勇気の剣を手に
それは降臨祭の奇跡。
女神エーベの微笑みがみせた一瞬の幻影なのか?
粉雪の舞うクラインの王都の片隅で、アルムレディンは愛しい少女ディアーナを抱いていた。
幸せだった幼い日に渡した金の指輪は、いまもなお、ディアーナの手にあった。
「・・・待ってますわ。ずーっと、ずーっと・・・待ってますわ。その日を・・・。」
忘れようとしても忘れられなかった。
あの日のディアーナの言葉だけが、彼の支えだった。

ダリス王国王子アルムレディン・レイノルド・ダリスが、その悲報を受けたのは、王国の北に位置する深い森の中であった。
叔父の謀反による王位簒奪とそれに伴う国王夫妻、即ち両親の死。
「この剣にかけて必ず敵は討つ。そして、国を取り戻してみせる。」
アルムレディンは亡き父王から賜った鉄剣に戦うことを誓った。
わずかばかりの仲間とともにはじまった逃亡生活。
愚王の圧政に国民の心は離れて行くけれど、運命の時はまだアルムレディンに微笑まない。
「僕の力は、こんなにも小さく弱いものだったんだな。」
時の流れは残酷なまでにも現実を映し出す。
アルムレディンの手から、その剣が離されることはない。
そして、アルムレディンは諦めることができない。
幼い日の少女ディアーナとの約束を。
仲間から「あれはクラインの王女だ。」と諫められ、自身も理性ではわかっていた。
けれども、心はディアーナを求め続けて止まない。
だから、危険を冒してまで、クラインの王都にやってきた。
女神の奇跡を信じて。
そして、自らの心に今度こそ決着をつけるために・・・。

「・・・今日だけです。」
心では永遠を願いながら、嘘をついた。
「・・・今日であなたを忘れます。」
心にもない嘘を口にした。
「・・・だから、あなたも忘れて下さい。」
心の底に全てを封じ込めて言葉を吐き出した。
「・・・お幸せに。」
最後の言葉だけは、偽りのない心を伝えた。
腕の中からディアーナを離した時、その想いも雪とともに消し去ったつもりだった。



降臨祭の始まる前から、ダリス王国のクライン王国への介入の気配はあった。
両国の国境沿いに位置する北の砦付近では、なにかと小競り合いが続いている。
アルムレディン達の本拠とする山中にも、両国の兵士の姿が頻繁に見られるようになっていた。
「クラインは、ダリスと戦うつもりだと思うか?」
「クラインは小国です。まともに戦争すれば、到底勝ち目はありません。」
誰の目にも明らかなその事実を、いかに切れ者といわれるクラインの皇太子セイリオスとて、そう簡単に覆せるはずがない。
「当面は、戦争の回避に全力を尽くすものと思われます。」

ふと、アルムレディンの脳裏を、先日出会ったクラインの少年の面影がよぎった。
危険を省みず、ダリスへ単独潜入していった少年・・・。
あの少年は、何故あんなにも平然と、危険な任務を受け入れたのであろうか。
「私は剣を持たないクラインを誇りに思います。」
ダリスに向かう馬車の中で、躊躇いなく彼は故国への誇りを口にした。
金色の髪をなびかせ、その碧の瞳は固い決意に満ちた迷いのない光を放っていた。
ふいにアルムレディンは、それがアンヘル族の特徴であることを思い出した。
「もしかしたら、少女だったのかもしれないな・・・。」

「しかし、所詮は小国の足掻き。クラインはダリスに取り込まれるでしょう。」
現実が、アルムレディンの肩に重くのしかかる。
「となれば、あの愚王のことです。人質と・・・」
アルムレディンはわかっていると頷いた。
「僕の首を要求するだろうな。」

