真実は胸の奥深く(2)
不安な気持ちを表情にありありと浮かべたまま、シルフィスはレオニスとともに、用意された馬車に乗り込んだ。
「使うようなことはまずないと思うが、念のため、護身用に渡しておく。」
馬車が走り出して一番、レオニスは細身の短剣を差し出した。
「いざとなれば、それで殿下をお守りしろ。」
「はい。」
「我々騎士は会場内部にまでは入れないからな。殿下のお側にはシオン殿が控えているので万一のこともありえんとは思うが・・・。」
レオニスの渋い表情から、今日のパーティにはよからぬ何かがあるらしいことはシルフィスにも察せられる。
「そう、心配するな。」
緊張に身体を強張らせたシルフィスにレオニスは苦笑しながら声を掛けた。
「このところ、お前の剣の腕は見違えるほど上達してきているし、何より瞬時の判断力には私とて目を見張るものがある。自信をもっていい。」
「ありがとうございます。」
「だが、油断はするな。」
「はい。」
その他、レオニスから細かな注意を受け、シルフィスに平常心が戻った頃、馬車が止まった。
「では、行くぞ。」
レオニスが先に馬車を降りて、手を差し延べた。
一瞬、躊躇したシルフィスに、小声で注意する。
「ここからは、ディアーナ姫なのだからな。」
「はい・・・。」
踏みつけぬよう、ドレスの裾を持ち上げると、空いた方の手をレオニスに差し出した。
「ディアーナ王女殿下、ご到着!」
案内人の声が響く中、やや危なげな足取りで、シルフィスはしずしずとセイリオスの待つ会場へと進んで行った。

会場の入り口ではシオンが待っていた。
「時間ぴったりだな。」
軽く流して、手を差し出したシオンは、重ねられた手に、レオニスを振り返った。
「よろしく、頼む。」
瞬時のうちにシオンはレオニスの言葉の意味を理解し、にやりと笑い返した。
「承知。」
何事もなかったかのように、シオンはそのまま歩いていく。
「お前さんも苦労するな。」
同情というよりも、面白がっているなとシルフィスはシオンを睨み付けた。
しかし、その程度のことでシオンが怯むはずもなく、平然とシルフィスをセイリオスの横へと案内していった。

「殿下、ディアーナ姫を案内して参りました。」
「ご苦労。」
真面目な表情で頷き、シオンからその手を引き継いだ瞬間、セイリオスの表情に動揺が走った。
「・・・シオン?」
「ま、そういうことです。レオニスからよろしく、と言付かってますんで、あとは上手くやってください。」
「しかし、危険だぞ。」
声を潜めたセイリオスに、シルフィスは小さく返事を返した。
「隊長から殿下をお守りするよう言い遣っております。」
シオンは吹き出しそうになるのを必死で堪えると、
「それじゃ、俺も位置に付きますか。」
と言い残して立ち去った。
セイリオスは複雑そうな表情を浮かべたものの、諦めたように溜め息をついた。
「私から、離れないように。」
短く言い為すと、セイリオスはシルフィスを気遣いながら用意された席に着いた。

大勢の貴族が次々と挨拶に訪れる中、シルフィスはディアーナから教えられた3つの挨拶だけを小声で返し、あとはひたすらセイリオスの後ろに控えていた。
今までのところ、シルフィスがディアーナに成り済ましていることに気が付いた者はいない。
「どうやらうまくいってるみたいだ。」
ある意味、セイリオスは王女に近づく者にとって最強の壁である。
流石にセイリオスを飛び越えて王女に話しかける強者はいない。
会場が和やかな貴族同士の歓談の場へと様替わりしていく様をシルフィスは安堵しながら眺めていた。

