御神酒のご加護
「はぁ・・・。」
街の大通りをひときわ大きなため息を吐いてメイは歩いていた。
「こんにちは、メイ。」
「あぁ、シルフィス。」
いつもなら、声をかけると、掛けた声の倍の元気さでもって挨拶をを返してくるメイが、今日はぼーっとしている。
「ど、どうしたんですか?」
シルフィスはいつもと様子の違うメイが心配になり、慌ててその顔を覗き込んだ。
顔色は、悪くないし、肌に艶もある。
が、目が完全に死んでいた。
「はぁ〜、やっぱ、こんにちは、よね。」
「はあ?」
思わず声をあげたシルフィスに、メイはごめん、ごめんと謝り小さく笑い掛けた。
「ちょっと、文化の違いに調子狂ちゃって。」
それにしては、あまりにも元気がない。
「あの、よかったら、メイの世界のこと話してくれませんか?」
「わたくしも、是非、聞きたいですわ。」
「わぁー、姫!」
唐突に姿を現したディアーナにシルフィスは思わずのけぞった。
「まあ、シルフィス、そんなに驚かなくてもいいではありませんの。」
ぷうっと頬を膨らますディアーナに、反射的に謝るシルフィスである。
「すみません。・・・て、こんな所にいらしてよろしいのですか?」

今日は新年第一日目。
新年の行事として、この日は神殿で王家の者が国民から挨拶を受けることになっていると、今朝方レオニス隊長から聞いたばかりである。
「いいのですわ。どうせ、わたくしは、まだ「未成年」ですから。」
どうやら、それを理由にその行事への参加をセイリオスから却下されたらしい。
ディアーナの方は、やる気満々だったようだが、本音をいえば、王宮から堂々と出れるからというところか。
その辺りのことは、しっかりセイリオスに把握されているから、彼の処置はあながち間違っているとは言えなくもないのだが、それでおとなしくしているディアーナではない。
論より証拠と、現にディアーナはここにいる。

「わたくしのことより、メイのことですわ。」
ディアーナはメイに話題を戻した。
「別に大したことじゃないのよ。だた、今日は新年だなーって実感がわかなくて。」
「その、文化の違いで、ですか?」
シルフィスの問いにメイはくすっと笑った。
「そんな大したものじゃないけど、いざ、しないってなると、なんだかね。長年の習慣って、けっこう身体に染みついてたんだわ。」
「習慣、ですか?」
「そ。新年のご挨拶。家にいたときは、かったるいなーとしか思ってなかったんだけどね。」
「新年の挨拶って、メイの世界では何か特別なことをするんですの?」
ディアーナが興味を持ったらしく身を乗り出している。
「特別っていうか・・・。こっちからみたら多少はやっぱ、かわってるかもね。」
そう前置きして、メイは、自分の世界で当たり前のようにしていた「新年のご挨拶」の習慣を話し始めた。

新年第1日目、別名元旦ともいう。
その日は、例え前日から徹夜でいようとも、定刻通りに朝食を家族全員で取るのが藤原家のしきたりだった。
おせち料理に雑煮という特別メニューを頂くわけだが、その前に、御神酒で挨拶を交わすのだ。
「これが、時代がかってると言うか・・・。一同向かい合ってやるのよ。それも一斉に。」
メイは肩をすくめた。
その古くさいと文句を言っていた新年の習慣が、ひどく懐かしいのである。
「やってみたいですわ。」
ディアーナはにこにことシルフィスに笑い掛けている。
これは、提案というより同意を求めているわけで、更には、絶対的なお誘いを兼ねていた。
「メイ、その新年のご挨拶を教えて下さいな。」
「いいけど・・・?」
「じゃ、決まりですわね。さ、帰りましょう。」
ディアーナは先に立って歩き出した。
「何をしていますの。ふたりとも、早く。」
くるりと振り返ったディアーナは満面笑顔でふたりを誘っている。
「さ、シルフィス、行こうか。」
ぽんっと背を叩かれ、シルフィスはため息をひとつ吐くと、ディアーナとメイの後を追いかけた。

