアーボール!」
メイは逃げていく敵目掛けて、ダメ押しのファイアーボールを連発した。
「威嚇くらいには・・・なったかな?」
警備兵を総動員して追っ手を差し向けたらしい官吏の声を耳にしながら、メイは安堵のため息を吐いた。
「逃げられちゃうだろうな・・・。」
自分たちが無事でいるのが不思議なくらいなのである。

アイシュは傷ついた総務長の側に駆け寄って応急手当を試みている。
「メイ、手伝って頂けますか?もう立つ気力もないようです。」
「いいよ。」
シルフィスの方は、ディアーナが手を貸している。
こちらは見た目ほど酷くはなさそうである。
無傷とまでないかないが、せいぜい服を切り裂いて、そのついでにうっすらと皮膚も裂けたというところであった。
「ありがとうございます。あなた達が来て下さらなかったら、僕もこの人も死んでいました。」
アイシュは3人に頭を下げた。
「あはは・・・。そんな、ほら、あたし達って無鉄砲だから。」
「事件は表沙汰になってしまいましたが、あなた方にはご迷惑がかからないようにします。」
そして、総務長を支えるのに肩をかしたメイだけが、アイシュの呟きに近い最後の言葉を耳にしている。
「・・・あなたに出会えて幸せです。」
アイシュは確かにそう口にしていた。
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