予期せぬ事態というものは、たいてい突然にやってくるものである。
そうでなくては、予期せぬ事態とは言わないのもまた事実であるが・・・。
「きゃー!」
それが起こったのは、宴も酣、シルフィスにも幾分気持ちのゆとりができた時分であった。
「動くな!」
彼らはあっという間に会場に乱入してきたかと思うと、手当たり次第に暴れ回り、会場の隅にひっそりと立っていたシルフィスに剣を突きつけた。
「まずい!」
シオンが舌打ちし、セイリオスの表情が強張っていく。
もしも、乱入者の捉えた相手がディアーナであったら、彼らはその目的を達し得たかもしれない。
が、其処にいたのはシルフィスである。
シルフィスの反射神経は常人より遙かに優れている。
それだけでも相手にとっては誤算であったが、更に不幸だったことには、まがりなりにもシルフィスは騎士として訓練を受けており、その才能はレオニスからも一目置かれる状態にあったことである。

「おそいっ!」
突きつけられた剣先をシルフィスは護身用に渡されていた短剣であっさり薙払い、返した先で反対に相手に斬りつけた。
「なに!?」
攻撃の手を避けられただけでも驚きだったのに、その上反撃を喰らわされ、乱入者は明らかに意表を突かれた様子であった。
それでも素早く体勢を立て直して次の攻撃を仕掛けてくる。
「くっ!」
大剣相手に細身の短剣では所詮その場限りのものでしかない。
しかも相手の剣技はシルフィスのそれより格段上であり、次々と振り下ろされる刃を受け止めるのが精一杯であった。
それでなくとも力で来られては、圧倒的にシルフィスの方が不利である。
押しの強い相手の剣に、シルフィスは戦慄した。

「まずいな。近すぎる。」
シオンは魔法攻撃のタイミングを計っているが、ふたりが接近しすぎているため、攻撃するのを躊躇していた。
シルフィスの魔法攻撃に対する抗力は未知数である。
ましてやシオンの魔力は格段に強い。
本格的に訓練を受けた魔導士でも、相当手加減しないと致命的なダメージを受けてしまうのである。
「構わん、攻撃しろ。」
セイリオスが迷っているシオンに短く命じた。
どちらにせよ、シルフィスが次の攻撃を受け止められる保証はないのだ。
相手の力量からして、シルフィスが無事である可能性は、かなり低い。
シオンは呪文を口にした。
「風よ、刃となりて我が意に応えよ。脈打つ鼓動に洗礼を!」
いずこともなくシオンを取り巻く風が鋭い刃となって目前の敵とシルフィス目掛けて放たれた。
「まさか!?」
魔法攻撃の波動を感じた乱入者は、剣に込めていた力を抜き、振り解くと後ずさった。
いきなり剣先を振り解かれ、その反動で後方へよろけたシルフィスは、体勢を立て直す間もなくその場に滑って転んだ。

「動くな!」
起きあがろうとしたシルフィスを短く制して、覆い被さる影が走る。
頭からすっぽりと強く抱きかかえられ、シルフィスはなされるままに身を堅く縮込めた。
間髪を入れず、大気の裂ける波動があたりを振るわせる。
それが収まったとき、シルフィスは自分を庇った相手が誰であるか気が付き、一気に体温が上昇した。
「怪我はないかい?」
優しく掛けられた声にシルフィスは呆然と頷くだけであった。
シルフィスの無事を確認すると、セイリオスは打って変わって鋭い声で命令を下した。
「シオン、賊を殲滅しろ!」
「承知。」
青い砂塵が舞い上がり、勅命を受けた魔導士は逆賊を追うため狩り場を後にした。

「メイ、大丈夫ですの?」
ディアーナと違って必死の形相で馬にしがみつかんばかりのメイに轡を並べたディアーナは、心配そうに声をかけた。
しかし、メイがその声に答える余裕などあるはずもなく、ひたすら手綱を握りしめる手に力がこもる。
「もう少しですわ。あ、あそこの森が入り口でしてよ。」
ディアーナがぐいと手綱を引いた。
「先に行きますわ!」
ディアーナの馬が速度を上げ、メイからみるみる離れていく。
「ディアーナ、早い〜。ちょ、ちょっと〜、お前は走っちゃダメ!」
メイを乗せた馬はディアーナの後を追うように同じく速度を上げた。
ただし、こちらは乗り手の意志とは関係なく、である。
こうなると、あれだけレオニスから注意されたこともすっかりメイの頭から吹っ飛んでしまい、メイは手綱ごと馬の首にしがみつく格好となった。
馬は本来臆病な動物である。
ましてや慣れてない相手からしがみつかれると、それだけでパニックに陥るものもいるのだ。
「うっそ〜。止まれ!ダメだってば!。誰か止めて〜!」
焦ったメイの叫び声に、ますます馬は速度をあげ、更にメイが強くしがみつき・・・。
大人しいはずの馬は暴走馬と化していった。

