翡翠伝承

天の砦の下なるすべて(2)
アイシュとシルフィスは北の砦に到着するとすぐに周りの様子を確認するべく当直の兵士に案内を請うた。
キールとメイも付いて行きたがったが、先日の小競り合いで生じた負傷者の治療が先だと判断し、はやる心を抑えて救護室へと直行していった。

北の砦は、ダリスから続いている暗雲にその上空を覆われていた。
その異様な光景は見るだけで気が滅入ってくるような重苦しさである。
「ひどい空模様ですね〜。」
「はい、あんなに気味の悪い空は初めてです。」
「ここじゃ、珍しくもないですよ。」
兵士の声に例えようのない不安が込められていた。
その不安は、おそらく砦に滞在している兵士達の誰もが持っているに違いない。
それなら、尚更依頼された調査を急いだ方がいいように思われた。
「ここからダリス国内へ入るとすれば、あの道を進めばいいのでしょうか?」
「いや、あれは表街道だからダメだ。行くならこっちだな。」
指し示されたのは、細い、俗にけものみちと呼ばれている山道である。
シルフィスは当惑したようにアイシュを見やった。
「大丈夫ですよ〜。これでも田舎育ちなんですから。」
「そうですか?」
しかし、シルフィスの不安をよそに、アイシュはその道へと進み始めた。
「ど、どちらへ?」
慌てたのは案内役の兵士である。
「ちょっと道の様子を見てきます。」
こともなげに答えると、アイシュは一見無防備そうに、しかしその実細心の注意を払ってけものみちへと降り立った。

一方、砦の治療室に入ったキールとメイは文字通り怪我人の治療に忙殺された。
「なんだってこんなになるまで放っておいたっ!」
「ちょっとぉ、病人に向かって怒鳴らないでよ!」
・・・どっちもどっちだ。
それでも流石に為すべき事は心得ているだけあって、双方とも治癒魔法を惜しみなく発動させた。
治療を施された患者たちは確実に快方へと向かっている。
その様子が目に見えてわかるため、レオニスはキールとメイの間に敢えて割り込まなかった。
ふたりの扱う魔法は同じ治癒魔法といっても、その元となる部分はかなり異なる。
それが互いに欠けている領域をうまくカバーしあって、堅実な成果をあげているのだ。
・・・案外、いいコンビなのかもしれん。
が、それはレオニスの胸中にだけ留められた所見である。
治療を受ける怪我人達は、ふたりの剣幕のすごさに圧倒されてか、大人しくその身を任せていた。
「あとどのくらい残っている?」
「この人で最後。はい、おしまい!」
最後のひとりの治療が終わると、さすがに二人とも疲労の色を濃く顕わしている。
「・・・お腹空いた。」
何事にも正直に反応するメイに、レオニスは苦笑混じりで頷いた。
レオニスはその経験から、魔法を発動させたあと魔導士達に休息が必要なことも知っていた。
「先に部屋に案内させようか?」
「ううん、もうじきシルフィスが帰ってくるだろうから、それからでいい。」
「そういえば、兄貴達、どこまで行ったんだろ。」
砦を一回りしてくるだけと言った割には戻ってくるのが遅いような気がする。
「キールって意外と心配性なんだ。」
クスリと笑ったメイにキールはそっぽを向いた。

「だが、確かに遅いな。」
レオニスが眉をひそめた。
それは戦場に慣れたものの直感とでもいうものかもしれない。
「誰か、迎えに行かせよう。」
人の手配をしようとした矢先に、その知らせが駆け込んできた。
「ダリスの奇襲部隊が発見されました!山麓のけものみちで応戦中!」
「どの部隊だ?」
「部隊ではなく、その・・・先ほど到着された・・・。」
「アイシュとシルフィス!?」
だが、悪い知らせはそれだけではなかった。
「ダリスの本隊が砦の裏手から接近中!」
見張りからも急を告げる報告が入ってきたのだ。
「直ちに迎撃の準備をしろ。だが、攻撃は待て。」
訝しげな兵士の視線にレオニスは短く付け加えた。
「こちらに援軍がいることを悟らせたくない。」
ぎりぎりまで攻撃を控え、いかにも戦力不足と見せかけて一気に反撃に転じる作戦であることを言い含める。
「その間、私はアイシュとシルフィスを迎えに行く。タイミングが合えば、敵の背後からも攻撃できる。」
「あたしも、行く。」
メイがスカートの裾を払いながら立ち上がった。
いったいその小さな身体のどこにそんな力が潜んでいるのかと流石のレオニスも驚いた。
今の今まで壁にもたれてぐったりしていた人物とは思えないほどの変わり様なのである。
「俺も、行くぞ。」
キールもまたゆっくり立ち上がった。
敵の本隊が接近している以上、砦の兵力を割くのは得策ではない。
アイシュとシルフィスだけで今までくい止めているということは、奇襲部隊はおそらく小規模で本隊の囮であろう。
自分たちだけで済むのなら、それに越したことはない。
「わかった。同行を許可する。だが、無理はするな。」
それでも一応は釘を刺しておくことは忘れなかった。
「行くぞ。」
すばやく準備を整えると3人は砦をあとにした。