そのとき、ガサリと雑木をかき分ける音がした。
風に森の木が揺れるのとは明らかに異なる音。
「誰だ!?」
アルムレディンは剣を取り、うごめく気配に向けて声を放った。
同時に、仲間達にこの場を離れるよう、空いた方の手で合図を送る。
無茶はしないと目で約し、彼らをその場から立ち去らせた。
「出て来ないなら。」
アルムレディンは剣を構える。
「そこか!」
短い風の音に合わせて振るった剣に金属のかち合う鈍い手応えが返ってきた。
「ううっ!」
藪の中から転がり出たのは、身体の割に大きな剣を持った少年だった。

アルムレディンはその少年と向き合った。
「ここを知られたとあっては、このまま帰すわけにはいかないな。」
「な、なんだよ。」
少年は剣を構えた。
「ほう?少しは使えるのか?」
意外そうなアルムレディンの声に、彼はカチンときたようである。
「ええい!」
力任せに剣を振り回しながら突っ込んでくる。
振り下ろされてくる剣を軽く避けつつ、アルムレディンは剣を握りしめ、一撃を与える機会を待った。
「そこだ。」
短い声とともにアルムレディンの剣が空を切り、肉を斬る鈍い音が続く。
「ううぅ・・・。」
少年の手から剣が離れ、彼自身はその場に崩れるように木の元に倒れ込んだ。
それでも、意識だけは手放さなかったとみえ、強い光を放つ瞳がアルムレディンを睨み付ける。

「・・・命と秤にかけてもか?」
アルムレディンの問いに、その少年は傷ついた身体でなお堂々と己のプライドを主張する。
「命が有ったって意味がなけりゃどうしようもないだろ。何の為に生きているのかわかりゃしない。」
アルムレディンの迷いをそのまま代弁するかのごとく、言葉が発せられる。
「意味がない。戦って死んだって・・・その先に意味がなけりゃ!」
心をそのまま映し出されたかのような錯覚に捕らわれる。
「オレは生き残る!」
絶望の中でも諦めない信念が、クラインの底知れぬ強さをアルムレディンに物語った。
「全く、惜しいな!」
心とは裏腹に、アルムレディンは剣を振り下ろした。

その瞬間、何者かの鋭い剣がふたりに間に割って入った。
「くっ!」
すんでのところで、アルムレディンはその剣を避け身をかわす。
「こいつは、恐れ入った。」
それまで気配すら感じなかったその場所に、すらりとした構えの騎士の姿があった。
「礼はしよう、・・・この剣でな。」
剣を持つ手は肩の高さで真っ直ぐに伸ばし、守備範囲にはまるで隙がない。
一瞬の隙を突いて、素早い機敏な突きがアルムレディンを襲った。
手にした剣で相手の剣を受け止める間すらなく、剣先がアルムレディンの動きを封じていた。
その騎士の一太刀で、形成は逆転したのだ。
一部の隙もない切っ先が突きつけられ、アルムレディンは久方ぶりに、背筋に冷たいものが流れ落ちるのを感じた。
「クラインの騎士を敵にまわすつもりはない。」
それはアルムレディンの正直な気持ちだった。
だが、先に剣を向けた自分の言うことを相手が素直に信じてくれるとも思えない。
剣を向ければ、剣で返ってくる。
「闇夜にまどいし数多の精よ。・・・我が血の誘いに乞い来たれ!
いずれかの盟約に従いて、汝の血肉にかえん!」
アルムレディンの口から魔法の詠唱が紡ぎ出された。
「なに!?」
魔法攻撃を避けるべく、相手が怯んだ隙に乗じて、アルムレディンはその場から逃げ出した。
クラインを敵に廻したくはない。
アルムレディンは仲間の元へ急いだ。

