光と闇のエレメント〜ファンタ・バージョン〜


その木は、ダリス王国に限らずワーランドではどこにでもみられるものであった。
はるか昔より大樹と崇められ、生きとし生けるもの全てに慈愛の光を絶えず注ぎ続け、女神の化身と言われたこともあった。
けれども傲れる人々は、いつしかその恵みを忘れ、己の欲望のままに力を求め続けていた。
それでも、その木は静かに人々を見守り続けていた。
人の中に愛する心が残っている限り、その木はそこに存在することができる。
女神エーベは、まだ世界を見捨ててはいなかった・・・。

「大きな木だなぁ。」
ダリス王国の王子アルムレディンはその丘の上に広がる巨木を感嘆の声とともに見上げていた。
国中の至る所で似たような木を目にすることができるが、ここにあるものほど見事な枝振りのものは見たことがなかった。
風が吹く度に、豊かな緑の葉が心地よいメロディを奏でている。
アルムレディンは巨大な幹にすがるようにして腰を降ろした。
こうして緑の風の中にいると、宮廷でのきな臭い噂話が嘘のように思えてくる。
己の欲望のままに搾取する貴族が横行し、ダリスの王宮は病んでいた。
孤立無援状態で、政に心を砕いている父王の姿を目にする度、アルムレディンの胸は痛んだ。
「早く大きくなって父上を手助けできるようになりたい。」
だが、幼い王子の言をまともに取り合ってくれる廷臣はいなかった。
アルムレディンもまた孤独のうちに、悶々とした日々を過ごしていたのだ。
「もしも・・・この世界に本当に女神様がいるのなら、僕に希望を下さい。」
木漏れ日がアルムレディンの目を弾く。
アルムレディンは幾度か瞬きを繰り返して目を慣らしていった。
太陽の移動と共に日差しの角度も変わり、次第に緑の光に目が慣れていったが、ある一点だけがいつまでたっても金色の光を放ち続けている。
その光が陽光ではなく、何かに反射してできた光であることにアルムレディンが気が付いたのは、随分と時間が経ってからだった。
「これは何だろう。指輪、みたいだけど。」
アルムレディンは光を反射させている元となっていた指輪をつまみ上げると手の平の上で転がしてみた。
「随分古いものみたいだけど、誰かの落とし物かな。」
しかし、来たときには見掛けなかったものである。
彼以外に誰かここに来た形跡もない。
「変だな。」
しきりに首を傾げるアルムレディンに木の葉のざわめきが一層大きく聞こえるようになった。
けれども、風はない。
アルムレディンは目の前にそびえ立つ巨木を見上げた。
「・・・まさか、君の指輪なの?」
問いかけた先でアルムレディンは苦笑した。
そんなことのあるはずがないではないか。
もう一度あたりを見回した時、風にのって幼い子供の泣き声が聞こえてきた。
始めは空耳かとも思ったが、その声は次第に大きくなり、やがてひとりの女の子のしゃっくり上げている姿が目に映ってきた。
「もしかして、あの子の落とし物かな?」
アルムレディンは指輪を握りしめたままその少女の方へ駆けだした。