皇太子とその妹姫が出席することを承知の上で侵入してきた賊だけに、逃げ道も用意周到とみえ、シオンが配下の魔導士達を動員した時には、既に大半の賊は会場から姿を消していた。
「あとは、レオニスがどこまで追えるか、だが。」
本当は自ら追っていきたいところだが、レオニスが賊を捕らえるべく先回りして会場を離れたため、セイリオスの警護に、やむなく留まっているシオンである。
シオンはせいぜい残った雑魚を命令通り殲滅すべく、魔法陣を強化した。
「みちみちし怒りの大気よ!今こそ我が手に集まりて刃と為せ!」
力の差が歴然としているだけに、難なく目的は達せられた。

一方、レオニスは、騎士団を率いて賊の追撃に当たっていた。
しかし、ここでも出遅れた分、苦戦を強いられている感は免れない。
「あと少し早く追っていればな。」
いずれにせよ、森の中深く入られてしまえば地の利が更に向こう側に味方し、目的を達することは困難になる。
その森は目前に迫っていた。
「ここまでか・・・。」
レオニスが舌打ちしたとき、先を走る賊の動きが大きく乱れ、一丸となっていたのが、バラバラな散開状態を取り始めた。
「何かあったか?」
散開して森に入るには、いかにしても早すぎる。
瞳を凝らしたレオニスの耳に、馬の嘶きと、聞き覚えのある少女の叫ぶ声が聞こえてきた。

「こらー、とまれ!落ちるでしょーがっ!暴れるなってばっ!」
何故、メイが其処にいるのかはわからない。
王宮から来るにしても方向が違うし、第一、ここには来ないよう忠告してきたはずである。
だが、メイは其処にいて、あろうことか逃亡中の賊の行く手を混乱させている。
状況から察するに、それは彼女の意志ではないようだが、この際そんなことはどうでもよい。
「この機を逃すな。一人残らず引っ捕らえろ。」
勢いづいた騎士団の前に、混乱を来した賊は敢え無く一網打尽となった。
残る問題は・・・。
「あとを、頼む。」
副隊長に後の処置を委ねると、レオニスはそのまま暴走を続けている不詳の弟子の後を追っていった。

「きゃあああ、馬っ、とまってよォ!」
馬に完全に乗られているメイである。
「メイ、手綱にしがみつくな。」
ほどなく追いついたレオニスは、並んで走れるよう歩調を合わせた。
「ふぇ?」
「身体を起こせ。」
耳馴染んだ声に、怖々顔をあげると、わずかばかり身体が馬の背に起きあがる。
「背筋を伸ばして、距離を取るんだ。」
メイの身体が馬の首から離れ、馬と手綱の距離が広がった。
「そうだ、そのまま、バランスを取れ。」
馬の速度は変わらないが、それは暴走しているものではなく、乗り手に合わせた秩序あるものに変化していく。
「あたし、走ってる!?」
目の前の景色が流れていく中、唯ひとつ、傍らのレオニスの姿はメイの瞳に映し出されたまま動かない。
レオニスは手綱を操り速度を緩めていった。
メイの馬もそれに合わせて速度が落ちる。
「どうっ。」
二頭の馬は轡を並べて停止した。

