翡翠伝承

水華乱舞(3)
王宮の不審火事件からそう遠くない、星のきれいな夜のことだった。
メイは眠れぬ夜に、開き直って、眠くなるよう魔法書を広げて眺めていた。
「こういうときに限って、眠くならないのよね。」
大きく伸びをして、気分転換に窓を開けようとしたメイは、そこにアイシュの姿を見つけて、急いで窓を開けた。
「こんな夜遅くに、何してんの?妖しい人物に間違われるよ。」
「夜空がきれいなんでお散歩なんです〜。よろしかったら、あなたもどうですか?」
手にしたカンテラの光がアイシュの眼鏡に反射して、真実の表情まではわからない。
アイシュの口調はいつもと変わらぬのんびりしたものであった。
折しもメイは退屈していたところだったから、二つ返事でOKすると、そそくさと部屋を後にした。

もともと雄弁な方ではないが、今夜のアイシュは、メイが出てきて以来、ずっと黙ったままである。
いや、何か話したいことがあるというのは判るのだが、それを言葉に出すのを躊躇っているらしいのだ。
痺れをきらしたメイが何か言いかけたとき、同時にアイシュの口が開かれた。
そこでまたしても間がもたれたが、ついにアイシュは本題を切り出した。
「その、お礼が言いたくて・・・。」
一旦口火を切ると、アイシュはぽつりぽつりではあったが、途切れることなく話を続けていった。

メイの知らない、アイシュとキールの子供時代がそこにあった。
そして、クラインを根底から揺さぶることになるかもしれない、隣の大国ダリスの陰謀。
アイシュの話は、アイシュ自身だけでなく、まわりの者をも否応なしに巻き込んでしまったことに対する贖罪でもあった。
「だから、今日辞表を提出してきました〜。」
最後の言葉はメイにはすぐに理解できないものだった。
「は〜!!」
素っ頓狂な声で聞き返したメイに、アイシュはにこにこと
「辞めたんです、僕〜。」
と少しも変わらずのんびりした調子で答えたのである。
「ややや、やめたって・・・これからどうするの!?」
当人よりも聞いた方が動揺して、しかも現実的な話題を振ってしまう有様であった。
「生活は?キールは?老後は?」
考えてみれば、おかしな話ではある。
なぜなら、メイはずっとこの世界にいるとは限らない人間なのだから。
言ってから、その矛盾に気が付き、メイは言いようのない寂しさに襲われた。
「だから、ちょっと・・・帰るアイシュが羨ましい。」
ぽろりと口から出た本音にアイシュは事投げに、しかし本当は玉砕覚悟の気持ちをメイに打ち明けた。
「だったら、一緒に来ませんか?」
それは、その日何度目かの驚きがメイに訪れた瞬間だった。



「・・・で、OKしちゃったわけですのね。」
「あはは・・・。ごめん!」
翌日、いつものようにメイの元を訪れたディアーナは、驚くと言うより呆れて話を聞いていた。
しかし、結局のところ、それはメイとアイシュの問題であり、ディアーナの関知するところではない。
ディアーナの関心事は別にあった。
「それで、出発はいつですの?」
「うーん、アイシュ次第かな?ほら、あたしなんて荷物ほとんどないし・・・。」
そこへ噂の当人アイシュがやって来た。
「おはようございます、メイ。」
「おっはようー!」
これで本当に恋人同士なのかと言いたくなるほどあっさりした挨拶である。

「あれ、姫様、また王宮を抜け出して・・・。」
アイシュはディアーナに気が付くと大きなため息を吐いた。
「たまには息抜きが必要ですわ。」
にっこりすまして応えるディアーナである。
「ところで、出発はいつですの?」
「え?」
「アイシュの故郷へ行く日取りですわ。」
にこにこ尋ねるディアーナにアイシュのみならず、メイも不吉な予感が胸をよぎる。
「えー、まだ・・・その、なるべく早いうちにと・・・。」
ごにょごにょと言葉を濁すアイシュに、ディアーナは、決まったら早めに教えて下さいねと曰った。
「・・・いいけど、見送りとか、いらないからね。」
アイシュが辞表を出した経緯があまり表だって言えるものではないだけに、なるべくならひっそりと王都を出ていくつもりであった。

「あら、見送りなんてしませんわ。第一そんな必要ありませんもの。」
見送りはいらないと言ったものの、こうあからさまに言われるとおもしろくない。
しかし、ディアーナの発言にはとんでもない続きがあったのである。
「だって、わたくしも一緒にいくんですもの。」
「ええっ!?」
「どーっして!?」
「文官の方は辞表を出せば終わりなのでしょうけど、わたくしの家庭教師は後任が決まるまで、アイシュしかいませんのよ。
どうしてもアイシュが故郷へ還るというのであれば、わたくしが着いて行くしかありませんでしょう?」
心なしかディアーナの声が弾んでいるような気がする。
「メイから聞きましたわ。故郷でも先生みたいなことするのだって。
だったら、ひとりくらい王都からの生徒が増えたと思えばいいではありませんの。」
・・・そう言う問題ではないと思うのだが。
しかし、ディアーナはどうやら大真面目で、すっかり付いて行くつもりになっている。

「あのー、殿下のお許しは・・・・。」
「わたくしが一日でも早く立派な王女になることがお兄さまの望みですもの。
自主的に勉強したいって申し上げたら、それはいいことだっておっしゃいますわ。」
セイリオスがディアーナに甘いのは今に始まったことではない。
「そうそう、シルフィスにも知らせておかなければ。騎士団の教科も見ていたのでしたわね。」
俄然元気なディアーナである。
「あの〜。」
「それでは、ごきげんよう、メイ。あとでまた来ますわね。」
「姫様〜・・・。」
軽やかな足取りで、ディアーナはメイの部屋から出ていった。
「ねえ、アイシュ。ディアーナが成人するまで、王都にいた方がいいみたいだね。」
「僕、本当にまずい仕事引き受けちゃってたんですね〜。」
メイの提案にしみじみ言葉を返すアイシュであった。

おわり

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