さよならの言い訳


アイシュ×メイ

夕闇が迫ってきた頃、メイを魔法研究院の入口まで送ってきたアイシュは、いつもどおりに別れを告げた。
「さようなら、メイ。」
たぶん、アイシュはごく普通に別れの挨拶として、そう言ったのだとメイは思う。
けれども、それがメイには気に入らない。
さようならの言葉は、何故かメイを不安にさせる。
毎日、それが当然であるかのようにメイはアイシュに会っているけれど、それだけなのだ。
クライン王宮で筆頭文官を務めるアイシュは、本来の生真面目さも手伝って、仕事一筋。
恋人が来ているからといって、仕事を休んだりしないし、ましてや手を抜くようなこともしない。
それがわかっているから、居並ぶ文官達はもとより王宮の関係者達も部外者のメイがアイシュの執務室にいることを黙認しているともいえる。
おっとり型のアイシュにこれ以上を望む方が無理な話なのだと思う反面、より強い結びつきを願う気持ちがメイにもないわけではない。
けれども、にこにこと見送りの態勢に入っているアイシュを見ると、それ以上何も言えなくなってしまうメイであった。
「じゃ、またね。」
小さな溜め息と共にくるりと踵を返し、メイは入口の階段を登りはじめた。
わずか数段の階段が、ひどく長い物に感じられる。
「メイ。」
だが、いくらも登らないうちに、乾いた声がメイを呼び止め、気が付くとアイシュが目の前に立っていた。
「アイシュ?」
アイシュにしては珍しくメイを見下ろすようにして見つめている。
これまでいつもふたりは対等の目線で話してきた。
「いろいろ考えたんですけど、他に思い浮かばなくて・・・。」
「何を?」
「さよならを言わなくてもすむ方法を、です。」
「は?」
「いつも、その、僕がさよならという度にあなたに辛そうな顔をさせているのが申し訳なくて・・・。」
思いがけない言葉に、そんなに辛そうな顔をしたつもりはないけれど、自分の気持ちをアイシュが察していてくれたことがメイには嬉しくもあった。
「それで、一緒に帰りませんか?」
いきなり出た結論に、メイは驚きのあまり目を丸くした。
アイシュが帰る場所というからには、当然そこはアイシュの家ということになる。
王都の一角にアイシュはキールと一緒に家を構えているのだ。
「どうせキールは研究院に籠もったまま、ほとんど帰ってきた試しがありませんし。」
メイが知っている限りでも、キールは常に研究院の一室に寝泊まりしていて、家に帰ったという話はついぞ聞いたことがない。
「ですから、気兼ねする必要はないと思います。」
アイシュの言葉は、主語とその対象者が完全に省かれている。
その言葉の含むところ意味を朧気なからに感じ取ったメイは、いつもの威勢の良さはどこえやら、傍目にもそれとわかるほど赤くなって俯いてしまった。
黙っている方が余計に気恥ずかしくて、メイは抗議めいた呟きを口にした。
「・・・するいよ、アイシュ。」
「そ、そうでしょうか〜。」
自信のなげな声が返ってきたが、ふと見上げたアイシュの口元は微かな笑みを浮かべている。
負けた、とメイは思った。
「あたしが、絶対断らないの知ってて言ったでしょ。」
それでも素直に付いて行くのはしゃくだから、ほんの少しだけメイは拗ねて見せる。
「やっぱり、そのぉ、ダメでしょうか〜。」
一転不安げな声に、メイはクスクス笑いながらアイシュの肩に頭をもたれかけた。
サラリと流れた髪に暖かな手が触れる。
その手はやがてメイの肩に回された。
「えっと、じゃあ。」
そこでひと呼吸置いてから改めてアイシュはメイに問いかけた。
「一緒に帰りましょうか。」
「うん!」
元気よく返ってきた返事にアイシュは、ほっとしたように一歩を踏みだしたのであった。


おわり

創作:NARU、CG:れいり様(00.06.04)