遠い日のディアーナ
「ディアーナ、今、幸せかい?」
兄セイリオスとの何気ない会話に、ディアーナはにっこり微笑んで答えた。
「もちろんですわ。お兄さまと一緒に過ごせて、わたくしは幸せですわ。」

それが、妹としての答えだったのかどうか、今となってはわからない。
けれども、故国クラインの王都で過ごした日々は、ディアーナにとって、確かに幸せな時間だった。
親しい友人と、頼りになる家臣、そして、優しい兄・・・。
その兄とは、血が繋っていないと知った時、ディアーナの胸をよぎったのは、「うれしさ」であった。
だが、セイリオスに課せられていたものが、ふたりを結ぶ枷となった。

王族に生まれた者の責任と義務。
それがある故に、セイリオスは王宮に還ってきた。
何より大切な愛する少女に、その責務を背負わせないために、セイリオスが選んだ道だった。

巨大な隣国であるダリス王国との戦争は避けられない、との判断が下されたとき、クライン王国皇太子の採った処置は、居並ぶ家臣一同から猛反対を受けた。
ダリス王国国王とクライン王国第2王女の政略結婚。
それが、セイリオスの苦悩の末の選択だった。
「では、他に方法があるのか?」
セイリオスの詰問に答えられる者はいなかった。
だからこその、選択だったのだ。
「しかし、姫には何と?」
「それは、これから私が、直接、話す。」
セイリオスは、最も辛いであろうその役目を自らが務めることで、ディアーナに対する理としたのである。

ディアーナはセイリオスの話とその選択を静かに受け止めた。
「わたくしで、お役に立つのでしたら、喜んで参りますわ。」
身じろぎひとつせず、ディアーナは真っ直ぐにセイリオスの目を見て答えた。
曇りひとつない、無垢なその心のままに・・・。
「すまない、ディアーナ。」
頭を下げて謝るセイリオスに、ディアーナは不思議そうな顔をした。
「どうして、お兄さまが謝まるんですの?」
そして、ゆっくりと微笑んだ。
「王族の責任と義務。それを教えてくれたのは、お兄さまでしょう?わたくしは、お兄さまの妹ですわ。」
何気ないその一言に込められた、精一杯の想い。
「そう・・・だったね。」
セイリオスは、袖の中で握りしめていた手に更に力を込めた。
爪が、手のひらに食い込んでくるのがわかる。
しかし、その痛みより、心の痛みの方が遙かに大きい。

ディアーナの小さな手が、そっと、セイリオスの手に触れた。
けれども、セイリオスがディアーナの手を取ることはない。
クラインの皇太子として生きると決めた、あの日、
セイリオスは、ディアーナへの想いを心の奥深く、永遠に封じ込めたのだ。
互いに分かり合えても、どうすることもできない運命があるのだと、ディアーナもまた、知ってしまったから・・・。

1週間後、ディアーナはダリス王国へ向けて出発した。
二度と見ることのないかもしれないセイリオスの姿を、ディアーナはしっかりとその瞳に焼き付けた。

暗黒の闇に覆われたダリス王国で、ディアーナにはもうひとつの選択がまっていた。
幼い日からの約束、金の指輪。
けれども・・・。
「わたくしの選択で、多くの命が失われることがあってはならないのです。」
ディアーナは、幼い日の約束に自らの手で、ピリオドを打った。
ディアーナの手には、思い出だけが残された。

シルフィスとメイが吉報を持ってディアーナの元に到着したのは、その直後である。
「あたしたち、間に合ったのかな?」
メイの問いに、ディアーナは、クラインを出てから初めて涙を流した。
「ありがとう、シルフィス、メイ。」
そして、ディアーナはシルフィスとメイとともにダリス王国の未来のために闘った。
生まれた国は異なっても、人々が、幸せに生きたいと望む心に変わりはない。
ダリスの国民の先頭に立って、ディアーナは戦い続けた。
クライン王国はじめ、近隣諸国からの援助もあり、ダリスの国民とディアーナは苦しい戦いに勝利した。

そして、平和を取り戻したダリス王国から、ディアーナは今、帰国する準備をしている。
「シルフィスも、メイも、本当にありがとう。これで胸を張って帰国できますわ。」
「こちらこそ、またクラインに連れて帰ってもらえてうれしいです。」
「帰ったら、大忙しですわね。」
ディアーナの悪戯っぽそうな、それでいて意味ありげな瞳に、思わずシルフィスとメイは赤面した。
「ディアーナったら。」
「あら、わたくしは、まだ何も言ってませんわ。」
3人の明るい笑い声が久々にこだまする。

そこへ、控えめなノックの音と共に、決して少なくはない人々がディアーナを訪れた。
ディアーナと共に闘ったダリス国民の代表者の全てがそこに揃っていた。
「ディアーナ様に、ダリスの国民を代表して申し上げます。」
最年長であり、かつてはこの国の大臣であった者が、厳かに口を開いた。
「ダリスの苦難をともに乗り越えた証として、その帽子を我らに下賜いただけないでしょうか。」
ディアーナの頭には、常にお気に入りの青い帽子があった。
セイリオスの瞳と同じ色をしたその帽子を、ディアーナは常に身につけていたのだ。
「・・・これを?」
その帽子が、戦いのシンボルとなっていたことはディアーナも知っていた。
「その代わり、ダリスの王冠をお受け頂きたいのです。」
ダリスの王冠を受ける、即ちそれは、ダリスの王位に就くことを意味する。
「国は、我らの手に戻りました。けれども、我らには戴く王が居りませぬ。王冠の責任と義務をご存じであるディアーナ様を、ダリスの君主としてお迎えしたく、一同お願いに参りました。」

王族に生まれた者の責任と義務。
今となっては、それだけがディアーナとセイリオスを結ぶ唯ひとつの絆である。
王位に就くことで、それがより確かなものとなるのであれば・・・。
「いたらぬ身ではありますが、わたくしをこの国が必要としているのであれば、謹んで王位をお受けいたします。」
ディアーナは、居並ぶダリス王国国民の代表者達に深く頭を垂れた。
「ディアーナ様、万歳!」
どこからともなく、歓声があがった。
「我らが母、ディアーナ!」
次第にそれは大きな渦となって、ダリス国中へと広がっていく。

王冠の意味と国民への愛。
苦難な時があったからこそ、王冠への心からの感謝と国民への愛情を持つことができた。
セイリオスが生まれながらにして課せられたものを、ディアーナは今、他国で受けようとしている。
「見ていて下さいね、セイル。」
ディアーナの瞳に、ダリス国王の玉座へと続く緋の絨毯が映し出された。

さようなら、クライン。

ディアーナ・エル・サークリッドは、その身につけていたクライン王家の紋章を全て外した。
そして、ダリス王国の王冠が戴冠される。

さようなら。
クライン王都で過ごした、少女のディアーナ・・・。

その日、ダリス王国にディアーナ女王が誕生した。
創作:NARU(99.02.28)
Home > 二次創作 > ファンタスティックフォーチュン