山腹から見えるダリスの空は暗かった。
不気味に渦巻く暗雲が空を覆い、たまに見る切れ目からは太陽の光に代わって稲妻が大地に閃光を放つ。
ようやく仲間達に合流したアルムレディンを待ち受けていたのは、最悪の知らせだった。
「クラインの第2王女があの愚王に嫁ぐ旨、公布されました。」
「王女の出発は、1週間後です。」
「これでいよいよクラインも我々の敵に廻りましたな。」
仲間の言葉は、クラインへの敵対宣言をアルムレディンに求めている。
それなのに、瞼に浮かぶのは、ディアーナの面影だった。
あの日の温もりが、まだ腕に残っている。
澄んだ碧の瞳が、睨み付けた少年の声が、突きつけられた剣の先が、次々とアルムレディンの脳裏をよぎっていく。
「どうなさるおつもりです?」
「・・・運命なら受け入れるだけだ。」
アルムレディンはひとつの賭にでる決意を固めていた。


ディアーナの出発の朝は、その呪われた門出を象徴するかのごとくどんよりとした雲に覆われていた。
それぞれの複雑な想いを胸にクラインはディアーナを送り出した。
「・・・ん? また、夢ですの・・・?往生際が悪いですわ。」
馬車に揺られながら、ディアーナは幼い日の王子様の夢を見ていた。
暗雲立ちこめるダリスの空は、見る者の気分をますます重くさせる。
「・・・天気が悪いんですのね。」
素直な気持ちを口にしたディアーナに、御者はありのままのダリスの姿を語った。
「この国が、失ってしまったものを・・・僕は、取り戻したい。一人の民として。」
最後の言葉には固い決意が隠っていた。
「・・・あなた、本当に御者さんですの・・・?」
ディアーナの不安に満ちた声が発せられた。
それに呼応するかのごとく、外が騒がしくなった。
「止まれ!」
明らかに馬車を制止する声が響き渡る。
「きゃっ!」
がくんと馬車が揺れ、ディアーナは危うく投げ出されるところを辛うじて留まった。
「・・・このまま、突っ切るぞ!姫、しっかりつかまって!」
力強い声に、ディアーナは頷き、馬車の中に身を沈めた。

けたたましい音をくぐり抜け、馬車が止まったとき、ディアーナの目の前に現れたのは、金色の髪の青年だった。
「あなたは・・・?」
雪の中の降臨祭でディアーナを離した腕が、再びディアーナを抱きしめる。
ずっと告げられなかった自分の名を、アルムレディンはようやく口にした。
「僕の名は、アルムレディン=レイノルド=ダリス。」
たったそれだけを伝えるのに、どれだけの時間を必要としたのだろう。
そしてそれだけのために、どれほどの勇気を必要としたことか。
己の全てを捨て、なお全てを受け入れる心が持てたから名乗ることができた。
それは剣を手に戦う以上に勇気のいることであった。
ディアーナの心はあの日のままにアルムレディンを受け入れた。
「わたくしが選んだ道ですわ。・・・あなたと一緒に行く道なら、きっと頑張れますわ。」
流されているようで流されない、ディアーナ自身の勇気ある選択がアルムレディンに運命の時を微笑ませる。
「姫!」
「や、やっと追いついた・・・。」
アルムレディンとディアーナの前にクラインからの吉報がもたらされたのだ。
自らの手柄を傲ることなく、結果オーライを良しとする使者達に、心から感謝した二人であった。


クラインをはじめとする近隣諸国の賛同の元、大規模な派兵が行われ、ダリスの愚王はその身を永久に緑の大地から追放された。
それで全てが終わったわけではない。
アルムレディンの戦いは、むしろそれからが本当の始まりを迎えるのだ。
ディアーナのアルムレディンを信じる心が、彼の勇気の源だった。
「この剣は、もう、いらない。」
アルムレディンは、常に肌身離さず手にしていた鉄剣をその身から外した。
「姫、いえ、ディアーナ。」
少し照れたようにディアーナの名を呼び、アルムレディンはその手をディアーナに差し出し、ともに人々の前に立つ。
鉄の剣を勇気という名の剣に変え、ダリス国王アルムレディンの治世が幕を開けた。
創作:NARU(99.03.28)
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