「メイ、準備するものがあったら言って下さいな。」
大通りを歩きながらディアーナはメイに話しかけた。
「うーん・・・。料理類はパスね。」
「どうしてですの?」
「あれって結構時間かかるし、料理なんてどうでもいいのよ。挨拶に欠かせないのは、御神酒だけ、かな。」
「御神酒って、お酒ですよね。」
が、ここに清酒は存在しない。
「清酒に代わるお酒・・・。御神酒だから、無色じゃないとまずいわね。」
メイは御神酒の条件をあげた。
「ブランデーは消去ですね。」
「ウィスキーも却下。」
メイの条件に合わせ、シルフィスは御神酒に使えるお酒を探すこととなる。
未成年とはいえ、騎士見習いのシルフィスには、それなりに買う方法があるのだ。
ようやくふたりのお眼鏡に適ったのは、白ワインだった。
「葡萄は神様と縁ある実だし、なにより、これならディアーナでも大丈夫でしょ?」
他のアルコールのきつい香りに比べ、かなりおとなしいその香りに、ディアーナも賛成した。
もっとも、あまりにきつい香りだと、締め切っていても部屋から漏れてしまう恐れがあるということもあるのだが・・・。
小さな白ワインのボトルを隠し持って、ディアーナはシルフィスとメイを伴い王宮に戻った。

勝手知ったるディアーナの部屋で、メイは杯の代わりになる物を探していた。
「うーん、他にはない?」
メイが探しているのは薄い小皿である。
ワインを飲むのに「お皿」と言われてディアーナはひどく面食らった。
「杯っていうのよ。御神酒をいれる特別なグラス・・・ってとこかな。漆塗りが多いけど、金杯とか銀杯もあったっけ。」
メイの注文は以外と細かく、なかなかお眼鏡に適うお皿がみつからない。
「これで、朱塗りなら問題ないけど・・・白じゃねぇ。」
それでもこれまでの中では条件に合っているのか、その小皿はテーブルに並べられた。
「それより、殿下はまだお戻りになられてはいないのですか?」
シルフィスの言葉にギョッとなってメイが扉を振り返った。
なにしろ、未成年の部屋にアルコール、である。
「まだ、ですわ。どうせ、今日は臣下の者達とご一緒でしょうから。」
ディアーナの言葉にシルフィスとメイはほっと胸をなで下ろす。
が、それは少々早すぎたようである。
「予定が変更になったからね。」
軽いノックの音と共に扉が開かれ、噂のセイリオスがディアーナの部屋を訪れた。
「お兄さま!」
「殿下!」
テーブルの上には白ワインのボトルがでーんと座っている。

部屋を入って最初に目にしたのが、未成年のディアーナには縁のないはずのアルコールのボトル、とくれば、いかに過保護なセイリオスといえど、穏やかではいられない。
「ほう、ディアーナの友人達はいくつだったかな。」
「あぅぅ・・・。」
いかにディアーナとて、これでは抗弁のしようがなかった。
「殿下・・・。」
シルフィスが謝ろうと進み出たのを、メイが制した。
「あたしから、説明する。言い出しっぺなんだから。」
メイはきっぱり言うとセイリオスの前に立った。

「セイリオス殿下、新年おめでとうございます。旧年中はいろいろとありがとうございました。本年もよろしくお願いいたします。」
深々と頭を下げて新年の挨拶をするメイを、セイリオスは黙って見つめている。
「あたしの世界では、新年の朝一番に、家族一同が向かい合ってこの挨拶をして、御神酒を交わすんです。それが、新年のしきたりで・・・。今年は家族の代わりだってディアーナとシルフィスが言ってくれて。」
そしてメイは、ワインのボトルをセイリオスに差し出した。
「一家の主が、御神酒を神様に捧げて、それを頂きます。」
セイリオスの表情から厳しさが抜けた。
「なるほど。新年のしきたり、か。」
「そ、そうですわ。メイの世界の文化を、お勉強してましたのよ。」
ディアーナがここぞとばかりに「勉強」を強調する。
「では、わたしも一緒に勉強させてもらえるかな?」
「もちろん、よろしくてよ。」
ディアーナはメイの方に助けを求めている。
メイは大きく頷いた。
「ちょうど4人だし・・・。」
メイの視線はセイリオスとシルフィスに注がれている。
「この際、やっちゃいましょう。」
メイは先ほどの白い小皿を手に取った。

「じゃ、最初から説明するね。」
メイはまず、4人の位置を決めた。
「殿下はシルフィスと並んで下さい。ディアーナはあたしと並んで。」
とはいえ、メイは準備係りも兼ねているのでそのままという訳にはいかない。
「このままでも、いいんだけど。せっかくだから、シルフィス、協力してね。」
「いいですけど・・・?」
メイの手にはハサミが握られている。
プチンっと音がして、続いてパサリとシルフィスの髪が身体に流れた。
「メイ!」
「はーい、動かない。」
ぴしっとメイに命じられ、シルフィスはその場に立ちすくんだ。
隣ではセイリオスがシルフィスの髪をおろした姿を驚きと感嘆を込めた眼差しで見つめている。
「ホントにシルフィスの髪ってきれいよねー。」
まるで新年とは関係のないことを口にして、メイはシルフィスの髪を整えていく。
後ろでひとつにまとめ、結んだ髪をふわりと横に広げる。
「これ、おすべらかしって言うの。昔から伝わる髪型のひとつ。こっちに立ったのがシルフィスでよかったわ〜。」

