真実は胸の奥深く(1)
「困ったな。今更中止はできん。」
クライン王国皇太子セイリオスは執務室に座ったまま、苦り切った表情でその報告書を握りつぶした。
「しかし、殿下、ことは重大です。」
レオニスが渋い表情で再考を申し出る。
「そーそー。何かありました、じゃすまされないんだぜ。」
軽い口調とは裏腹に、シオンの表情も厳しい。
「そのために君たちがいるのではないかな?」
セイリオスの切り返しは、二人を絶句させるに十分すぎるものだった。
「そのかわりこの件に関しては、手段は選ばない。最優先で便宜を図ろう。結果が全てだからな。」
セイリオスの決定の前に二人は渋々ながら同意した。
「・・・御意。」
「わかった。」
「信頼してるよ。」
そしてその場は解散となった。

その同じ頃、セイリオスの妹姫、ディアーナの部屋では、緊迫した雰囲気の中にメイの声が響く。
「勝負!」
その声に合わせて、手にしたカードが広げられた。
「うっ・・・。」
「やりましたわ!」
シルフィスの手からこぼれ落ちたのは、クイーンの2ペア。
ディアーナの広げたカードは、キングの2ペア。
そして、メイが持っていたのは、2のスリーカード。
「ふふっ、これで決まりだね。あたしの勝ち!」
メイの勝利宣言にシルフィスはがっくり肩を落とし、ディアーナはいそいそと立ち上がった。
「善は急げと申しますもの。必要なものをいただいて参りますわ。」
「ひめ〜。」
スキップしながら出ていくディアーナをシルフィスは恨めしげに見送った。
視線を戻せばメイの上機嫌な顔が映る。
「あーあ、この世の終わりみたいな顔しちゃって。」
メイはシルフィスの肩をばしばしっと叩いた。
「まっかせなさーい。長年仮装行列で培ってきたノウハウを信じなさいって。」
「・・・だから不安なんじゃないですか。」
シルフィスは恨めしげな眼差しでメイを見上げて言った。

ことの起こりはメイが持ち込んだトランプにあった。
いや、トランプ自体はクラインにもあるのだが、問題は3人ではじめたゲーム、ポーカーにあったのだ。
まさか王女様のお部屋でお金を賭けるわけにもいかないので、「相手にやらせたいこと」を敗者にしてもらうことにしてゲームを始めたのである。
経過はともかく、結果はメイの圧勝、シルフィスの惨敗に終わった。
そしてメイの望みは「シルフィスをディアーナに変装させること」であった。
それも服装を取り替えるだけではなく、髪の色までそっくりに、である。
シルフィスにとって不幸だったのは、ディアーナがどこぞの策略家から髪の染色液のある場所を聞き出していて、メイの望みを実行することが可能であったことだ。
さきほどディアーナがいそいそと部屋を出ていったのにはそう言う理由があったのだ。

それほど待たずして、ディアーナは目的の物を手にして戻ってきた。
「お留守でしたけど、場所は知っていましたから、もらってきましたわ。」
にこにことメイに手渡した。
「勝手に持ち出したりして、いいのですか?」
シルフィスは最後の抵抗を試みたが、虚しいままに終わる。
「あとでちゃんと謝っておきますわ。」
満面に笑みを浮かべたディアーナは、メイと一致協力してシルフィスの変装に着手したのであった。

「へーえ、結構簡単に染まるんだ。」
ドレッサーの前で、シルフィスの金色の髪が淡いピンク色に染められていく。
ふんわりしたディアーナの髪の流れとは違うが、髪を染めるとそれなりに「らしく」見えてくるから不思議なものである。
それから数十分、ドレスを着せられたピンクのサラサラロングヘアーの「美少女」がディアーナの部屋に出現した。
「かわいいっ!」
「とっても似合ってますわ。」
「・・・・。」

「ね、ディアーナ。ついでだから、ディアーナもシルフィスになってみない?」
シルフィスの出来映えにすっかり気を良くしたメイが新たに提案した。
「わあ、たのしそうですわね。」
シルフィスとは違ってディアーナは大乗り気である。
「姫!」
「あら、今ならシルフィスの服もありますし。一度着てみたかったんですの。」
ドレスしか着たことのないディアーナは、シルフィスの活動的な服がひどく新鮮に感じられ、以前から興味を持っていたのだ。
「じゃ、はじめよっか。」
にんまり笑みを浮かべたメイは、今度はディアーナで腕を振るうのであった。

