少年よ、大志を抱け?

人々の心の退廃がもたらした時代の終焉に希望の光を与えたのも、また人の心の暖かさである。
幸せに生きたいと願う人々の心に国境はないからと、クライン王国の魔導士達はダリス王国の復興に協力することを厭わなかった。
「これで最後ですわよね。」
ディアーナが振り返ると、シルフィスは地図を確認して頷いた。
「たぶん、そうだと思います。」
これまで多くの「女神の木」を癒してきたが、この丘の木はそれまでと比べ物にならないほど大きかった。
「大丈夫でしょ。なんたって3人一緒でやってるんだし。」
「そうですわね。」
メイの声にディアーナとシルフィスも頷き合い、早速に大樹の復興に取り掛かった。
「慈愛深き緑の君よ・・・我は乞う。祈りて、請う・・・。」
祈りの声が、丘に、大地にこだまする。
が・・・。
その木はそれまでになく強大な力を必要とした。
「ダメだ。このままじゃ、姫達の方が参ってしまう・・・。」
シルフィスが助けを呼びに向かおうと思った矢先、援護の力が送られてきた。
「我に宿りし力を乞いし者へ与えたまえ!」
3人より遙かに強力な力が大樹に注がれていく。
「シオン?」
声の主は余裕でウインクまでしてよこしたが、それが最後の魔法となった。
「シオン様!」
クライン王国きっての魔力の持ち主は、その力の全てを丘の上の大樹に注ぎ込んだ。
女神を宿す大樹は、人智を越えた存在であり、失われた力の復活には少なからずの犠牲が必要とされたのだ。
「ダメだよ、シオン!」
「・・・わりぃ、後は、頼んだぜ・・・。」
シオンは最後まで魔導士だった。
女神の大樹は復活したが、そこに宮廷魔導士の姿はなかった。
「シオンの莫迦!なんだってそこまで・・・。」
いつもは気丈なメイも、さすがに今回ばかりは呆然となってしまった。
「でも、シオンはわたくし達にちゃんと希望を残してくれましたわ。」
ディアーナは復活した大樹に跪き、祝福の祈りを捧げた。
「慈悲深き女神よ、慈愛の手をもて心を癒し給え・・・。」
「姫のおっしゃるとおりです。」
シルフィスがディアーナの言葉に頷くと、メイも涙を振り払った。
「そうだね。」
いつまでも泣いてはいられない。
シオンに頼まれたことを成し遂げれるのは、3人を於いて他にいないのだから・・・。


ダリス王国の復活を見届けたクライン王国は再び平和な時を刻み始めた。
王都が潤い、人々の生活が安定して豊になるとそれを狙った不心得者が出てくるのは世の常である。
大通りの一角での小競り合いは多々あることだが、今日のそれは一段と派手だった。
「おい、そこの坊や。よくも余計な真似をしてくれたじゃねーか。」
「いい年した大人がよってたかってご婦人に絡むなんて、もてない証拠だろ。」
蒼い髪をした少年魔導士は、挑戦的な視線を臆することなくならず者達に向けている。
「なにぃ、言わせておけば!」
先に手を出したのは彼らの方である。
それをしっかり見届けてから、坊や呼ばわれされた少年魔導士は手にした錫杖を彼ら目掛けて思い切り振り降ろした。
「ぎゃっ!」
ならず者達にしてみれば、魔法の呪文を唱える前に行動に移ったつもりなのだろうが、相手は魔法ではなく剣術で応戦してきたのである。
剣術は呪文を必要としないから待ったなしである。
「貴様、魔法使いの癖に卑怯だぞ!」
「魔法を使うだけが杖じゃないさ。」
少年は颯爽と杖を振り回してならず者を次々と叩きのめしていく。
騒ぎの知らせを受けて巡回中の騎士と魔導士が駆けつけた時、ならず者達はひとり残らず叩きのめされ無様な姿を人々の前にさらけ出していた。
ならず者を一網打尽にした少年魔導士には、群衆からやんやと喝采が送られていた。

