今日一日のファンタジー

ディアーナとふたりっきりのデートと意気込んで待ち合わせ場所に到着したガゼルは、付いた早々期待を裏切られる言葉をメイから聞かされた。
「と、いうわけで、どうしても今日、リュクセルのところへ行けなくなっちゃったのよ。お願い、ディアーナ。あたしの替わりに会いに行ってくれる?」
「あのなー、今日はオレと・・・。」
「あたしはディアーナに頼んでるの。」
口を挟みかけたガゼルをメイは一瞥して黙らせた。
「そうですわね。」
ディアーナはむうっと眉を寄せて考え込んだ。
「なんで、ディアーナなんだよぉ。」
「彼、とっても人見知りが激しくて、恥ずかしがり屋さんなんですの。」
彼、と言う言葉にガゼルはピクリと反応した。
敏感なメイがそれに気の付かないはずがない。
「あ、ガゼル、あんたも一緒にどう?年も近いし、いい友達になれるかも。」
「それはいいかもしれませんわ。」
「でも、そいつ、人見知りが激しいんだろ。それじゃ、オレなんかが一緒だとマズイんじゃない?」
それに対するディアーナの答えは、あっさりしたものであった。
「ガゼルほど町の子供達から人気のある騎士はいませんもの。」
人好きのする性格とでもいうのであろうか、市井におけるガゼルの人気は結構高い。
調子が良すぎるのではないかと眉を顰める年輩者も少なからず存在するけれど、子供達からは絶大な人気を誇っていた。
ディアーナの口振りから、どうやら相手のリュクセルとやらは自分より更に年下の男の子らしいとガゼルは推測した。
「だから、ガゼルが一緒の方がリュクセルも打ち解けてくれると思いますの。」
お願い、と言いながらも、既にディアーナはガゼルが一緒に行ってくれるものと疑っていない。
「・・・かなわねーよなぁ。」
ぼやきながらも頼りにされたことが内心嬉しいガゼルである。

リュクセルの屋敷は郊外の森の湖に向かう途上にある。
森の湖へと向かう道は、普段、それほど人通りの多い道ではない。
「今日はえらく人が多いな。」
泳ぐ季節にはまだ早いと首を傾げたガゼルに、ディアーナは少しばかり残念そうな様相で答えた。
「今日は湖のほとりでダンスパーティがあるんですの。」
「だんす・・・ぱーてぃー?」
拍子抜けしたガゼルの声はディアーナの予想した範疇であった。
湖畔で開催されるダンスパーティは成人していることが参加の条件である。
どちらにしても、ふたりにはまだ参加資格がない。
「来年までお預けですわね。」
ディアーナは小さくため息をついてチラリとガゼルに視線を走らせた。
仮に成人した後でも、普段のガゼルから考えると連れていってもらえる可能性は限りなくゼロに近いと半ば諦めている。
少しばかり未練めいた気持ちを残しながら、ディアーナはブラウエン家のある方向へ道を曲がった。

「・・・でけー家・・・。」
到着したガゼルの第一声がこれであった。
今は寂れているとはいえ、ブラウエン家は仮にも王妃を出した家柄である。
「これは、ディアーナ様。ようこそお越しになられました。」
門をくぐり抜けないうちに、顔なじみの執事がディアーナを出迎えに現れた。
「ごきげんよう。今日はお友達も一緒ですの。」
「メイ様はご一緒にはお見えになられないので?」
「急に都合が悪くなって。リュクセルによろしくって言付かってきましたわ。」
ディアーナは執事の案内を受けて屋敷の奥へと進んでいく。
そのあとをガゼルがやや間を空けて追い掛ける形となった。
静まり返った廊下にガゼルのどたどたと元気のいい足音が響きわたる。
騎士団では廊下を走り抜けて注意されることに慣れっこになっているガゼルも、この場では流石に気になった。
しかし、気になったからとてどうとなるものでもなく、ディアーナとガゼルはリュクセルの部屋に到着した。
「ごきげんよう、リュクセル。今日はお友達を連れてきましたの。」
ディアーナはガゼルをリュクセルの前に押し出した。
「よ、よう。」
いきなり押し出されて流石のガゼルも慌てたが、そこは人慣れした彼のこと、ぎこちないながらも声をかけた。
黒と赤の瞳が不思議そうにガゼルを見上げている。
「・・・・。」
黙ったままのリュクセルにガゼルは困ったようにディアーナを振り返った。
ディアーナはにこにことふたりを見比べている。
人一倍警戒心の強いリュクセルが、初対面のガゼルを怯えることなく受け入れたので、彼女にとっては第一難関突破というところだったからである。
しかし、ガゼルの方はそういった事情がわからないから、ひどく不安になった。
「あのさ。」
何か話さなくては、と辺りを見回すべく身体を動かした。
「・・・それにさわっちゃ・・・。」
「なんか言ったか?」
ガゼルが振り返った時、それは起こった。
振り返ったはずみでガゼルのすぐ側に置いてあったガラスの瓶にわずかだが肘が触れ、カタリ、とグラスの蓋がずれて、中の液体が気体となって蒸発し始めたのである。
「な、なんだ!?」
ツンと鼻にくる刺激臭を嗅いだのを最後に、ガゼルは天上が回り目の前が暗転した。