そして正午の鐘が鳴る頃、ふんわり金色の豊かな髪を流した凛々しい「少年騎士」が現れた。
「な、なんだか足元が涼しいですわ。」
興味があったとはいえ、それまで脚を見せるような服を着たことのなかったディアーナは、恥ずかしそうにもじもじしている。
「あはは、そういうのもかわいいじゃん。」
メイひとりがご機嫌であった。


「ディアーナ、いるかい?」
「お、お兄さま!?」
ディアーナはとっさにドアを押さえた。
「どうした、ここを開けなさい。」
セイリオスのいささか苛立った声がする。
「い、今、着替えてますの!」
「そうか、なら、早く支度しなさい。馬車が待っている。私は先に行くから、遅れないよう来るんだぞ。」
意外なほどあっさりと引き下がられ、ディアーナは拍子抜けした。
「はい?・・・ですわ。」
セイリオスの足音が遠ざかると、ディアーナはほうっと溜め息を吐いた。
が、顔をあげたディアーナはシルフィスとメイとを見上げて今にも泣きだしそうだった。
「どうしましょう?」
「何か、予定でもあったの?」
「今日、だったんですの。」
すっかり忘れていたと、ディアーナは唇をかんでいる。
「今日って、何が?」
「狩り場のパーティですわ。」
「狩り場のパーティって・・・ええ!?まさか、今から?」
シルフィスが悲鳴に近い声をあげた。
「・・・だから、今日の訓練が中止になったんですね。」
「どうしましょう?」
ディアーナはうるうるとシルフィスを見上げて言った。
「どうしたも・・・。とにかく、髪を元に戻して、着替えて・・・。」
「・・・戻らないんですの。」
ぽつりとディアーナが呟いた。
「染色はすぐには落ちないんですの。」
「え!?」
メイの顔がさーっと青ざめていく。
「それって・・・ディアーナの髪は・・・。」
「どうしましょう?」
縋るような目がメイの前にあった。

「狩り場のパーティって、ディアーナは何するの?」
「お兄さまの後ろで皆の見せ物になるのですわ。」
はあ、と間の抜けた声がメイから発せられた。
「それって、ただ突っ立ってるだけ?」
「ええ。できるだけ巨大な猫を用意しておけって、お兄さまから言われましたの。」
「巨大な猫、ですか・・・。」
シルフィスが溜め息を吐くのに合わせて、サラリと薄紅色の髪が揺れる。
そのはかなげな姿は、贔屓目抜きで、美しく風情がある。
「話したりするの?」
「お会いできて光栄ですわ。ごきげんよう。以後、お見知り置きくださいませ。」
ディアーナはすました声で3つの挨拶を述べた。
「これ以外は口にするな、ですって。」
肩をすくめたディアーナはどう見てもいたずらっぽさを含んだ少年である。

メイはディアーナとシルフィスを交互に改めて見つめ直した。
「公の場だから、当然ディアーナは帽子をかぶるよね。」
「もちろんですわ。」
「ディアーナの持ってる帽子の中で、つばの広いのって、顔が隠れないかな?」
「それは、ものに・・・!」
あっと声をあげて、ディアーナは帽子を納めている戸棚に駆け寄ると、ひときわ大きな箱を取り出した。
フタを開けると、中にはつばが深くてひろい、しかもガーデンパーティにはぴったりの涼やかな色合いの上品な帽子が入っていた。
取り出して手早くつばを整えると、シルフィスの頭にかぶせてみる。
「ぴったり!」
「これなら、顔も下半分くらいしか見えませんわ。それに、あのドレスともたぶん合いますわ。」
とことこと今度はレース地でシンプルな淡いオレンジ系のドレスを取り出してきた。
ピンク色の髪によく映える色目で、帽子と合わせると、大輪の花が咲いているようなイメージをかもしだす。
「シルフィス、急いでこれに着替えて下さいな。」
「な、なにを・・・。」
すでにメイはシルフィスの着ているドレスを脱がしにかかっている。
「ちょ、ちょっと、メイ!」
「こうなったら、とことんやろうじゃない。」
「ええっ!?」
問答無用、本人の意思不在のまま事が進んでいった。