「どうしたの、迷子のお姫様。」
何気なく掛けた声に少女はびくりと反応した。
涙で顔をくしゃくしゃにさせながらも真っ直ぐにアルムレディンを見上げた少女は名前をディアーナと言った。
アルムレディンの記憶にあった隣国クラインの王女の名前と彼女の容姿が一致した。
なぜ、隣国の姫君がひとりでこんな遠くまできて迷子になっているのかはわからないが、泣いている女の子をそのまま放っておくわけにもいかず、アルムレディンは取りあえず休める場所をと思い、木陰まで連れてきた。
ディアーナは、迷子になって心細くなっていた時に声を掛けてくれたアルムレディンを、初めて会ったにもかかわらず、「いい人」だと信じて案内されるままについてきた。
人々の愛を一心に受けてそのまま大きくなった姫君は、人を疑うことを知らないらしい。
いや、これまでにその必要がなかったと見るべきなのか。
その素直さに惹かれ、アルムレディンは何気なく先程見つけた指輪を持ち出した。
彼女のものであるとは到底思えないが、女の子というのは指輪などのアクセサリーが好きだと言うことを女官達の話しに聞いていたからだ。
ただ見せただけでは面白くないので、とっさに思いついた話を付け足した。
「この指輪をはめると、この木の言葉が聞こえるんだよ。」
「おおきな、き・・・。」
ディアーナは頭から転ぶのではないかと思うくらい大きく頭を逸らしてその巨木を見上げた。
「めがみさまのきとおなじくらい、おおきいですわ。」
「女神様の木?」
「ごぞんじありませんの?」
クラインには至る所に女神エーベの化身といわれる巨大な木があって「女神の木」と呼ばれ、人々の信仰の対象になっているという。
「残念ながら、魔界には女神様はいないんだ。」
「そうなんですの・・・では、めがみさまのことばは、だれがつたえているんですの?」
ディアーナの質問にアルムレディンの表情が曇った。
ダリスが女神エーベを奉らなくなって久しく、ここ数年は神官もその役目を放棄していた。
「・・・姫君には女神様の言葉が聞こえるのかな?」
「めがみさまの・・・ことば?」
ディアーナは首を傾げた。
「わかりませんわ。きいたことが、ありませんの。」
「はめてみるかい?」
目の前に差し出された指輪をおそるおそる手にとって、ディアーナは指を通してみた。
「ぶかぶかですわ。」
小さなディアーナの手の中で指輪が指先でくるくるまわっている。
「この木の声が、聞こえるかい?」
ディアーナはぶかぶかの指輪をはめた手をそっと木の幹に触れさせ、耳を澄ましてみた。
「むぅ・・・。」
顔を真っ赤にさせて力んでみたが、ディアーナの耳には木の言葉らしきものは聞こえなかった。
「ダメですわ。」
大きく落胆したディアーナと視線を合わせるようにアルムレディンは腰を屈めた。
「王族の姫君には女神様の言葉を聞くことの出来る力を持った人が多いと聞いたことがあるから、もしかしたらと思ったんだ。」
「ごめんなさいですわ。」
「姫君のせいではありませんよ。それに、姫君は・・・。」
まだ幼いから、とは流石に本人を前にしては口にできなかった。
代わりにアルムレディンは、指輪を返そうとしたディアーナの手をそのまま押しとどめて言った。
「その指輪がピッタリ姫君の指にはまるようになったら、もう一度試して貰えないかな?」
「わたくしがおおきくなったら?」
アルムレディンは大きく頷いた。
「でも、わたくし、ここがどこだかわかりませんわ。」
「その時には、僕が姫君を迎えに行くよ。」
「わたくしを、むかえに?」
「どこにいても、今の優しい姫君のまま変わらずにいてくれたら、必ず見つけて迎えに行くよ。」
「ほんとうですの?」
ディアーナの瞳がくるくると動いてアルムレディンを見つめ返した。
どこまでも澄んで真っ直ぐなすみれ色の瞳に、アルムレディンの青い瞳が重なった。
「女神様に誓って約束するよ。必ず、迎えに行く。だから・・・。」
「わたくし、かわりませんわ。」
ディアーナはアルムレディンに小指を差し出した。
一瞬、戸惑ったアルムレディンだが、すぐにその意味するところを思い出し、ディアーナの小指に自分のそれを絡ませた。
「ずーっと、ずーっと、まっていますわ。」
「約束するよ、僕のプリンセス。」
アルムレディンとディアーナが心を通わせた時、その木は一際大きくざわめいた。

だが、時代はますます混沌へと傾斜していった。
悪化の一方を辿っていたダリス王国に、ついにクーデターが発生し、国王は暗殺されてしまったのだ。
権力を傘に着て新たに王冠を頂いたのは、人々を破滅へと導く愚王でしかなかった。
もはやダリスに未来はないかに思われた。
それでも、女神はまだダリスを見捨ててはいなかった。
跡継ぎであるアルムレディン王子も死亡したとお触れは出たが、その死は女神には届いていない。
(まだ、希望は残っています。)
女神の思いが風にのって国中の木々に伝えられていく。
(もう少し・・・。もう少しの間だけこの国を見守っていきましょう。あの子達が大きくなってもあの時の気持ちを持ち続けているならば、この世界にもまだ希望はありましょう。審判を下すのは、それからでも遅くはない。)
アルムレディン王子が、女神に頼るのではなく、自らの力で運命を切り開こうとしていたことにも心を動かされていた。
女神エーベは、ふたりの幼い心が見せた優しさに最後の望みを託し、破滅の刃を振るう手を止めた。
女神の手に留められた光が、希望の光となるか、世界を無に帰するものとなるかは、アルムレディンとディアーナの運命の歯車の糸に委ねられたのであった。

おわり
エーベの女神様のイメージ
 

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