「・・・大丈夫?」
気が付いたとき、ガゼルの前に赤と黒のつぶらな瞳があった。
「なにが・・・ディアーナは!?」
「・・・着替えてる。」
リュクセルの答えはガゼルをひどく面食らわせた。
「・・・その瓶の香りを嗅ぐと、一時的だけど年を取る。」
「年を・・・取る?え、オレの声・・。」
自分の声にガゼルは自問自答した。
声ばかりではない。
起きあがろうとして手を突いたガゼルはその大きさに目を疑った。
続いて身体全体が一回り以上大きくなっている現実にもぶつかった。
あっけに取られて言葉を失ったままのガゼルに、リュクセルは原因を作った瓶の所産を告げた。
「・・・遺跡の中に、そんなことが書いてあった。」
リュクセルの趣味は古代遺跡から珍しい物を発掘してくることである。
ものによっては自分で直して使うことができるほどに彼の知識には卓越したものがあった。
だからといって、現実の生活に有効かというと残念ながら、むしろ逆効果である。
人見知りをする性格と相まって変人扱いされ、ますます貴族社会からは取り残されていっていた。
これまでのところは。
メイやディアーナと関わったことでその生活に終止符が打たれるのは、もう少し先のことだ。
いずれにしても、今のガゼルの状態をすぐに元に戻すことが不可能であることには変わりない。

主の趣味を熟知しており、その実験に慣れっこになっているらしい執事は、今回の事態にも全く動じた様子をみせていなかった。
着替えの終わったディアーナを案内して入ってくると、早速に状況確認をするあたり、さすがという他はない。
「どのくらいこの状態が続きそうなのでございますか。」
リュクセルは瓶の中味の減り具合を確認するとゆっくり答えを返した。
「・・・たぶん、夜遅くには、元に戻ると思う。・・・遅くても明日の朝には・・・。」
小さな声ではあるが、自信はあるらしい。
「それはよろしゅうございました。」
「こっちはちっともよろしくないぜ。」
被害者の一方はすこぶる不機嫌だが、それをみつめるもう一方はどこか嬉しそうである。
「ああ、この騒ぎですっかりお茶が冷めてしまいましたね。入れ直して参ります。よろしいでしょうか。」
「ええ、お願いしますわ。」
にこやかに応じたディアーナに、ガゼルの方はすっかり毒気を抜かれてその場にどっかり腰を降ろしたのであった。