そして、白いお皿、もとい杯をシルフィスに渡す。
「殿下からではないのですか?」
訝るシルフィスにメイは首を振った。
「普通はそうなんだけど、これは特別の例外。」
それから、ディアーナにワインのボトルを持たせた。
「ディアーナは雌蝶。あたしが、似合わないけど雄蝶。」
一緒にワインをシルフィスの持つ「杯」に少し注いでいく。
「シルフィス、飲まなくていいから、口付けて。」
「飲まなくて、いいのですか?」
「うん。でも口だけはちゃーんと付けてね。飲めたら飲んでも構わないから。」
「は・・い。」
もともと杯に注がれたワインはごくわずかで、一口あるかないかである。
少し傾ければ、飲むというほどのこともなく、口に入ってしまう量なのだ。
シルフィスは、そのわずかなワインを口にした。
「はい、じゃ、今度は殿下の番。」
シルフィスが驚いたことには、メイがシルフィスの使った杯をそのままセイリオスに渡そうとしている。
「め、メイ!」
慌てるシルフィスに、メイは大真面目な顔でセイリオスに問い掛けた。
「シルフィスの後では、飲めませんか?」
「いや、構わないが。」
セイリオスも至って真面目な表情で答えた。
メイはにーっこりと杯をセイリオスに差し出した。
再びディアーナを促して、一緒にワインを少し、今度はセイリオスの持つ杯に注いでいく。
「殿下はお飲みになれるでしょうから、どうぞ。」
やはり大真面目なメイに、セイリオスも神妙な表情で杯のワインを飲み干した。

セイリオスが杯を傾けた瞬間のメイの表情を、ディアーナは見逃さなかった。
「これで終わりですの?」
次は何が起こるのかとワクワクしているらしい。
「うーん、終わりといえば終わり、かな。」
要領を得ないメイの返事に、シルフィスは不安を隠しきれない。
「あ、シルフィスの役目は終わりだから。」
「シルフィスの?」
ディアーナはさすがに耳ざとい。
「まだ、お兄さまにはすることがありますのね?」
しかし、メイはその問いには答えず、逆にディアーナに尋ね返した。
「ディアーナ、ワインの香り、きつくない?」
きょとんとしたものの、ディアーナはコクンと頷いた。
「でも、メイの世界のお勉強ですもの。少しくらい大丈夫ですわ。」

「窓を開けましょうか?」
シルフィスは先ほどから、セイリオスの隣でもじもじしている。
それでなくともセイリオスの視線が気になって仕方ないのに、先ほど同じ杯を使ったことで、まともに顔を向けられない。
「いいわよ。どうせ、この部屋には、もう、用がないもの・・・たぶん。」
ここでも、いつものメイらしからず、言葉の切れは悪い。
しかし、その割りには表情が生き生きとしているように見えるのは、強ち気のせいとばかりは言えないであろう。
実際、メイは上機嫌だった。
「男性は、ここで、神に誓いの言葉を述べます。」
それでも表向き、真面目な表情をしている。
「誓いの言葉?」
「そう。こっちだったら、エーベだっけ、女神様に誓うのかな?そこんとこがよくわかんないんだけど。」
そろそろ、限界かなと、メイは思う。

「あの、メイ。」
「なに、シルフィス?」
「新年の挨拶を、まだしていないと思うのですが。」
シルフィスが控えめに質問を口にした。
「あたし、さっきしたよ。ね、殿下。」
そう、メイは確かにセイリオスに挨拶をした。
だが、あれはワインを持ち込んだ言い訳ではなかったのか?
「これは、新年のしきたりではないのですか?」
「ちがうよ。」
あっさりメイは否定した。
「でも、新年をわざわざ選んでする人もいるから、いいんじゃない?」
メイとディアーナの手はすでにワインから離れている。
「あたしの世界で、三三九度っていうんだけど。」
「さん、さん、くど?」
シルフィスには初めて耳にする言葉である−ディアーナとセイリオスにしても、それは同じではあるが。
「うん。男女が将来を誓い合う、あたしの世界のしきたり。」
ぽろり、とセイリオスの手から杯が落ちた。
シルフィスはというと・・・完全に硬直している。
「あたしは神主じゃないから、祝詞が言えなくて、ごめんねー。」
メイは素早くディアーナの手を取ると、両者頷きあって、猛然とその部屋から離れて行く。
テーブルに残された神のお酒が、芳香な香りで新年を祝福していた。

おわり
創作:NARU(99.02.21)
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