「やっぱり・・・。」
先に駆けつけてきたのは、クライン切っての英雄と誉れの高い女騎士シルフィスであった。
「あ、シル・ママ。」
蒼い髪の魔導士は慌てて剣代わり振り回していた錫杖を後ろ手に隠したが、自分の背丈より遙かに高いものを完全に隠しおおすことは不可能である。
バツが悪そうに俯いた少年に、シルフィスは悲しそうに目を伏せた。
「魔法の杖は剣ではないとあれほど注意したはずですが。」
「ごめんなさい。」
「謝るだけならタダだもんね。」
クラインの大魔導士と呼ばれるメイが息を切らせてシルフィスに追い付いてきた。
「げっ、メイ・ママまで・・・。」
ますます旗色が悪くなってきたと彼は首をすくめ縮こまった。
「あれほどむやみやたらと争い事に首を突っ込むなと言ったでしょーが。あんたの魔力はまだ安定してないんだからね。暴走したらどうするのよ。」
ぼかっとメイの拳骨がすかさず頭に響く。
「いてて・・・。メイ・ママ、ごめんなさーい。」
「まあまあ、メイ。聞けば、先に絡んできたのは相手の方だと言いますし。」
「ディア・ママ!・・・あれ、ひとり?」
新たに加わった声の主に、少年は助かったとばかりにその背後に付いた。
「ディアーナ、また城を抜け出して来たんだ。」
「あら、国王陛下に代わって市井の視察に来たのですわ。」
澄まし込んで応えたディアーナに、シルフィスとメイは顔を見合わせ肩を竦めるばかりである。
やがて申し合わせたように頷くと、そろりそろりと逃げの体制に入っていた少年の首根っこを押さえて言い渡した。
「何事もなかったから今回のことは目を瞑るけど、その代わり、ディアーナを王宮まできっちり送り届けること。」
「え〜っ。」
王宮に出向けば、イヤでも国王陛下に今日のことを報告しなければならないのだ。
堅苦しいことの苦手な彼にとって、一番堪える罰ともいえる。
「はい、わかっているなら行動あるのみ。」
誤魔化したらすぐわかるんだからね、と念を押して、メイは蒼い髪の魔導士を解放したのであった。

言いつけられたとおり、ディアーナを王宮まで送った少年は、予想に違わず国王セイリオスの下問を受けた。
市井での騒ぎはすぐさま報告が届いていたので、その確認がてらといったところである。
そういった報告は本来現場に居合わせた騎士と魔導士の仕事のうちだが、同じく堅苦しい場の苦手なふたりは「王女を送り届ける」ことを名目に彼に押し付けたのだ。
「あー、早く大きくなりたいな。」
ひととおり報告を終えた彼は、面白くなさそうに呟いた。
魔力だけでいえば、決してメイにひけは取らないとの自負はある。
剣術だって、剣技だけならシルフィスと互角にやり合える自信もある。
だが、頑張ったところで所詮は子供の体力と知力。
成人した大人にはまだ敵わない。
「そのうち、時の運が味方してくれるさ、シオン。」
正式な報告を受けた後は、プライベートな旧友に戻ったセイリオスが成長過程のシオンを励ました。
「だといいんだけどね。」
女神の大樹が復活したおり、宮廷魔導士シオンは己の魔力と元の自分を失ったが、3人の少女の祈りを受けて、女神は新たな命をシオンに再生させた。
けれども女神の力が完全でなかったため、シオンの再生も元通りというわけにはいかなかった。
大樹のふもとに現れたのは蒼い髪をした男の子の赤ん坊であった。
女神に託された希望だからと、3人が母親代わりとなってその赤ん坊を育ててきたのだ。
幸いなことに、赤ん坊は通常より育つスピードが速く、数年のうちに元通りの年齢まで達するだろうと王立魔法研究院の見解が出ている。
「で、元に戻ったら何がしたいんだ?」
「もちろん、花を育てるさ。街にも王宮にも育てる花の苗には不自由していない。」
間髪入れずに返ってきた答えにセイリオスはガクンと顎が落ちるのを禁じ得なかった。
「生まれ変わってもシオンはシオンか・・・。」
シオンが出ていった後、セイリオスは苦笑混じりに呟くと、再び政務に戻っていった。


シオンの少年期? 

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