ディアーナはリュクセルの母親のドレスをゆったりと着こなしていた。
デザインは少し時代かかっているけれど、同じ血筋のせいか大人びたディアーナにはよく似合っている。
女性らしさを滲ませているディアーナをガゼルはまともに見ることができないでいた。
(き、きまずい・・・。)
居場所がない気まずさをガゼルは生まれて初めて経験した。
息が詰まるというより、とにかく居心地が悪いの一点に尽きる。
一方ディアーナといえば、お茶を飲みながら本を開いている。
床の上に広がったスカートが花びらのように艶やかにディアーナを引き立てている。
ふと目線をあげたディアーナと視線が逢いそうになり、ガゼルは慌てて反対側へと顔を背けた。
ちょうど大きな出窓があり、森の様子が伺える。
「ちょっとその辺、散歩してくる!」
このままここにいるより、外の空気を吸っていた方がマシだとガゼルは立ち上がった。
どかどかと歩いていくガゼルの後を、いつの間にかディアーナが追いかけていた。
(・・・なんで付いて来るんだよ。)
思わず出かかった声を辛うじて飲み込んだのは、ディアーナもまた同じように不安な気持ちでいることがわかったからだ。
「はぐれないように、その、行こうか。」
太くなった声がどうも調子を狂わせる。
「はい、ですわ。」
ガゼルはディアーナと並んで森の小道を歩き始めた。

ふたりが歩き始めていくらもしないうちに人気の多い湖の畔に出た。
「・・・こっちに続いてたのか。」
ガゼルは自分の不徳さを呪ったが、着いてしまった以上は仕方がない。
ディアーナは偶然とはいえ、ダンスパーティ会場に出たことを喜んでいるのがありありと見える。
視線はすでに踊っているカップルに向けられており、心ここにあらずの様子であった。
「えーっと。」
こほんと軽く咳払いすると、ガゼルがディアーナに手を差し出した。
「一曲、お相手・・願えますか。」
「ガゼル?」
ぽかんとしたままのディアーナに、ガゼルはバツが悪そうに目を伏せた。
ディアーナは、差し出された手とガゼルの顔を交互にまじまじと見つめている。
「悪りぃ・・・オレ、どうもこういうの苦手で。」
慌てて言葉を濁し手を引っ込めたガゼルに、ディアーナは満面の笑みを浮かべてドレスの裾を摘んで優雅に一礼した。
「よろこんで。」
続いてスカートを摘んでいた手がガゼルの前に差し出された。

ガゼルにリードされてディアーナは踊りの輪の中に入っていった。
基本的なステップが繰り返される。
「あの・・・。」
何か言いかけてディアーナは「なんでもありませんわ。」とかぶりを振った。
「・・・訓練の中にさ、作法とかもあるんだ。で、その中にダンスも含まれてて。」
察しのよいガゼルは、ディアーナが知りたかったことをぽつりぽつりと話し始めた。
「・・・ダンスなんて上品な物、オレ、すげー苦手でさ。」
一応型にはまっているが、ガゼルの動きはどこかぎこちない。
実のところガゼルはディアーナをリードする前に、その足を踏みつけないよう自分のステップを踏むのが精一杯であった。
曲調が変わり、ステップ中心からターン中心へと人々の動きが変化していく。
ガゼルの顔に一瞬焦りが浮かんだが、だからといって周りと同じように動ける物でもない。
成長したガゼルの身体ががっしりしている分、ディアーナは更に華奢に感じられる。
ターンに失敗して厳つい足で踏みつけようものなら、壊れてしまうのではないかとガゼルにしては気が気がではなかったのだ。
「わたくしの足でしたら心配いりませんわ。ダンスの下手な貴族だって結構いますのよ。」
ディアーナが悪戯っぽく笑いかけた。
「それなりに避ける様を身につけてますの。」
その微笑みに励まされ、ガゼルは覚悟を決めると、ぐいっとディアーナを引き寄せた。
「いっくぜ〜。」
ディアーナの身体が空を舞う。
それは優雅に旋回する姿とはほど遠い物であったけど、ディアーナにはめくるめくときめきを十分にもたらせた時間であった。
「ディアーナ・・・。」
「?」
雑踏に紛れて肝心な言葉は聞きそびれてしまったが、ディアーナは満足だった。
「来年は、ちゃんと誘ってくださいまし。」
少しだけ困った顔のガゼルにいつもの面影を見て、ディアーナは夢の時間の終わりを悟った。
ガゼルに合図すると、ふたりは手を繋いだままダンスの輪から離れていった。
ふたりの胸に楽しい思い出をしっかり刻んでファンタジーな一日は終わりを告げたのである。

ガゼル×ディアーナ

おわり
創作:NARU、CG:れいり様 [00.04.29]