半泣き状態のシルフィスが、ドレスの着付けを終わった時、ディアーナの部屋の扉がノックされ、レオニスの声が聞こえてきた。
「姫、お支度は整いましたでしょうか。そろそろ御出立なさいませんと、遅れかねませんが。」
「げげっ。」
「さ、最悪ですわ。」
「・・・。」
身構えた3人の前で扉が開かれ、入ってきたレオニスは、目の前の光景に呆然となった。

「レオニス、これには深い事情が・・・。」
ディアーナがあわてて言い訳しかけた矢先、メイは、レオニスから声を押し殺した笑いが漏れていることに気が付いた。
「隊長さん?」
「いや、すまん。」
レオニスは一転、真面目な顔に戻った。
「まさか、こういう策でくるとはな・・・。シオン殿もなかなか・・・。」
独り言のように呟くと、改めてシルフィスに目を向けた。
「その分なら、遠目だと見分けがつくまい。できるだけ目立たぬようにしていれば、大丈夫だ。」
予想外のレオニスの反応に3人はきょとんとしている。
「これで全ての準備は終わりでしょうか?」
淡々と尋ねるレオニスにディアーナは取りあえず頷いた。
「それなら、早速に出発しましょう。」
レオニスは再びシルフィスに視線を戻した。
「ひとりで歩けるか、シルフィス?」
「はい。でも、隊長?」
シルフィスがレオニスを見上げた時、彼は先に立って部屋の扉を開けていた。
「あまり時間がない。急げ。」
「ええ!?」
「王女がそのような声をあげるものではない。」
レオニスにたしなめられ、シルフィスは不承不承歩き出した。
「騎士の命は王家に捧げたもの。不本意ながらも時にはこのような策に乗らねばならぬ時もある。」
レオニスはシルフィスを慰めたつもりなのであろうが、シルフィスにとっては何の意味もなさなかった。

「あの、レオニス?」
二人を追って部屋を出たディアーナをレオニスは部屋に戻るよう進言した。
「ここで姫が出られたのでは、策の意味がありません。このまま王宮にお留まりください。」
「でも、レオニス・・・。」
「姫。」
レオニスの声は決して大きくなかったが、それだけに睨まれると迫力がある。
「うう・・。はい、ですわ。」
すごすごとディアーナは部屋に引き返した。
ディアーナとメイが心配そうに見送る中、顔を伏せたままシルフィスはレオニスの後に従って去っていった。

「怪しいですわ。」
二人の姿が完全に見えなくなってからディアーナがポツリと漏らした。
「うん。絶対なにかある。」
メイも頷いた。
「こうしてはいられませんわ。わたくし達も参りましょう。」
「いいけど、どうやって?」
狩り場までは、結構距離がある。
「こういうときの為に、乗馬を習ったのではありませんの。」
ディアーナはにこりとメイに笑いかけた。
「馬場にはいくらでも馬がつながれていましてよ。」
「あ、なーる・・・げっ、マジ?」
メイは3人の中で一番乗馬の上達が遅かった。
今のレベルは、辛うじてひとりで鐙足ができる程度。
「シルフィスが心配ではありませんの?」
「それは・・・わかったわよ。行くわよ。死ぬ気で走ればなんとかなるでしょ。」
メイは覚悟を決めた。
もとをただせば、自分がシルフィスをディアーナに変装させたことに発するのだから、無関係を決め込むわけにはいかないのだ。
「それでこそ、メイですわ。」
ディアーナは先に立って歩き出すと、勝手知ったる馬小屋へと向かっていった。

「いい子ですから、大人しく乗せてあげて下さいな。」
ディアーナは自分のお気に入りの馬とメイ用に大人しい馬を選び出す。
「準備はよろしいですわね。」
レオニスの特訓の甲斐あってか、ディアーナは優雅にひらりと馬の背に跨った。
「落っことさないでよ〜。」
祈るように呟くと、うんしょとメイは馬の背によじ登った。
「さ、参りましょ。」
ディアーナは軽く手綱を引くとゆっくり馬を走らせていく。
そのあとを必死の形相のメイが追っていった。
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