偶然を装ってけものみちへ入ったアイシュは、その異様な雰囲気に息を潜めた。
それはすぐあとを追ってきたシルフィスとて同様だったらしい。
「わかりますか、シルフィス?」
「それほど多くはありませんが・・・。」
研ぎ澄まされた感覚が危険信号を点滅させている。
この道に入った瞬間、敵の存在は関知していた。
おそらく相手方もそれは同じであろう。
存在を気が付かれた以上、互いに見逃すわけにはいかない。
そして人数に不足がある以上、相手の気勢を征する必要がアイシュ達にはあった。
「水よ!刃となって我が意に答えよ!汝が敵を打ち倒したまえ!」
アイシュの水魔法が炸裂した。
「ぎゃっ!」
複数の奇声があがり、大地が悲鳴をあげている。
「接近戦はお任せしましたよ。」
目の前に飛び出してきたダリスの兵士はシルフィスの剣が迎え撃った。
遠方の敵はアイシュの魔法で攻撃し、その間を縫って接近してきた者はシルフィスがくい止める。
一人たりとも砦に到達させるつもりはなかった。
一緒に来ていた兵士が援軍を呼んで戻ってくるまで持ちこたえればいいのだ。
アイシュもシルフィスも無理な戦いを挑んだ訳ではない。
勝てなくとも負けないだけの算段は付けたつもりであった。
しかし、敵とていたずらに戦力を割いたわけではなかったのである。
「また、お会いしましたわね、見習い騎士様。」
皮肉めいた鋭い声がシルフィスに投げかけられた。
「お前はあの時の!」
「次は、ないと申し上げておきましたのに。」
シルフィスの背に冷たいものが流れ落ちる。
あの時より実力は付いているとはいえ、絶対に勝てるだけの自信はなかった。
チラリとアイシュに視線を走らせると、彼もまた、その人物の出現に気が付いたようである。
「われらは大地にひれ伏し、あがめしもの。女神の腕よ、守り給え!!」
アイシュは迷わず全面の敵を攻撃するより、シルフィスの防御に力を注いだ。
効果のほどはそれほど期待できないが、多少なりともそれで敵がかく乱できれば、あとはシルフィスがなんとかするだろう。
その代わり・・・。
目前に迫ったダリス兵にアイシュに為すすべはなかった。

「炎よ、今こそ我が手に集まりて刃と為せ!ファイヤーストーム!」
灼熱の炎を纏った風が空を裂いて、ダリス兵を薙払った。
「メイ!?」
「われらは大地にひれ伏し、あがめしもの。女神の腕よ、守り給え!!」
更なる強力な防御がシルフィスを包み込む。
「キール!・・・隊長!」
「・・・強力な騎士様のお出ましですわね。」
対峙する相手が変わったことにすぐさま気が付き、転身した素早さは流石である。
無言で剣先を向けたレオニスに彼女は艶やかな笑いを返した。
「お見事ですわ。」
短く賞賛した時には、すでにメイの魔法攻撃の範囲外にいた。
「本気で戦うつもりですの?」
「先に仕掛けてきたのはそっちじゃない!」
「それを受けたのはそちらの勝手。」
「なんですってぇ!」
「大人しく従えばよかったっていうんですか。」
「少なくとも無駄な戦いをしなくても済むのではなくて?」
「侵略されて黙っているほど我が国とて寛大ではない。」
「それは、権力者の理論。支配される側には無用のものですわ・・・。」
冷ややかな視線でなめ回すように、ゆっくり見返している。
まるで何かを待っているかのように。
次の瞬間、レオニスがハッとなったように砦を振り返った。
それに呼応したかのように、一筋の煙が天へと上っていく。
「時間ですわね。お相手できなくて残念でしたわ。」
再び振り返ったとき、勝ち誇った笑みを目の当たりにして、レオニスは敗北を悟った。
奇襲部隊の目的は囮ではなく、陽動。
それも自分たちを砦から誘い出すための。
・・・では、砦は既にダリス軍の手に落ちたということか!?
愕然としたレオニスに抑揚のない声が投げられた。
「ご心配なく。あれは砦からわたくしに撤退しろとの合図ですの。」
「どういう意味だ?」
「お戻りになればわかりますわ。」
すでにあたりからダリス兵の気配が消えている。
「ごきげんよう、威勢のいい魔導士さん。」
奇襲部隊の最後のひとりが、鮮やかな笑いを残して姿を消した。
「・・・戻るぞ。」
誰もが無言のまま砦へと帰還していった。
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