翡翠伝承

天の砦の下なるすべて(3)
北の砦はもとのまま無事な姿を留めていた。
「隊長!」
レオニス達の姿を認めるなり幾人もの兵士が駆け寄ってくる。
「何があった?」
「わかりません。いったい敵はどういうつもりなんでしょうか?」
問いかけた方が逆に問い返される始末である。
「どういう意味だ?」
砦の至る所に新しい戦禍の跡が残っている。
ダリスの兵士が砦を占拠しないまでも、足を踏み入れたことは確かである。
訝しげなレオニスを副隊長が待ち構えていた。
その目は怒りに爛々と燃え、今にもダリスへ進撃して行かんばかりに憤っている。
「・・・何を持っている?」
無造作に突き出されたのはダリスの紋章で封蝋された封書。
即ちダリス国王からクライン国王へ宛てた親書である。
「どういうことだ?」
「陛下に、色好い返事を待っていると。」
「な・・!」
「戦いの最中に、堂々と読み上げていきました。そして撤退していったんです!」
「つまり、砦にいる者は一人残らず、そのことを知っているのだな。」
低い声がさらに低く響き渡る。
答えの返ってこないことが肯定を示している。
万事休す。
レオニスはその封書を握りしめた。

「何がどうなってるの?」
「私にも何のことだか・・・。」
アイシュはレオニスと向き合っている。
ふたりの視線は自ずとキールに向けられた。
キールは黙りを決め込んでいる。
が、シルフィスの突き刺すような視線に流石に閉口し、重い口を開いた。
「ダリスの国王は独身だ。そしてクラインには適齢の王女がいる。」
シルフィスとメイの反応は予想するまでもない。
「バカにしないでよ!」
どちらが先に叫んだのか、キールには判断できなかった。

レオニスは自らクラインの王都へその親書を運ぶ旨アイシュに伝えた。
表向きは、国の未来を左右する役目を他の人間に任せるわけにはいかないとの理由であるが、使者に発たされる者の心理的負担を思いやっての判断であった。
「アイシュ、あとをお願いする。できるだけ早く戻って来るつもりではあるが・・・。」
「こちらのことはご心配なく。少なくとも・・・その日まではダリス側も静観しているでしょうし。」
「・・・そうだな。」
レオニスは砦の指揮権をアイシュに委ね、一刻を争うかのように王都へと馬を駆っていった。

メイは怒りに燃えていた。
何の役にも立たなかった自分がどうしようもなく腹立たしくもあった。
「ダリスへ行く!」
飛び出す寸前のメイを捉えたのはアイシュだった。
「メイ、今は我慢して下さい。」
「イヤよ!」
メイは激しく首を振って叫んだ。
「ダリスへ行って、王の首掻いてやる!」
それは、その場にいる者全ての気持ちでもあった。
「メイ。」
アイシュはまんじりともせず、静かにメイの名前を呼んだ。
だった一言、名前を呼んだだけなのに、その声はそこに居並ぶ者達全てを圧倒させるほどの威厳に満ち、有無を言わせぬ強い響きを持っていた。
メイはビクリとアイシュを見上げた。
メイだけではない。
そこにいた者全てがアイシュを驚きに満ちた眼で見やっている。
「今は、待ちましょう。そして、僕らに与えられた役目を果たしましょう。」
アイシュは静かに語りかけた。
その砦にいる全ての者達に向かって・・・。
「それぞれの役目を果たすことが、きっとクラインの未来に繋がると思いますから。」
誰をも諫めるのではなく、淡々とこれから為すべき事を話し続けていった。

静まり返った中で、最後に伝えられた言葉は、ただ一人に向けられたものであった。
「あなたが、ただ待っているだけの人なら、こんな事は言いません。
でも、メイ、あなたはいつも前に向かって走っていく人だから・・・。」
アイシュはじっとメイを見つめて言った。
「そして、僕はそんなあなたが大好きなんです。」
「アイシュ・・・。」
メイから発せられていた怒りのオーラともいうべきものが次第に収まっていくのをキールは感じていた。

「取りあえずは休みましょう。みんな大活躍でしたからね〜。」
一転、いつもと変わらぬほんわかした口調でアイシュは一同を見回して言った。
「すぐに行動できるよう、今のうちにしっかり休んで、疲れを取っちゃいましょうね〜。」
にこやかに解散を告げたアイシュに、砦の兵士達は次々と休息を取るべくその場を離れていく。
閑散としていくなかで、アイシュは傍らで所在なげに自分を見上げているメイの肩にそっと腕をまわした。
こつり、とメイの頭がアイシュの肩に寄りかかる。
「メイ、あなたもです。」
さらりと流れた前髪がメイの表情を隠していた。
「ゆっくり休んでください。」
アイシュはまわした腕に少しだけ力を込めてメイの躰を自分の方へ抱き寄せた。
微かに、だが嗚咽にも似た震えがアイシュにだけ伝わってきた。

・・・「時」は、残酷な選択を強いて静止した・・・。

悲しみに寄り添って
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