風花
柔らかな風がディアーナの長い髪をなびかせてゆく。
悪戯な風がディアーナのドレスの裾を翻していく。
けれども、ディアーナは風が嫌いだった。

外出先でディアーナを突然襲った刺客は、シオンによって瞬く間に葬り去られた。
「風よ、刃となりて我が意に応えよ。脈打つ鼓動に洗礼を!」
シオンの鋭い声が響き、それに呼応して、風が目前の敵を切り裂いていく。
ディアーナはシオンの背に庇われながらも、その様子をつぶさに瞳に映していた。
・・・怖い。
その記憶が、ディアーナに風への恐怖を植え付けたのだ。

「あれ、姫さん。お忍びは廃業かい?」
珍しく書庫で本とにらめっこしているディアーナにシオンは声を掛けた。
「わ、わたくしだってお勉強くらいすること、ありますわ。」
つんと顎を逸らしたディアーナに、シオンはわざと驚いて見せた。
「そうなのか?」
むぅっと頬を膨らませて、ディアーナは本から視線をはずしてシオンを見上げた。
「・・・だって、今日は風が強いんですもの。」
本当は外に出たいのだと、暗に瞳は訴えている。
「そうだなー。姫さんにはこの前花壇の手入れを手伝ってもらったことだし・・・。」
ディアーナの瞳が期待に満ちて、シオンの言葉の先を待っている。
「花でも見に行くか?」
がくっとディアーナの首が垂れた。
「王宮には飽きましたわ。」
春のはじめのこの時期に花で満たされているところといえば、王宮の庭園くらいなものだ。
シオンの細やかな手入れの行き届いたその庭は、四季をとおして花で満ちている。
その庭を毎朝の日課のごとく、ディアーナは散策していた。
「じゃ、やめるか。」
「あうぅ・・・。」
退屈な読書と見飽きた庭、ふたつを秤に掛けた結果は自ずと明らかである。
「せっかくですもの。案内していただきますわ。」
ディアーナはぱたんと本を閉じた。

シオンのあとをディアーナはとことこと付いて行く。
シオンは中庭を通り過ぎ、王宮の門から外に出た。
「シオン?」
「今日あたり、見頃なんだ。」
シオンはディアーナの手を取って王都の街並みを通り抜けて行く。

シオンがディアーナを連れてきた先は、王都が見渡せる小高い丘の上だった。
春の盛であれば緑に覆われるその丘も、今はまだ、ただの荒れ地にすぎない。
花どころが草すら生えていない淋しいところであった。
「花なんて、どこに咲いているんですの?」
ディアーナはいささか憤慨していた。
強くはないまでも、冷たい風がディアーナの側を通り抜けていく。
風が吹く度、シオンの手を握るディアーナの手に力が入る。
ディアーナは怪訝な瞳をシオンに向けた。
「そろそろ、だな。」
シオンは雲ひとつない青空を見上げて呟いた。

一段と強い風が丘に吹きつけてきた。
「きゃっ!」
ディアーナは反射的にシオンの背に隠れて風を避けた。
「帰りたい、ですわ。」
ぎゅっと目を閉じて、背の陰で縮こまっているディアーナの心細そうな声がシオンの耳に届く。
けれどもシオンは帰ろうとは言わなかった。
それどころかディアーナの腕を取って自分の前に連れ出したのだ。
ディアーナは正面から冷たい風を受けることとなり震え上がった。
「シオン!」
シオンは自分にしがみついてくるディアーナの肩に手をやり、そっと引き離して優しく声を掛けた。
「姫さん、目を開けて見ろ。」
いつしか風は止んでいた。

「・・・きれい・・。」
恐る恐る目を開けたディアーナは、目前の光景に思わず感嘆の声を漏らした。
光あふれる青い空から、白い花びらが舞い降りてくる。
差し出されたディアーナの手に落ちたそれは、ゆっくりと透明な滴に姿を変えた。
「雪、ですの?」
「あの山の頂に残っている雪が見えるだろう?」
シオンが風の吹く方向に見える山を指さして言った。
ディアーナが幼い日々を過ごした北の離宮がその麓にある。
懐かしい思い出のたくさん詰まったその場所が、ディアーナは好きだった。
振り返ろうとしたディアーナをシオンは背後から抱きしめて囁いた。
「風からのおくりものだ。」
再び冷たい風がディアーナに吹きつけてきた。
・・・こわく・・・ない?
強い風が丘に吹くたび、雪の花びらが荒れ地の原に舞い降りた。

やわらかな風がディアーナの長い髪をなびかせていく。
いたずらな風がディアーナのドレスの裾を翻していく。
やさしい風がディアーナを包んでいく。
「ディアーナ、愛している。」

ディアーナは風が好きになった。


おわり
創作:NARU(99.03.12)
Home > 二次創作 > ファンタスティックフォーチュン