メイの呼吸は荒かった。
今更のように身体がガクガク震えて馬上で硬直している。
堅く握りしめたままの指から手綱を引き離し、レオニスはメイを馬から抱き下ろした。
レオニスの腕にすがったまま、メイは頬を上気させ興奮したままの瞳で見上げている。
「ひとりで走った感想は?」
慈しむような眼差しがそこにあった。
「もう、最高!」
するりとメイの手が外れる。
だが、ほとばしる感情はそのままレオニスにぶつけられた。
「こわかったよぉ〜。ほんとに怖かったんだからぁ〜!」
打って変わって激しくしゃっくりあげはじめた少女の背に、レオニスは改めて腕をまわして優しく包み込む。
成り行きからとはいえ、二重の意味で大きな成果をあげたメイをレオニスは感慨深く見つめていた。

ディアーナはごく普通に馬を走らせ、狩り場の森の入り口に到着した。
「あら、ヘンですわね。」
護衛の騎士でごった返しているはずのその場には、肝心の騎士達の姿がほとんどみあたらないのである。
ディアーナはひらりと馬から降り立つと、物珍しそうにあたりを覗き込み様子を伺った。
「こらっ、不法侵入者!」
背後からいきなり声が浴びせられ、びくんと振り向いた先に、呆れ顔のシオンがいた。
「シオ・・・。」
名前を呼びかけ、慌ててディアーナは言葉を飲み込んだ。
事実はどうあれ、自分は今、シルフィスなのである。
しかし、笑いを含んだシオンの瞳は、姿がどうあれ、其処にいるのがディアーナ本人であることに気が付いている。
「肝心の当人が無防備のままうろついたら、入れ替わりの意味がないだろーが。」
めっとたしなめられ、ディアーナはシオンに引き寄せられた。
「そういう姿も、かわいいぜ。」
軽くウインクをよこしたシオンに、ディアーナはドキンと胸が高鳴った。
「あ、あの、シルフィスじゃなくて、えーっと・・・。」
口ごもったディアーナに、シオンはクツクツ笑いながら、質問に答えてやった。
「姫君は殿下と一緒にご無事でいらっしゃる。目下、帰りの馬車の到着待ちだ。
賊はレオニスが一網打尽にしたと報告があったし、ま、結果オーライだな。」
「本当ですの?」
「ああ。俺もこれから帰るところだったのさ。入れ違えにならなくてよかった。」
全ての疑問が解けたわけではないが、シルフィスの無事さえわかればディアーナには充分だった。

「しかし、殿下にはその格好を見られない方がいいな。」
シオンはスラリと伸びているディアーナの脚を眩しそうに見つめている。
「え?」
「殿下だけじゃない。他の連中にも見せたくない。」
シオンはディアーナをひょいと抱き上げると、そのまま自分の馬に乗せ自らもディアーナを抱えるように跨った。
「シルフィスが敵の目を欺くために姫さんに変装して入れ替わったことは、殿下も承知のことだから、俺が「シルフィス」を連れて帰っても何ら問題はない。
なにしろ、姫さんの安全を最優先に図るよう達しがあったからな。」
間近にふれるシオンの体温を感じてディアーナは、真っ赤になって俯いている。
「だが正直、驚いたぜ。レオニスも思い切ったことを考えたもんだ。」
ディアーナはちょこんと首を傾げた。
「姫さんが貴族達にあまり知られてないのを楯にとって、シルフィスと入れ替えるとは流石の俺も考えつかなかったからな。大した策略家だ。」
感心したような声に、ディアーナはただ黙って曖昧な微笑みを浮かべるだけであった。

一方、騒ぎの収まった狩り場では、セイリオスがシルフィスと共に迎えの馬車が来るのを待っていた。
「窮屈だろうが、王宮に戻るまではそのまま「ディアーナ」でいてくれ。」
困惑しているシルフィスとは対照的に、セイリオスの表情は何故か明るい。
「・・・そのドレス、よく似合っている。」
耳元で囁かれ、思わずシルフィスは頬を染めて俯いた。
「今回ばかりはふたりの策に感謝せねばならないな。」
少年のように照れた表情で話すセイリオスに、シルフィスは戸惑いに近い視線を黙って返すだけであった。

入れ替わりの経緯は、3人の胸の奥深くにしまい込まれ、互いに二度と口にすることはなかったという。


おわり
創作:NARU(99.05.09)
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