星食〜あなたを見つめて〜
イーリスはワーランド諸国を旅する吟遊詩人である。
足の向くまま、気の向くままに旅をして人々に夢を与えていた彼は、久しぶりに立ち寄ったクライン王国で自らも現実の夢を得た。
「シルフィス、大丈夫ですか?少し急ぎすぎたでしょうか?」
傍らの旅に不慣れな恋人を気遣いながら、それでも今夜の宿までの道をせわしなく進んでいく。
アンヘル族の村で育ったシルフィスにとって山は身近な存在ではあるけれど、こんな風に歩き通しの旅は初めてのことだったから、正直、まごつくことが多かった。
あたりは既に薄闇に覆われており、夜道の森は昼間より更に歩きにくいものとなっていく。
「すみません。」
「誰だって最初から旅慣れているわけではありませんよ。私も・・・。」
イーリスは少しだけ遠い過去に思いを馳せた。
「旅をはじめた頃は山中でよく夜を過ごしたものです。」
「森の中で、迷うことはなかったのですか?」
シルフィスには、今歩いている森の道の木立はどれも同じにしか見えない。
進んでいるのか、戻っているのか、それとも同じ所をぐるぐるまわっているのか・・・。
イーリスが平然と歩いているので、たぶん進んでいるのだろうというくらいで、はなはだ怪しいものである。
「森の木々はたしかにどこでも同じようなものですから、それだけ見ていたのではたぶん、迷ってしまうでしょうね。」
「え?」
「なにしろ、森にはこれと言った地図もありませんから。」
「それじゃ、何を目印に歩くんですか?」
驚くシルフィスに、イーリスは「さあ、なんでしょう?」と笑いかけている。
「何かな?」
シルフィスはキョロキョロと辺りを見回しながら考えた。
「木じゃないんですよね。」
他に見えるものといえば、空くらいである。
「えーっと、夜見えるのは・・・・月と、星、ですか?」
自信なげな声にイーリスはにっこり頷いた。

「ご覧なさい。」
イーリスが指さした方向に、一際輝く星が見える。
細い三日月の直ぐ側で金色の輝きを放っているその星は、古より旅人達の道標となってきた星である。
「あの星は、早くから見えるので、旅人の道標として覚えやすいんですよ。」
イーリスに言われるまでもなく、シルフィスもその星を無意識のうちによく眺めている。
「ただ、問題があるとすれば。」
クスリとイーリスが笑った。
「時々、姿をくらますんです。」
「星が、ですか?」
「ええ。」
シルフィスにはイーリスの言っている意味がよくわからなかった。
夜空の星は、時間と共に空をめぐり、必ずしも一カ所にじっとしているわけではない。
しかし、あの星は、その軌道から考えて、地平線に沈むことはまず無いはずなのだ。
「えーっと、地平線に沈まないのに見えなくなるんですか?」
「ええ。」
楽しそうにイーリスが頷いた。
「雲に隠れるのとは・・・。」
「違いますね。」
ますます困惑した様子のシルフィスに、イーリスは再びその星の見えていた方向を指し示した。
「ほら、あんな風に、いなくなるんですよ。」
「え?ええっ!?」
イーリスの指さした方向に、星はなかった。

「そんな、さっきまで確かに見えていたのに。」
見えるのはほっそりした三日月ばかりである。
と、同時に道標となるべき星を見失って大丈夫なのだろうかと、イーリスを見上げた。
「大丈夫ですよ。気まぐれが収まれば、また出てきますから。」
なんとなくからかわれているような気がしない訳でもないけれど、星が見えないのは事実なのである。
「少し様子を見た方がよくありませんか?」
不安な色を浮かべたシルフィスをイーリスはそっと抱き寄せた。
「心配はいりません。」
いつもと変わらない声がシルフィスを元気付けるように語りかけてくる。
「それに、道標はあの星ばかりではありませんからね。」
「そうなんですか?」
「ええ、一番輝いている星は、ここにちゃんと見えてますから。」
さらりと答えて、イーリスはシルフィスを覗き込むように見つめている。
「私にとって、これ以上はない道標ですよ。」
一瞬遅れて意味を悟ったシルフィスの顔が見る見る赤く染まっていく。

包み込まれた腕の中で、シルフィスは気恥ずかしくも困ったように俯いていた。
こんな時に気の利いた言葉のひとつでも返せればいいのだが、頭の中は既に真っ白で、視線を合わすのさえ躊躇われる。
それでも何か言わなければと、おずおずと視線を上げた時、イーリスの肩越しに、消えていたあの星が再び姿を現していた。
「イーリス、星が戻ってます!」
シルフィスの声にイーリスも振り仰ぎ、その拍子に抱く腕がゆるまった。
するりとすり抜けたあとを風が通りすぎていく。
「また気まぐれを起こして姿が見えなくなる前に、急ぎましょう!」
たたたっと足早に歩き始めたシルフィスの背を見つめながらイーリスは苦笑していた。
「私の星も気まぐれなことでは変わりないみたいですね。」
再び夜空に輝き始めた金色の星を見つめながら、イーリスもまた旅路を急ぐのであった。

おわり
創作:NARU(99.09.13)
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